2016年3月23日水曜日

『ユダヤ人虐殺の森―リトアニアの少女マーシャの証言』『イワンとふしぎなこうま』

オデッサ・コスモス: ◆КНИГА『ユダヤ人虐殺の森―リトアニアの少女マーシャの証言』: ユダヤ人虐殺の森―リトアニアの少女マーシャの証言 (ユーラシア文庫) 著者 : 清水陽子 群像社 発売日 : 2016-03 ブクログでレビューを見る» リトアニア出身の作家マリア・ロリニカイテによる『マーシャの手記』に沿ったノ...

オデッサ・コスモス: ◆КНИГА『イワンとふしぎなこうま』: イワンとふしぎなこうま (岩波少年文庫) 著者 : ピョートル・エルショーフ 岩波書店 発売日 : 2016-02-17 ブクログでレビューを見る» 「ロシア民話」として知られるエルショーフの「こうま」のお話。 イワン・イワノ...

2016年3月21日月曜日

近所のお友達

久しぶりに図書館のサーヴァちゃんに会ってきた。
家人情報で、最近仲良しのミケちゃんが一緒にいるとのことだったが、

 
にゃあにゃあと大声で近づいてきたのはサーヴァちゃん(奥)
続いて出てきたのはミケちゃん(手前)
同じような体形で顔も似ていると思う。
兄弟姉妹だろうか。
 

 
 
サーヴァちゃんはかわいい声で餌をねだるが、決して触らせてくれない。
(ひっかいてきたりするらしい。)
 
 
ミケちゃんはすり寄って来るし、撫でたり抱いたりすることもできる。
但しあまり鳴かない。
 
サーヴァちゃんはでぶでぶしくて、大変可愛い。
 
 
 

2016年3月13日日曜日

ショアとソビブル

 
アンスティチュ・フランセに「ショア」観に来た。
窓から見える梅の花、いいね。


「サウルの息子」観たらやはりこれを観ない訳には。
まず、昨日の夜、「ソビブル、1943年10月14日午後4時」を観て、今日は「ショア」第1部から第4部まで連続、そして完走。

そして『メダリオン』も読み直す。ごく早い時期に世に出たホロコーストを「記憶する」文学だ。被害者加害者、そして傍らにいた人。

実のところ、前の晩よせばいいのにクルィリヤ=ソヴェートフ対クバンの試合を夜更かしして観てしまった(しかも下位にあっさり負けるクルィリヤにがっくりきた)ので、途中集中力欠いてうとうとという場面もあり、インタビューに答えているのが「誰?}と置いてけぼりになることも何度かあった。
いけない、一度ざっと観るだけではわかったとはとてもいえない。
一部はヘウムノ絶滅収容所の生き残り二人をはじめとするユダヤ人生存者たち、ユダヤ人移送の列車の副運転手だった人や近所の村人などのポーランド人らの証言が中心。
最初にヘウムノ生き残りのシモンさんの歌声が披露される。
第2部では、収容所を30数年ぶりに再訪したシモンさんを、彼を覚えているポーランド人の村人が教会の前で囲み、特に女性たちは結構かしましくお喋りをするが、シモンさんが微笑を浮かべながらほぼ沈黙を守っているのが印象的だった(この長時間の映画の中で一番心に残ったシーンだ)。
やがて、「ソビブル~」でも語られたユダヤ人らの抵抗(武装蜂起計画)に話が及び、また隠し撮りではあるが収容所で働いていたドイツ人たちの証言もある。ユダヤ人の「最終解決」の段取りを何とも事務的に、冷静に語る人たちであることよ。(インタビューしているラングマン監督も人道的な態度で責めるようなアプローチはしていないし、「そんな酷いことしてないからね!」と反撃・反論ということはあんまりない。

亡命ポーランド政府要人のヤン・カルスキがユダヤ人指導者たちから助けを求められたことを語る場面は、観ていていろいろ複雑な思いが交差した。
まず、ユダヤ人が「収容所の様子が外に知られていないからいけないのだ、何とかして知らせなければ」と思うのは確かにそうなんだろうけど、そこからユダヤ人は特別、この事態は特別といった論理になってしまうのが、彼らが当時の社会状況を全て見通せているわけでもないのに、狭量にすぎないかと、素直に納得できないところだった。
まして、アジアの西で彼ら現在何をしているのか?ととても悲しくなる。

それと、ユダヤ人問題の「最終解決」に関しては、収容所においての看守役(「ソビブル~」での証言によれば実際彼らが攻撃した相手も)、移送の際の監視役など、かなりの場面でドイツ人の手下になっていたのはウクライナ兵だったようで(「ショア」の後半でも、ウクライナ人やラトヴィア人への言及があったし、数年前に観たホランドの「ソハの地下水道」でもウクライナ人が抑圧の下っ端を担っていたのが思い出される)、できれば彼らウクライナ人の証言も聴きたかった。ナチス・ドイツの協力者としての立場を、どう説明するのだろう?自分たちも被害者だとか、協力せざるをえなかったとか。
(ポーランド人が同じ町に住んでいたユダヤ人たちが移送され、彼らが住んでいたところに現在自分たちが住まっているのを、監督に取材されて答えている場面は何か所か出てくる。)

2016年3月10日木曜日

近所に猫がいて嬉しい

3月3日、税務署に確定申告をしに行った行き帰りで、4匹もいた。

1匹目



2匹目
野原の真ん中で一人でひなたぼっこしていたが、呼んだらごろんごろんとしてみせてくれた。
 




3匹目
上の方を凝視していると思ったら、そこには鳥が。
明らかに狙っていたが、逃げられたと思うと、鳥が落としていった羽をおもちゃにし出した。




知らんぷりして歩き出す。



④お庭にやんごとなき猫様が

 
 



2016年3月8日火曜日

8 марта 国際女性デー

中央集会があったのはすみだリバーサイドホール

浅草駅から吾妻橋を渡ってすぐ。

スカイツリーが見える(←見えるとすぐ撮ってしまう、すみだトリフォニーとかでも)

スカイツリーの手前がリバーサイドホールです。


キューバ大使館からのお花(手前の花瓶)

ラテン音楽のひととき
キューバ出身のペドロ・バージェさん(左:フルート、サクソフォン、ボーカル)
キューバ大使館のお二人(中央:パーカッション)
メキシコ出身のアレハンドロ・パラシオスさん(右:ギター、ボーカル)

(司会が新藤通弘さんなので、おおっと思って家族に写真をメールした。「びっくり!」と返信が。まあ、昔からラテンアメリカに関わっていらしたけど。キューバの音楽にも、確かに詳しかった。)
 
ここで、動画中心の女性差別撤廃委員会審議某跳弾の報告(写真は撮らなかった。)
動画に付された字幕?が読み取れないほどスピーディーだし、とても駆け足だったので、追い切れていないが(後ほど新聞などで読もう)、各国の人から日本はたぶん呆れられている。日本のメディアの扱いは慰安婦のことに集中しているが、
「日本にはいろいろ勧告を出すのに殆ど改善が見られない」(レバノン)
…とまあ、そういった指摘が相次いでいるわけだ。
「安倍政権の女性の活躍云々は、経済発展のための施策であって、個人の尊重のためではないようだ」(フィンランド)
といった指摘もなかなか鋭いのではないか?(なんて感心している場合ではないが。)

講演 
講師の中野晃一先生

これだと幟旗が目立つが、お手製の横断幕もいろいろあった。
多くがスピーチをしたが、黄色い幟の治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟は発言機会なし。
幟もちょっと奥ゆかしかった。


いわゆる「市民」が敬遠しがちな労働組合の方たちも、「二度と赤紙を印刷しない」(印刷会社の労組)「二度と赤紙を配達しない」(郵政の労組)「教え子を再び戦場に送らない」(教組)と、持ち場で力を尽くす旨のメッセージを横断幕に込めていた。


 
 
 



 


集会の後でも、スカイツリーと吾妻橋を撮って帰った。

2016年3月7日月曜日

オデッサ・コスモス: ◆КНИГА『チェーホフ 七分の絶望と三分の希望』

オデッサ・コスモス: ◆КНИГА『チェーホフ 七分の絶望と三分の希望』: チェーホフ 七分の絶望と三分の希望 著者 : 沼野充義 講談社 発売日 : 2016-01-26 ブクログでレビューを見る» 沼野充義先生はドストエフスキーとかチェーホフみたいなロシア文学の王道の翻訳や評論より、サブカルとか最先...

マースレニッツァ

今日から13日までが今年のマースレニッツァ。
今日はビーフストロガノフを作るつもりだったが、今日からマースレニッツァと知って、ブリヌィを焼いた。

 
発酵すると、気泡ができるのだね。

今日は食後にデザートとして食べたので、スメタナ・ヴァレーニエ・蜂蜜を添えた。
まだまだたくさん焼いたので、明日は野菜系と一緒にいただきます。

2016年3月5日土曜日

映画とお芝居

3月2日、渋谷アップリンクにドリンク付き(スイーツ&お土産もついていた)上映会「もしも建物が話せたら」に行って来た
オデッサ・コスモス: ◆КИНОФИЛЬМ「もしも建物が話せたら」~ロシア国立図書館: 「もしも建物が話せたら」 渋谷アップリンク 上映中 ドイツ・デンマーク・ノルウェー・オーストリア・フランス・アメリカ・日本2014年 Сегмент о Российской Государственной Библиотеке для серии документальны...

個々の建物について、一本の(1時間~90分くらいの)ドキュメンタリー映画が作れそうなものなので、長さを感じさせない。あれ?もうそれで終わり?という思いさえした。
まだまだ感想は尽きない。

3月3日、国会前にて13:00ちょうどの「アベ政治を許さない」スタンディングに参加。
毎月3日のこの行動、澤地久枝さんの提言とのことだが、ご本人を拝見したのはこれが初めてではないか。
2月は職場で、机の前で肉球新党のプラカを掲げてツイッターにアップ。
であったので、国会前行動は1月以来で、そのとき会った高校の同窓生と再会した。
帰宅して、税務署に確定申告書提出に行って無事終了。
行き帰りで猫に4匹も会えた。
広々した空き地(都営住宅が潰された跡地)に白黒ちゃんがお昼寝中で、呼び掛けると何度も寝返りをしてみせてくれた。
4日に俳優座劇場で劇団銅鑼の「池袋モンパルナス」鑑賞。
冒頭の喧騒から強烈にユーゴザーパドの香りが匂いたつ。終わってから気が付いたが演出が野川美子さん。あの劇団に在籍していた方だ。最近来日公演が絶えていますからユーゴザーパド・ロス久しい方には是非にとお薦めしたい。(但し、完璧は期待しないでね。身のこなしとかはロシアの俳優さんはやはり格段に美しい…)

聞けば18年ぶりの再演だという。
1997年の初演時には観られなかったので、再演されたら今度はきっと観ようと思っていた。
やっとその機会が訪れたのだが、その間に、芸術が時代の流れに飲み込まれ戦争へ協力・参加を余儀なくされるというこの劇がなんと身につまされるご時世になってしまったことか!恐ろしくなる。

アウ゛ァンギャルドへの弾圧は目立つ人を標的にして潰せば残りは萎縮して自己規制するもの。
とは、以前ロシアアヴァンギャルドについての(というよりソヴィエト初期の絵本の展覧会についてのレクチャーだった気もする)、スターリン体制の中で弾圧、粛清と危機を迎えて、「芸術の革命」が収束していく歴史を、沼辺信一さんが語った際に、要するに体制側にとって気に食わない芸術家たちを、根こそぎ掴まえて、拷問したりして、根絶やしにする必要は全くなくて、標的を作って見せしめにすれば十分であって、そのことで残った連中は委縮して術中に嵌るという、そういう趣旨のこと(正確な言葉は記録しておらず再現できないが)を、同じ場で聞いていたクリエイターを自認する某作家さんが深く受け止めて自らのブログに書かれていたし、私自身も(クリエイターではないが)恐ろしいというより人間の性として悲しいことだと感じた。
そのことが、この劇を観て、ずきずきと思い出された。

といっても、悲しいことに登場人物の芸術家逹を知らなくて難儀する。
恥ずかしいほど日本文学や日本美術の教養がない。
加えて、銅鑼の俳優さん逹も「似た顔の人が二人ずつ位いてわからなくなる」とは家人の言及。

それにしても、後の世代の妄言かもしれないが、「芸術の革命」「革命の芸術」などとマヤコフスキーみたいなことを叫んでいた画家たちも、案外簡単に転向するというか、言いなりになってしまうもので、勿論そういう人がいるだろう、多いだろうことは承知しているが、描きたいものを描く!といきがる無頼漢がいなかったのかー
あるいは、観ていてドヴラートフを思い出す。
ソ連時代書いたものが検閲でなかなか公にならず亡命せざるを得なかった作家だが、自分は作家でよかった、今出せなくても引出にしまっておけばいいから、彫刻家だとそうはいかない。そんなことを書いていた。
画家だって、キャンバスに描く絵も燃やしたりしないで、丸めてしまっておけばいいのに、いつか世に出せる日まで隠しておくんだよ、と。
(と言ったら、家族には「日本はロシアより徹底的に家捜しするのでは」と言われたけど。どうかなあ。素人なのでそれ以上は何とも言えない。画家の社会的影響力をそんなに大きく見積もっていたか、無名画家の家宅捜索なんでそんな真剣に徹底的にやるものだろうか?とか思うのだが。)
もう少し知恵を働かせて、体制に反対しないように見せて、自分の信念にも逆らわず、という道を探れなかったものなのかと。
(後知恵というものだとは思う。)
画家たち自体が、戦争へ向かう当時の風潮にも、自由にものが言えず表現が出来なくなる社会に対して、批判的にはなっていなかった、むしろ社会に順応していた(「革命」とか口走っておきながら中身はそんな程度だった)というのが史実なのかもしれない。
今、それを目の当たりにするのは、身に滲みる苦しさがある。