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2026年7月25日土曜日

石井桃子さんのことば

「私は子どもたちからアラビアン・ナイトを取りあげる政府が出てきたら、命がけで戦う」


 赤旗2007年4月6日付「文化の話題」欄より

以前に書いたことがあると思うが、高校卒業の折、恩師(世界史)からマカレンコを読むように勧められた。

素直に聞き入れ、母と、吉祥寺の美和書房に行って、マカレンコ全集を買った。

そして、素直に読んでいたのだが、「子どもにお伽噺なんて与えたらだめ」みたいな言葉にあたって挫折した。それは絶対に違うだろ!と思ったのだ。

後に就職して、職場の同僚と話していて、教育学部出身の彼女もマカレンコを読んでいて、同じ個所で躓いたのだと聞いた。

さらに後に、ロシア・ソ連の絵本の歴史を知ると、革命直後のロシア・アヴァンギャルドの時代には確かに民話とかに依拠したお話ではなく、身近なあれこれとか、あるいはもっとナンセンスだったり抽象的な題材の凄い絵本など児童文化の高揚期であったりもしたとわかるのだが・・・

お伽噺否定は直感的に「違う!」と思ったものだった。

その時代に生きていたらきっと粛清されるんだろうな。

マカレンコについてだが、後に恩師からは「あれを真に受けたのか?」と言われた。


2026年7月19日日曜日

書きました:高校生につなぐ戦争証言

 



自分で関わっていて(1項目書いています)なんですが、被爆者・空襲被災者・中国残留邦人・沖縄・黒川村等々、語り継いでいかなければならない戦争体験を高校生向けにお話した「高校生平和のつどい」の報告集です。他の分科会を伺うことができなかったから、報告集が出るのを心待ちにしていた!

2026年5月26日火曜日

ナチス映画人気の秘密『終章ナチ・ハンター』

 

内容が内容だけになかなか大変かなと思いきや意外とすらすら読み進めることができた。ホロコーストに関わった人たちをどこまで断罪するのか。共同正犯か幇助犯か、時効と恩赦との攻防。司法官僚が仕組んだ時効の壁に別の切り口で挑んだ「工場理論」。しかしそれでも遅すぎた。結局”大者を逃して小者を罰する”になってしまった昨今(年代的に生存しているのは下っ端の者たちなので)。それでも”大者を逃したからと言って小者も逃していい訳ではない”とタイピストまで罪に問う。これまで観てきた「ナチス映画」の数々の復習でもあった。(これら人気の秘密にも迫る。)
ドイツの過去の克服は、いろいろあるにしても、やっぱり日本よりはかなりましである、という結論は変わらないのだが、上記のコメントにも書いたように、高齢でホロコーストに直接関わったとも言い難い元職員まで訴追し有罪にするのかという問題に加えて、首相を平手打ち…まではぎりぎり許されるにしても、誘拐してまで移送しようという某ナチ・ハンターには首を傾げる(おまけに過剰にイスラエル擁護)。ドイツ人の贖罪意識がシオニストにしか適用されていないのが痛い。 この本は刑事訴追に至るための追及の話で補償や謝罪はまた別問題ということで、リヒャルト・ヴァイツゼッカー元大統領の「荒野の40年」演説も出てこなかった。

2026年5月23日土曜日

『不屈のひと 物語「女工哀史」』を読了

 前半の関東大震災~亀戸事件の虐殺部分が読んでいくのが辛かったが、その後も彼女は底辺で抗い続ける生涯だった。

前半、関東大震災と続く朝鮮人虐殺・亀戸事件に至る部分を読み進めるのが辛かった。川合義虎、平沢計七らの名前が登場するや最期を知るから辛い。鈴木文治のような教養と知識を持つ人さえ”不逞鮮人”の噂に惑わされていたとの記述に暗然とする。 彼女は、エンゲルスのつれあいメアリー・バーンズのような存在。ただ、この「不屈のひと」は『女工哀史』著者の細井和喜蔵の没後なおドラマチックな不屈の闘いを続ける。内縁だったからと『女工哀史』の印税の受取りを打ち切られ、自力で人生を切り開く。労働運動、社会保障運動に生涯邁進する。
祖父の遺稿集の編者のひとりである渋谷定輔も登場する。細井和喜蔵亡き後の交流は不明だが、彼はとしをが『女工哀史』共作者であると認めていたのではないか。 『女工哀史』印税の受取り先が細井和喜蔵遺志会から国民救援会に移り、解放運動無名戦士の墓を建立したりなどして解放運動に役立てた…ことを彼女は和喜蔵没後30年記念行事の知らせがあるまで知らなかったという。不条理。救援会・いしずえ会で例年追悼行事に参加してきた身として複雑。 小林エリカ『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』にもあったなと思い出す。再読しよう。

『女工哀史』編集関係者が内縁の妻に不義理をしていたという事実が、救援会・いしずえ会に関わり、毎年青山の解放運動無名戦士の墓の墓前での追悼行事に参加してきた我が身に何とも言えぬ感情のしこりを残す。
”内縁”だったからという以外にも何かあったのは?
(いしずえ会で祖母と一緒に仲良くしていた中にはやはり内縁関係だったという女性もいて、そのことを陰口っぽく指摘する人もいたように祖母から聞いて、こういう「解放運動」をしている人の中でもなんか家父長制から抜けられない人がいるもんだなと聞いていて思ったものだった。)
彼女が、新しいつれあいを得たこと、それまでの生活からすると似つかわしくなような消費行動でもしたことなどが、彼らが望むような「未亡人」像と違っていたからなのだろうか?家父長制をぶっとばせ!である・・・



2026年4月22日水曜日

録画メモ:WOWOWワイダ特集

 土曜日に一つの案件が済んで、19日昼間の国会前も終わり(議員会館前のドラム隊のところに行った。鳴り物は持って行かなかったけど)、ちょっと気が楽になったので、ヒューマントラスト渋谷にチェコ映画傑作選を月火と観に行って気晴らしをした。

チェコ映画傑作選、ありがたいことにちゃんとプログラムが売っていた。そして、看板に偽りなく、4本とも傑作だった。原作、読まないとな。いずれもチェコスロヴァキア・ヌーヴェルヴァーグのモノクロの美しい映画だった。

さて、WOWOWではここへきてアンジェイ・ワイダ特集だ。

ワイダと言えば岩波ホール、が定番だった。

私が好きなのは喜劇の「仕返し」や青春映画「約束の土地」。

今回の特集は、「戦いのあとの風景」「婚礼」「約束の土地」「大理石の男」と、割と地味めの作品群。

「戦いのあとの風景」は、昔のユーロスペース(南口)で憧れのお姉さまに連れて行ってもらった、思い出の痙攣か。


2026年2月19日木曜日

本棚:身近な地域で学ぶ戦争と平和



 

地域の戦争関連スポットの掘り起こしとか、戦争体験を聞いて継承とか、今やらないと(いや、遅すぎるくらいだが)とわかってはいるけれど、正直言うと、自分の身内の体験を記録にするのでもう手一杯!そこまで手が回らないよ~誰かやってくださいよ~と言いたくなる。

のだけれど、地道にそういうことをずっと行っていらした方がそれを形にされた貴重なご本。

公立校中学教師だった編著者が長年にわたって戦跡を訪ね資料を集め聞き取りを重ねて自費出版した地域からの学びの結晶。 戦跡の掘り起こしもさることながら、練馬の地から出征した還らぬ見習士官の遺した詩『剔抉(てきけつ)』、当初筆者らも漢字の読み方も意味もわからなかったというが、知ってしまうと・・・。

「剔」も「抉」も訓読みは「えぐる」で、中国人女性捕虜を拷問虐待する心情を描いた詩。

私たちが戦争について学ぶとき、『被害・加害・抵抗・加担』の面を漏らさずに見つめることが重要だという。昨年は治安維持法制定100年・廃止80年であった。まだまだ足りなかったかもしれないが、戦争に抗った人たちにも焦点があてられたかもしれないが、さらに、言われるままになった人たち、「心ならずも侵略戦争に参加した」(=加担)”普通の人たち”の姿を、今、私たちはどう捉えるのか、考えさせられる。

2025年8月25日付毎日新聞「街角ことば拾い」82記載 自費出版のため、書店やAmazonなどで入手するのが難しそう。筆者の地元付近の図書館(練馬区・西東京市・武蔵野市)と一橋大学附属図書館・武蔵大学図書館に所蔵あり。西東京市は保谷(現第二しじゅうから公園)に落とされたパンプキン爆弾、武蔵野市は中島飛行機武蔵製作所関連の地域資料として所蔵しているのではないか)

基本的に、地元のことが題材だが、毒ガス製造していた大久野島も出てくる。








2026年1月16日金曜日

治安維持法と「国体」

 

治安維持法制定100年の年に続々上梓される荻野富士夫先生!11月にまたまた新著登場。なのだが、いつもなら治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟でどしどし販促モードになるのに、まだ今のところ推薦のレビューもない模様。なぜ?

この本の序論とⅠは『週刊金曜日』『地平』『治安維持法と現代』といった雑誌に寄稿した文章の改稿であり、Ⅱの「共産党は「君主制」「天皇制」をどうみていたのか」が新稿とのこと。よって、「国家防衛・治安維持のため(改正前の)治安維持法はやむを得なかったのではないか」との擁護論への反論の部分は全く新しいものではないのだけれど、参政党が言い立てる「共産主義者を取締るためには必要・必然の法だった」との論調にはこれまで以上に反証を行っていく必要が出てきていると改めて考える。

 昨年、高校生相手に治安維持法についてのお話をした際にも、「エスペラントの講習会をやっていて、教え子の方たちもろとも検挙された」という話になると、「語学の勉強会をやっていたことで治安維持法の対象に?!」と驚きと恐れを与えることになったようなのだが、それなら「国体の変革」を目指した共産主義者とか無政府主義者とかに対してなら取締って(その挙句、坊門して死なせるようなことになって)も構わない、それは必要なことだったのか?となりがちなのだが、そういう方向になってはだめなんだよなと、常々思っている。

「そもそも、治安維持法は思想信条の自由を侵す、そもそも悪法である。」という認識をもっと言っていかなければならないのだと。

2025年12月21日日曜日

読書メモ:学校では教えてくれないシェイクスピア

 

『学校では教えてくれない~』とのタイトルは”ネットで真実”系のネトウヨ情報を連想してアレなのだが、さすが北村先生、それに都内トップ男子校の生徒さんたち!打てば響く講義内容で濃密な知的空間に羨ましい限り。最大の気づきは「シェイクスピアは学のない(が文才はあって強靭な運の持ち主である)劇作家」ということ。大学に行っていなくて見識は深くなく地理的な間違いがけっこうある等々。こういう講義を受けたいし、こういう本をどんどん読んでいきたい。チェーホフとかで。

2025年12月10日水曜日

読書メモ 『こぐまのララはうたう』

 

『茶色の朝』、いやむしろ『かさをささないシランさん』系統の絵本で、解説を読まないと台湾の白色テロによる人権弾圧をテーマにしたとはわからないだろう、権力者の理不尽な人権侵害が一般化普遍化した形でメルヘンになっている。そして悲しみを湛えたエンディングに今年の死刑映画週間で観た台湾映画『流麻溝十五号』を思い出した。 絵はまあまあ可愛い。しかし・・・やはり子ども向けではないだろう。台湾の状況を子どもにわかりやすく解説できる日本人がどれだけいるだろうか。
モデルは蔡焜霖さんとのこと。毎日新聞夕刊2025年10月22日の紹介記事で知って図書館にリクエストした。

2025年12月8日月曜日

オデッサ海岸通り: 今年のクリスマスに贈る本(2025年補充)


12/6の子どもを守る文化会議のメイン発言者暉峻淑子先生は、96歳とのことだが、大変お元気で「立ってやります」とおっしゃって、ほんとに90分間立ったまま発言を続けていらした。
戦争体験、家庭での子育ての体験を交え、競争ではなく対話で、平和と民主主義と人権を培っていこうとお話しされる姿はとても説得力があった。
先生のご本はたいてい読んでいるのだが、なぜかこの本はまだだったので、会場で購入して、先生のサインをいただいた。
中頃の、サンタクロースこと聖ニコラウスの出身地を訪ねる弾丸ツァーの件から読んでいる。
地中海沿岸の町ミラ(伝道していた場所)と出生地パタラは現在イスラム圏で派手な観光地化はされておらず、辛うじて跡が残っている状態であるとのこと。
対し、フィンランドのサンタ村については、「すっかりアメリカ化された観光地」と厳しい。
今後、大切に読んでいこう。

今年は、1~4月の立川プレイミュージアムでの堀内誠一展で、『くろうまブランキー』の原画に再会できた。
原画展は何度があったけれど、今回は初めての全点展示・テキスト全文展示だったので、絵本の世界にどっぷり浸れることができた。

11月に祖父母の反戦平和活動のことをお話する機会を得たが、そこにフレネ研究会の方が参加されていて、『ブランキー』がフレネ学校の生徒さんの作ったお話だと初めて知ったとおっしゃっていて、祖父の導きだったのかなと思ったり。

ブランキーのポストカードは、今なら銀座のナルニア国(教文館)で入手できるはず。



オデッサ海岸通り: オデッサ海岸通り: 今年のクリスマスに贈る本(2024年補充): 聖なる夜に 著者 : ピーター・コリントン ビーエル出版 発売日 : 2000-11-01 ブクログでレビューを見る» 「こころの友」に掲載されていたクリスマス本。 トレーラーハウス住まいの老女がアコーディオン演奏で日銭を稼ごうとするもとうとう質に入れてやっとの思いで得た小銭をひ...


堀内誠一さんの絵本デビュー作。パウル・クレー風の絵がとっても素敵。
ストーリーも泣かせます。フランスの小学校の児童達の共同制作なのです。

祖父から贈られた本で、これまでに何度も何度も読みました。
おじいさま、ありがとう!

2025年12月5日金曜日

読書メモ:刻印 満蒙開拓団、黒川村の女性たち

 

遺族会の現会長ご夫妻、先日の高校生平和のつどい証言の分科会の前後にお顔を合わせた。人当たりの良い感じのよい方たちで、つどいの前後にも講演予定があるとのことであまりお話する時間はなかったが、引き継いで語っていかなければならないことを的確に掴んでお話しされる方だった。 前会長、やはり現会長とは同姓ながら親戚関係はないとのことで、ずっと公表には強硬に反対してきて、この本を読んで、一人「悪役」を背負ってしまった形に、もはや可哀そうにさえ思えてしまうが、事実を隠そうとしてきたのは絶対彼ばかりではないのだよなあ。
かつ、前会長の行為は一応は「接待させられた女性達を誹謗中傷から守るにはこうしないといけない」と信じていたからというのがあるわけで、彼女たちの尊厳を踏み躙った最大の加害者たちは、まずは「接待させよう」と発想した人たちだし、後に彼女たちの行為をあろうことか誹謗中傷した人たちではある。でも、ご本人たちが顔を出し本名を名乗って証言しているのに、なお隠蔽しようとしたのは、彼女たちのことを考えてというよりも、やはり自らの罪を認めようとしない、卑怯な態度だろう。日本の縮図だ。
非常に立派な態度の遺族会現会長だが、長年自民党員で、町議会議員で、議長も務める。ここまでは保守派の人に時に見かけるタイプとして違和感はない。著者はさらに2024年の自民党総裁選で彼が石破氏ではなく高市氏に投票したと聞いて「え?高市さん?」となったと記述しているあたりはなかなか興味深い。高市氏が侵略を認めない発言も「直接は聞いたことがない」から、ご自分は日本人の加害行為を認めるのに全く抵抗はないが、歴史歪曲主義者のことをよく知らないままに支持してしまう、ということか、と。

2025年11月30日日曜日

読書メモ:ジートコヴァーの最後の女神たち

なんという読後感!最初から最後まで「女神」への現世の仕打ちが恐ろしい。(が、それ自体はまあありふれている。)
変節する体制順応者の姿(他責思考、被害者意識を拗ねらせる)に既視感。具体的に言うと、シェピチコの『処刑の丘』の裏切者だな。
しかし、一番興味深かったのはチェコはモラヴィア、そしてスロヴァキアの人名愛称(それも苗字の)。村人同士はギヴンネームではなく苗字で呼ぶのか。

2025年11月19日水曜日

深夜2時過ぎまでかけて読了。『デモクラシーのいろは』

 


ストーリーは(無理な展開がないわけではないが)おもしろい。敗戦直後の日本で、民主主義が根付くのがいかに困難か、同調圧力になびきがちな様子はほんとうにそこまで?!と勘繰りながら読み進めると、強かな反撃があったり。そして根深い女性蔑視が一見リベラルな男性にも潜むことが暴かれ、現代に直結して苦笑してしまう。
なんだか井上ひさしの戯曲みたいで、舞台を観ているような感覚になる。そう、舞台化(映画ではなく)されたら是非観たい。

2025年11月16日日曜日

あの絵にあの曲『名曲が語る名画』

 

名曲に結び付いた絵でまず想起するのは「展覧会の絵」でムソルグスキーに追悼されたヴィクトル・ハルトマンの絵画で、この本にも勿論掲載されている。絵を知っていて曲を知らないものもあれば逆もある。意外性のある組み合わせだったのが「禿山の一夜」に項で紹介されたのが洗礼者ヨハネを描く、ロシアとは全く別世界の西洋絵画的なボッティチェリらの作品。まあ、しかしこういう企画だと、聞きながら読めるような(自分でいちいち検索するのではなくて)附属の音源が欲しくなる。無精なので。それと、「画家マティス」はあの人だと思っていた。

ヴィクトル・ハルトマン→ヴィクトル・ガルトマン に訂正しておく。


7 モーツァルト:オペラ『魔笛』&マルク・シャガール『魔笛』
13 ショパン『革命のエチュード』&マルチン・ザレスキ『ワルシャワ武器庫の略奪』、ユリウシュ・コサック『オストロウェンカの戦い』、オラーヌ・ヴェルネ『ポーランドのプロメテウス』
27 スメタナ『我が祖国』&ムハ『故郷のスラヴ人~トゥラン人の鞭とゴート族の剣の間で』『グリュンワルトの戦闘の後~北スラヴ人の団結』
39 シェーンベルク『3つのピアノ小品』&ワシリー・カンディンスキー『印象Ⅲ(コンサート)』
40 ラフマニノフ『死の島』&アルノルト・ベックリン『死の島Ⅰ』『死の島Ⅱ』
41 スクリャービン『プロメテー火の詩』&ルーベンス『縛られたプロメテウス』、ジョルダーノ『縛られたプロメテウス』、フューガー『火を盗んだプロメテウス』、ブロッホ『ヘラクレスによって解放されるプロメテウス』
42 ストラヴィンスキー『火の鳥』&マルク・シャガール『火の鳥』舞台装置
48 プロコフィエフ『ロメオとジュリエット』&ブラウン『ロミオとジュリエット』、ライト『ロミオとジュリエット』、クリムト『ロミオとジュリエットの死』
49 マルク・シャガール『14の楽曲』&チャイコフスキー『白鳥の湖』、ストラヴィンスキー『火の鳥』

そういえば、「世界の美術館めぐり日本編」は東京の美術館ばかりだな。


2025年11月10日月曜日

不屈の本棚11月:わたしがナチスに首をはねられるまで

 

レジスタンスを綴った著作としてはかなり異色。自伝的フィクションというのはよくある手法ながら、ドキュメンタリー映像を作成しながら客体と自分を語るという手法。
ナチス将校を刺して斬首されたラトヴィア出身のロシア系ベルギー女性マリーナは、墓碑に「斬首された」ことと「マルターエフの妻」であることしか書かれなかった。一緒に埋葬された男たちが「政治犯」とか「ベルギー解放軍」とか書かれているのに。そしてこの夫が(レジスタンスはしてはいたらしいが)家族に対しては卑劣であった。”戦争孤児”となった遺児は深いトラウマを抱え、母はしてもいない罪を被ったのだと言う。
女性の実績を無視し消し去ることは学問や芸術でしばしば行われ、昨今はそういった歴史の掘り起こしが行われているが、レジスタンスにおいても”それ”はあった。
マリーナは亡命ロシア人でありながらスターリニスト、敬虔なカトリック信者でありながらテロに走るという、一筋縄ではいかない組織に属さない野良レジスタンス。彼女と家族、周囲との軋轢が痛々しく、まさに今に通じるものがある。
彼女が同志を得られなかったのが残念だ。治安維持法の弾圧に抵抗した祖母は、その時代の仲間達とは生涯にわたって親交を保っていたのを見ていたので、そう思えてしかたない。

 

2025年3月10日月曜日

A先生の思い出に

 2011年12月刊行で、たぶんいただいたのが2012年1月だったのだろう。法治主義から遠く離れたこの国のことは、悪い意味で大変感慨深いものがある。


いただいた方が最近亡くなられ、ふと手に取り頁を繰る。2012年刊行だが、その後も何とまあ日本は法の支配から外れた酷い国になったことだろう・・・。

2025年2月11日火曜日

不屈の本棚:わたしの人生 ダーチャ・マライーニ

 



戦時中の二年間、ファシスト政権への忠誠を拒否した両親とともに、名古屋の外国人収容所で不自由と飢餓の苛酷な体験をした著者の自伝。自らの体験とともに、父母や妹による回想・記録を交え(このバランスがよい)、治安法制下で戦時の日本で、「ふつうの人たちの親切、寛大さ」とともに「警察官のサディズムと狂気の国家主義、人種的偏見による軽蔑に苦しめられた」記憶を率直に語る。一家は宮澤・レーン事件の宮澤氏とも懇意だっただけに、治安維持法についても鋭く言及。また、”開放軍”たる米兵に性暴力を振るわれそうになったことも記している。
かなり前に観た映画「思い出のアン」を思い出させるが、「アン」が日本人の少年の視点で描かれているのに対し、こちらは収容されたマイノリティーの少女の視点なので、戦時下・治安維持法下の日本の醜悪さがより生々しい。

2024年11月29日金曜日

オデッサ海岸通り: 今年のクリスマスに贈る本(2024年補充)


「こころの友」に掲載されていたクリスマス本。
トレーラーハウス住まいの老女がアコーディオン演奏で日銭を稼ごうとするもとうとう質に入れてやっとの思いで得た小銭をひったくりに奪われ(奪う者、破壊する者の心の闇が恐ろしい。)、雪の中で倒れてしまう。そこで”小さな奇蹟”(原題)が起きるクリスマスの晩、というのは『くろうまブランキー』をはじめ幾多のクリスマスの本に準えることができる。それまで現代的な背景だった絵本の世界が一気に古からの伝統的な枠に入ってくる。
台詞がないのはいいが、コマ割りが細かすぎるような気がする。

今年(2024年)さらに一冊補充した。


オデッサ海岸通り: 今年のクリスマスに贈る本(2020年補充): 数年ぶりで補充する、「今年のクリスマスに贈る本」 猫のユーユー~クプリーン短編選 (群像社ライブラリー) 著者 : クプリーン 群像社 発売日 : 2020-11-25 ブクログでレビューを見る» オデッサ海岸通り: 今年のクリスマスに贈る本 : もう12月! というわけであ...

2024年11月6日水曜日

日本史上初の女性の労働弁護士の軌跡が面白くないはずがない

 

積読、というより、棚の奥にひっそり横たわっていたままだった。

もっと早くに読むべきだったのに。

相磯まつ江先生の来し方を書籍化したものを、ずっと前に上司からいただいていて、今になって読み始める。
相磯先生、「日本初の労働弁護士」だったのか。
学校を卒業して結婚・離婚を経て、夜学に通って司法試験合格、労働弁護士としての駆け出しの日々において、当然と言えば当然だが『虎に翼』以上に凄まじい男尊女卑の壁にぶち当たりながらも突破して道を切り開いてきた人生。
(初の女性裁判官の『虎に翼』の場合、やはり最初からエリートで、まあそのエリートながらも男女差別に苦労したというものだったが、相磯先生は農家の生まれだ。)
法曹界、とりわけ民主法曹というべき「労働弁護士」の世界で、労働組合で、悲しいことにさもありなん・・・という女性蔑視発言や待遇(旬報法律事務所よ、相磯先生に職印すら作ってあげなかったのかい!)をくぐり抜け、飛び越えてきた、偉大な女性弁護士の軌跡を、読みながらわくわくしている(女性差別の描写には怒りが煮えくり返るが)。

しかし、夫の芹澤先生にしても、”通称でも芹澤姓を名乗って欲しいと求めた”のか。当時の時代状況からすると当たり前なのかもしれないけれど、残念な感じはある(結局、相磯先生の説得で納得されたとはいえ)

それと、当時の社会党はだいぶまともだったんだなあというのも、かなり時代を感じさせる。今は昔なりけり。


2024年10月31日木曜日

今年のお薦めクリスマス本候補①『雪の花』

 今年のお薦め、といっても新刊ではない(2018年刊)なので、店頭ではなかなか手にするのはむずかしいかもしれないのだが。


ナルニア国の『ハリネズミと金貨』原画展に行った時に、原画展をすぐ出たところの本棚に一冊だけ置いてあって(原画展の画家オリシヴァングの絵ではなくて、同じ作者のコズロフの作品ということで置いてあった)、ここでもハリネズミさんが主人公で、熊の坊やも登場する。(この二匹はノルシュテインの『霧の中のハリネズミ』と同一キャラクターであろう、ただ、『金貨』ではハリネズミはご年配者であるが…)。
より一途な友情に溢れた世界で、ひと頃のイラン映画の子ども~青年のようで、胸震える。
で、一冊しかないその本を、買おうと思ったのだが、同じく原画展を観ていたご年配の女性が傍らに来て手に取りたそうにしていたので、なんとなく譲ってしまった。彼女は甲府から上京、必ず寄ることにしているナルニア国に来る前に、腰の痛みを労わろうと4階のカフェで一休みしてからようやく9階まで辿り着いたのだと、店員さんに話しかけていた。そして、この本を含めそのあたりの絵本をごっそりレジに持って行って、お買い上げになった。店員さんは「大丈夫ですか?」と気遣っていた。
彼女が立ち去った後に、あの本はあれで最後だったのですかと聞いたら、やはりそうだった。残念ではあるが、遠くからやってきた彼女が手に入れられてよかったのだと思う。
Amazon等ではまだ手に入るようであるし。

ノルシュテインやオリシヴァングとはまた違った風合いのファジェエヴァの絵もすばらしい。