1992年世界に先駆けてチュルリョーニス回顧展を催したセゾン美術館はほんとうに偉大だったな。
34年前、知名度なんて殆どないままの日本初公開(というより旧ソ連圏外初公開だったのでは)にもかかわらず、早々にカタログが売り切れたという。日本人の心の琴線に触れるものがあるのだろう・・・
残念ながら、このときは観ていない。
1994年8月にリトアニアに行った時、ヴィリニュスもカウナスも、縁の土地であるにもかかわらず、少なくとも外国人向けにはチュルリョーニスを紹介しようという雰囲気ではなかった。私もチュルリョーニスの名前だけは知っていたものの、かの地で何か探求しようという気にはなっていなかった。
展覧会のグッズ特設売り場でこういう民芸品も売っていた
ルムシシュケス民俗博物館
展覧会の章ごとにこういう鳥のモビールがあった
(杉原千畝に関して言うと、地元の関心度・知名度は決して高くなかったと思う。)
チュルリョーニスに関心を持ったのは、芸術新潮2010年10月号の特集記事『チュルリョーニスを知っていますか?』までくだるのだが、それでも15年半前になるのか。
それによると、彼はリトアニア民族主義者で、リトアニアの民謡や神話に親しんでいたものの、リトアニア語には不慣れで、ポーランド語が母語だったようだ。(文学者の妻ソフィアに翻訳を頼んでいたという。)
いよいよ現物に会える!
(続く)






