変節する体制順応者の姿(他責思考、被害者意識を拗ねらせる)に既視感。具体的に言うと、シェピチコの『処刑の丘』の裏切者だな。
しかし、一番興味深かったのはチェコはモラヴィア、そしてスロヴァキアの人名愛称(それも苗字の)。村人同士はギヴンネームではなく苗字で呼ぶのか。
観たのは
*アイルランド「ジョジーの修理工場」
小品ながら衝撃作だった・・・。
*イタリア「マイ・ブラザー」
イタリアの家族の歴史描く映画というと長時間でじっくりというのが多いがこれは100分だったか。割としんみりな作品だった。
*スウェーデン「クリスマス・オラトリオ」
初見は1990年代後半の北欧映画祭だったが、あの映画祭に通底した暗さが記憶に引っかかっていたところ、10数年ぶりに観る機会を得て、主演男優が来日して挨拶、その際実は彼はこの映画の後メンタル面で俳優業を休んでいたということを言っていて、映画の内容をなぞるような人生送っていたのかもしれない。その後回復しているんだろうか。
*イギリス「世にも憂鬱なハムレットたち」
劇中劇で、好みの映画。当時は意識しなかったが監督はケネス・ブラナーだったか。
*チェコ「カラマーゾフ兄弟」
これも劇中劇タイプの作品で、この年のEUフィルムデーズ中のベスト。一般公開して欲しかったな。
*デンマーク「ファイター」
当時のEUフィルムデーズには多かった移民二世とヨーロッパ側の受容のあり方を問うタイプの作品(今年のフィルムデーズのにもあったような)。でもこの頃はまだ前向きな未来志向な作品作りだったよなと回想してしまう。
*ポーランド「神さまの小さなお庭で」
警官主役のコメディーで面白くはあったが、英語字幕のみだったので、内容についていけないところが多々あって残念。
*ドイツ「耳のないウサギ」
サッカーシーンがあったと思う。
*ラトヴィア「バトル・オブ・リガ」
つまらなかったけど、ラストの俯瞰シーンは美しかった。
*リトアニア「永久機関」
内容覚えておらず、バルトの国々はまだおもしろい映画作れないでいるのかなと思ったのが記憶に残っている。
特集
12月 ロシア・イコンへの旅
「 SNS 少女たちの10日間」
チェコでやった実験ドキュメンタリー映画。”12歳”と偽って女優たちがSNS上で呼びかけると案の定男たちが騙されて群がって来て何をするのだろうか…というものなので、一回観るともう二度と観たくなくなるわけだが一応録画した。観ないかも。ろくなのが出てこない(当然)。
「燃ゆる女の肖像」
「パピチャ 未来へのランウェイ」
岩波ホール閉館の知らせを受け、勿論とても残念なのだけど、最近の空席具合を見ると…、ミニシアターの中でも観客の年齢層は特別に高いから新型コロナ感染を恐れて常連さんたちが見に来るのを控えちゃったんだろうなあ、そして新しい観客層を開拓しようにも、今どき珍しい自由席制でオンラインチケットなしだし、何もかも老朽化しているから、何だか納得してしまっている。
最初に岩波ホールにやって来たのは1979年だったようだ。
「木靴の樹」
親友(というか、同性の友人でとても憧れていたので彼女と言ってもいいようなきがする)が、どうも私のことを”岩波ホール作品が好きそう”と思ったらしくて一緒に観に行こうと誘ってくれた。デートよろしく二人で観に行った。眠ったりはしなかったが、堪能するには二人共幼過ぎたと思う。結末が理不尽でやるせなくて二人で呆然とした…。
次に訪れたのが1989年の「三人姉妹」で10年も空白期間が生じている。この時以降ほぼ一人で観に行っているが、この作品もええ~!チェーホフがなぜこうなる???だった。
以下、私が岩波で観た作品(初上映岩波だが別の場所で観た作品、一般公開の場が岩波だがそれ以前に映画祭等で観て岩波では観なかった作品は含まない。)
1979
木靴の樹
1989
三人姉妹
1990
サラーム・ボンベイ !
1991
コルチャック先生
1994
苺とチョコレート
1995
ムアンとリット
青空がぼくの家
私は20歳
田園詩
青い山
若き作曲家の旅
1997
ヴィルコの娘たち
2000
パン・タデウシュ物語
2001
今日から始まる
2002
この素晴らしき世界
落穂拾い
2004
わが故郷の歌
2005
亀も空を飛ぶ
ベアテの贈りもの
2006
家の鍵
死者の書
2007
サラエボの花
2008
懺悔
待ちに待って四半世紀。遂に観られた!そしたらメラブ・ニニーゼのデビュー作だったのね。初々しいメラブ。
シロタ家の20世紀
2009
カティンの森
ポー川のひかり
嗚呼 満蒙開拓団
シリアの花嫁
2010 ほんの数年前観たような気がするが…
セラフィーヌの庭
パリ20区,僕たちのクラス
コロンブス 永遠の海
ノン、あるいは支配の空しい栄光
抵抗 死刑囚の手記より
海の沈黙 デジタルリマスター版
2011
やがて来たる者へ
遙かなるふるさと 旅順・大連
木洩れ日の家で
サラエボ,希望の街角
2012
最初の人間
菖蒲
イラン式料理本
ジョルダーニ家の人々
キリマンジャロの雪
オレンジと太陽
世界の夜明けから夕暮れまで[全5篇]
汽車はふたたび故郷へ
このあたりももう10年経つとは。
2013
少女は自転車にのって
ハンナ・アーレント
2014
幸せのありか
ローマの教室で〜我らの佳き日々〜
大いなる沈黙へ—グランド・シャルトルーズ修道院
他人の手紙
ワレサ 連帯の男
家族の灯り
2015
放浪の画家ピロスマニ
光のノスタルジア
真珠のボタン
パプーシャの黒い瞳
2016
皆さま、ごきげんよう
みかんの丘
とうもろこしの島
緑はよみがえる
2017
女の一生
残像
娘よ
2018
葡萄畑に帰ろう
少年スサ
ダンサー
微笑んで
他人の家
デデの愛
私のお祖母さん
スヴァネティの塩
ケトとコテ
大いなる緑の谷
少女デドゥナ
メイダン 世界のへそ
ヒブラ村
告白
陽の当たる町
ブラインド・デート
あぶない母さん
放浪の画家 ピロスマニ
映像
西暦2015年
モアナ 南海の歓喜
懺悔
希望の樹
祈り
ゲッベルスと私
マルクス・エンゲルス
馬を放つ
花咲くころ
2019
リンドグレーン
田園の守り人たち
ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス
12か月の未来図
こどもしょくどう
ナポリの隣人
エセルとアーネスト-ふたりの物語
少女は夜明けに夢をみる
2020
シリアにて
2021
ブータン 山の教室
ペトルーニャに祝福を
大地と白い雲
夢のアンデス
2022
ユダヤ人の私
1.暁の七人(1975年)
「死刑執行人もまた死す」「ハインリヒを撃て」と同様エンスラポイド作戦の映画の一つ。
2.世界遺産 時代の記憶 プラハ
3.世界遺産 時代の記憶 チェスキー・クルムロフ
※原作の『ペインテッド・バード』は未読。
「異端の鳥」場所は特定しないようにってことだけどドイツ軍ソ連軍(赤軍?)コサック入り乱れて民衆がそれにまして自主的に残酷で、ポーランド映画祭で観た「ルージャ」や「ヴォウィン」みたいでウクライナ~ポーランドをイメージしてしまった。
ああいう異質分子排除はヴォルィニに限らないのだろうが。軍やコサックみたいな武装した人が暴力的なのは当然だとして(それも十分恐ろしいしコサックの残忍ぶりは意味不明だったが)普通の村人が何かの拍子で手が付けられない暴虐を露わにするのが怖いことで全く他人事じゃない。遠くスラヴの地のこと大戦中のことでは終わらない。
人工言語スラヴィック・エスペラント(沼野充義先生が書かれた解説ではインタースラヴィク)使用というのでどんな感じかと聞き耳たてていたがたぶんエスペラント語とは違う、スラヴ系の共通語らしく作られたというので教会スラヴ語みたいなのかと想像したり。スラヴ系でない俳優の台詞がぎこちなかったのはいたしかたあるまい。
ドイツ軍はドイツ語、赤軍の人はロシア語しゃべっていた。つまりロシア~ソ連はドイツと共にスラヴィック・エスペラントが話されるこの地域の向こう側、外の世界という明確な視点が示されていた。スラヴィック・エスペラントは字幕見ながら聴いてところどころ聴き取れる程度。
あと「炎628」のフリョーラくん=アレクセイ・クラフチェンコが出ているね。「異端の鳥」で主人公演じた少年にトラウマにならないようなケアはあったと思うけど、クリモフ監督も彼に気を配ったらしく、その甲斐あってか全然トラウマになっていないみたいだな、クラフチェンコは。戦闘映画大好き俳優になっちゃったものね。「炎628」のようなファシズム告発ものではなくて、”愛国”的で好戦的で民族差別的にもなりかねないような作品にも厭うことなく(たぶん)出演しているんだから。
あんまりこれまで観たあれこれの映画に似ている似ていないと論じるのもなんだが、暴力的ではあっても映像はむしろ美しくグロいのは限定的なのでアレクセイ・ゲルマンやバラバノフじゃないからそれほど拒否感はなかった。動物虐殺場面はきつかったが。
ソ連映画で言えばエレム・クリモフの「炎628」が連想されるだろうけど(フリョーラ少年演じたクラフチェンコを冷静なソ連軍人役に起用しているのは監督が狙ったとしか思えないあざとさを感じる)映像の美学に関してはむしろクリモフの伴侶だったラリーサ・シェピチコ「処刑の丘」か。
民衆の暴力、民族浄化に至る累々とした虐殺はウクライナの歴史映画大作「ヴォウィン」が思い出される。
ハンガリーの子ども虐待扱った「誰のものでもないチェレ」や、ロシアのカネフスキー「動くな、死ね、甦れ」も連想された。