お隣ブログに書いた。
土曜に行った東洋文庫(駒込)のロマノフ王朝展
オデッサ・コスモス: ◆ВЫСТАВКА ロマノフ王朝展: 土曜日の仕事の後、東洋文庫ミュージアムに ロマノフ 王朝展観に行った。 有名 な皇帝達は漫画っぽいイラストでざっくり解説。 でも有名 ではない人達はほぼ無視(系図だけ)ですね。文献とか所蔵していないからだろうけど。 一方、ニコライ一世のこの書かれよう...
↑
動画はグーグルさんが自動的に編集して音楽も適当につけたものです。
2017年1月24日火曜日
2015年8月8日土曜日
暑い中西へ東への誕生日
実は珍しく寝坊した。
(寝たのが3時過ぎだったので、6時台に起き上った。その後もだらだらして、朝食が8時台になった。)
出かけるのが遅くなり、美術館に着いたのが致命的に遅くなる。
何せ出かけ先が暑くて寒い八王子だったから。
八王子でもただの八王子ではない。ひよどり山を越えた向こうの山の中腹だ。
東京富士美術館、レオナルド・ダ・ヴィンチと「アンギアーリの戦い」展。
誕生日だったので、チケット代は無料(このオレンジのチケットがお誕生日券であるらしく、各所でおめでとうございます、と言われる。アーモンドマカロンも誕生日プレゼントの一環です。美術館内のカフェレストランで1000円以上の利用でいただけるというもの。)
適当に空いていて快適だった。
さすがに平日の日中、訪れるのは、創価学会の地域の活動家、熱心な信者さんたちという雰囲気だ。他の美術館と少し違う客層。
午後は、というより夜に向けて、八王子から千葉は幕張まで東京縦断。
はるばるたどり着いた京葉線海浜幕張駅に降り立ち、神田外語大学まで歩く。
広い敷地に大きな企業のビルがぼんぼんと建っている様子が、かつての横浜みなとみらい、ウォーターフロントと言われたビッグサイトあたりに似ている。
時間帯のせいか都会の風景なのに人影がまばらで不安感が募る。
そしてとにかく暑い…。
そして、シンポジウムが始まると今度はとても寒い。
「スラヴ文学は国境を越えて」は、つつがなく終わる。
ただ、時間がなくて残念だった。
冊子の配布があり、パネリストの発言は概ねそれに載っているのに、その内容をわざわざ発言→翻訳の手間でシンポジウムの時間の大半を使ってしまったのが勿体なく感じた。
それから、まずこのことだけ指摘しておく。
ミハイル・シーシキンさんの発言の冒頭にあった映画「アトランティス」について。
1997年に国際交流基金で開催された北欧映画祭で観た時の解説は、今般のシーシキンさんの説明と異なっているが、私は北欧映画祭の担当者の方の発言の方が正しいと思う。
シーシキンさんは、この映画はロシア公開用に通常版のハッピーエンドではなくバッドエンドに大きく変えた特別版が用意され、それがロシアで人気を博した、と書かれている。
北欧映画祭ではハッピーエンド版とバッドエンド版の両方を上映してくれた。
(ラストの3分くらいが違うだけである。)
ロシア人が悲劇を好むというのはよく知られていて、当時の映画はハッピーエンドのものでもロシア向けには悲劇で終わるバージョンを作って、ロシアでは悲劇バージョンを公開していたのだという。
ところが、この「アトランティス」の原作者は「この作品は原作通りに作ること!勝手に悲劇に変えてはいけない、ロシア版作成禁止!!!」を厳命していた。
にもかかわらず、だ。
映画製作者としては儲けたいがために、やっぱり悲劇で終わる版を作ってしまったのだ。
でも、原作者の目が光っているのでモスクワやペテルブルグあたりではそれは上映できない。
そこらあたりでは通常版を上映。
「でも、ウラル越えたら大丈夫だろう!ばれないぞ」と、言わばシベリアバージョンを作ってしまい、エカテリンブルグあたりでそれを上映していました、という説明であった。
そういう説明があったうえで、通常版上映→シベリアバージョン上映があったのだが、昔の人気作品も現代感覚で観ると、ハッピーエンドの方が悲劇的で、バッドエンドの方が喜劇じゃないか、と思えるようなものなのだ。少なくとも、日本の観客にはシベリアバージョン(何せ最後の3分で無理やり違うエンディングにしている)は大爆笑で受け入れられていた。
(寝たのが3時過ぎだったので、6時台に起き上った。その後もだらだらして、朝食が8時台になった。)
出かけるのが遅くなり、美術館に着いたのが致命的に遅くなる。
何せ出かけ先が暑くて寒い八王子だったから。
八王子でもただの八王子ではない。ひよどり山を越えた向こうの山の中腹だ。
東京富士美術館、レオナルド・ダ・ヴィンチと「アンギアーリの戦い」展。
誕生日だったので、チケット代は無料(このオレンジのチケットがお誕生日券であるらしく、各所でおめでとうございます、と言われる。アーモンドマカロンも誕生日プレゼントの一環です。美術館内のカフェレストランで1000円以上の利用でいただけるというもの。)
適当に空いていて快適だった。
さすがに平日の日中、訪れるのは、創価学会の地域の活動家、熱心な信者さんたちという雰囲気だ。他の美術館と少し違う客層。
午後は、というより夜に向けて、八王子から千葉は幕張まで東京縦断。
はるばるたどり着いた京葉線海浜幕張駅に降り立ち、神田外語大学まで歩く。
広い敷地に大きな企業のビルがぼんぼんと建っている様子が、かつての横浜みなとみらい、ウォーターフロントと言われたビッグサイトあたりに似ている。
時間帯のせいか都会の風景なのに人影がまばらで不安感が募る。
そしてとにかく暑い…。
そして、シンポジウムが始まると今度はとても寒い。
「スラヴ文学は国境を越えて」は、つつがなく終わる。
ただ、時間がなくて残念だった。
冊子の配布があり、パネリストの発言は概ねそれに載っているのに、その内容をわざわざ発言→翻訳の手間でシンポジウムの時間の大半を使ってしまったのが勿体なく感じた。
それから、まずこのことだけ指摘しておく。
ミハイル・シーシキンさんの発言の冒頭にあった映画「アトランティス」について。
1997年に国際交流基金で開催された北欧映画祭で観た時の解説は、今般のシーシキンさんの説明と異なっているが、私は北欧映画祭の担当者の方の発言の方が正しいと思う。
シーシキンさんは、この映画はロシア公開用に通常版のハッピーエンドではなくバッドエンドに大きく変えた特別版が用意され、それがロシアで人気を博した、と書かれている。
北欧映画祭ではハッピーエンド版とバッドエンド版の両方を上映してくれた。
(ラストの3分くらいが違うだけである。)
ロシア人が悲劇を好むというのはよく知られていて、当時の映画はハッピーエンドのものでもロシア向けには悲劇で終わるバージョンを作って、ロシアでは悲劇バージョンを公開していたのだという。
ところが、この「アトランティス」の原作者は「この作品は原作通りに作ること!勝手に悲劇に変えてはいけない、ロシア版作成禁止!!!」を厳命していた。
にもかかわらず、だ。
映画製作者としては儲けたいがために、やっぱり悲劇で終わる版を作ってしまったのだ。
でも、原作者の目が光っているのでモスクワやペテルブルグあたりではそれは上映できない。
そこらあたりでは通常版を上映。
「でも、ウラル越えたら大丈夫だろう!ばれないぞ」と、言わばシベリアバージョンを作ってしまい、エカテリンブルグあたりでそれを上映していました、という説明であった。
そういう説明があったうえで、通常版上映→シベリアバージョン上映があったのだが、昔の人気作品も現代感覚で観ると、ハッピーエンドの方が悲劇的で、バッドエンドの方が喜劇じゃないか、と思えるようなものなのだ。少なくとも、日本の観客にはシベリアバージョン(何せ最後の3分で無理やり違うエンディングにしている)は大爆笑で受け入れられていた。
2015年7月19日日曜日
スターリン文化は豊穣、建設、生命…
千葉まで再び。「ユーラシア世界を知るための市民教養講座」第4回「暮らしと食へのまなざし」
池田嘉郎先生の、スターリン時代の「豊かさ」と「生命」イメージ、沼野恭子先生のロシアの食文化のお話、みっちり充実。
大粛清がありながら、大衆にとってはスターリン時代の社会は、革命直後の破壊(火のイメージ)に対し、秩序ができてきて、消費社会も始まり、いよいよ社会主義建設に向かう、「豊穣」「建設」「生命」(水のイメージ)だという(ウラジーミル・パペルヌィ:建築史家)。
アレクサンドロフのミュージカル映画もめちゃくちゃ明るいしねえ。そんな感じ、わかる。
(書きかけ)
池田嘉郎先生の、スターリン時代の「豊かさ」と「生命」イメージ、沼野恭子先生のロシアの食文化のお話、みっちり充実。
大粛清がありながら、大衆にとってはスターリン時代の社会は、革命直後の破壊(火のイメージ)に対し、秩序ができてきて、消費社会も始まり、いよいよ社会主義建設に向かう、「豊穣」「建設」「生命」(水のイメージ)だという(ウラジーミル・パペルヌィ:建築史家)。
アレクサンドロフのミュージカル映画もめちゃくちゃ明るいしねえ。そんな感じ、わかる。
(書きかけ)
2015年6月28日日曜日
踊るロシア、観るロシア 未来都市Город ЧИБА
<ユーラシア世界を知るための市民教養講座>シリーズ2ロシア東欧の文化と芸術というありがたい企画が、ありがたいことに予約不要入場無料でありまして。
残念ながら第1回の「文学のヴィジョン、音楽のエクスタシー ロシア小説と音楽への誘い」、第2回「目と耳の快楽 ロシアの美術と詩歌」はいろいろ忙しくて行けなかったのですが、第3回「踊るロシア、観るロシア バレエと映画」は講師のお一人(映画編)が佐藤千登勢先生でもあるので万難を排して聴講するぞ!と行ってまいりました、但し会場は千葉商工会議所12階の研修室。ちょっと遠かったです。(でも千葉市美術館よりは近いです。)
入場無料は大変ありがたい、けれど交通費はそれなりにかかったももの、内容がとにかく充実していて、つくづく第1回第2回を参加し損ねたのが残念に感じられます。)
私は最初からこの講座の事は知っていて、チトセティストの可愛らしいおじさまにお知らせすべきかとも思ったのだけれど、結局はお知らせしなかった。あとで恨まれるかも。
しかし元クラスメイトとも再会し、レクチャーの後はワインをいただき(先生にご馳走になってしまった)女子会のノリで盛り上がったのでした。
千葉駅は仕事でも何度か来たことがあるし、千葉市美術館も数回訪れているが、懸垂型のモノレールのおかげでか毎度ながらSFチックな未来都市みたいに見える。
村山久美子先生が解説された、踊りには<語るもの>と<語らないもの>がある、ロシアのバレエは圧倒的に語るバレエ、ドラマのバレエ、演劇的バレエである、との言葉、大いに納得した。
そうか、バレエでストーリーが全く動かない場面、あれは語らない踊りなわけだ。
それと、私はやはりロシアで主流の語る踊りに親密性を感じるので、昨今のフィギュアスケートの試合を目にしてジャンプだの繋ぎなどの要素が何点で…みたいな採点をするようになってから感動しにくくなっていたのか。浅田選手の演技を観てもなかなか感動は覚えづらかったのだが、あれはたぶん彼女の演技が語らない踊りの系統だからか。
ただ、別に語らない踊りが語る踊りよりも劣っているというのではない。華やかにテクニックを披露する場面もそれはそれで楽しめる。
レクチャーではマリインスキーの「白鳥の湖」のDVDをみせていただいたのだが、プティパ振付の第一幕王子の成人式の場面、第二幕のオデットと王子の出会いの場面を解説付きで観て、なるほどなるほどと腑に落ちることの連続だった。
これまで私はそれほど「白鳥の湖」が好きだったわけではなく(そもそもバレエをそんなに好んで観ていたわけではない)、思い入れはなかったのだが、チャイコフスキーの音楽には心躍るし、ロパートキナにはただそこに現れるだけでじーんと感動してしまうのだった。DVDでさえそうなのだから、ライヴで観ることが出来たらどんなに至福の境地になるだろうか?(十数年前にライブで観たことはある、幸運だった。)
非常に駆け足ではあったが、舞踊芸術全般にも通じる鑑賞のポイントを指南していただいて、非常に有益な講義だった。
(佐藤千登勢先生についてはまだこれから。)
残念ながら第1回の「文学のヴィジョン、音楽のエクスタシー ロシア小説と音楽への誘い」、第2回「目と耳の快楽 ロシアの美術と詩歌」はいろいろ忙しくて行けなかったのですが、第3回「踊るロシア、観るロシア バレエと映画」は講師のお一人(映画編)が佐藤千登勢先生でもあるので万難を排して聴講するぞ!と行ってまいりました、但し会場は千葉商工会議所12階の研修室。ちょっと遠かったです。(でも千葉市美術館よりは近いです。)
入場無料は大変ありがたい、けれど交通費はそれなりにかかったももの、内容がとにかく充実していて、つくづく第1回第2回を参加し損ねたのが残念に感じられます。)
私は最初からこの講座の事は知っていて、チトセティストの可愛らしいおじさまにお知らせすべきかとも思ったのだけれど、結局はお知らせしなかった。あとで恨まれるかも。
しかし元クラスメイトとも再会し、レクチャーの後はワインをいただき(先生にご馳走になってしまった)女子会のノリで盛り上がったのでした。
千葉駅は仕事でも何度か来たことがあるし、千葉市美術館も数回訪れているが、懸垂型のモノレールのおかげでか毎度ながらSFチックな未来都市みたいに見える。
村山久美子先生が解説された、踊りには<語るもの>と<語らないもの>がある、ロシアのバレエは圧倒的に語るバレエ、ドラマのバレエ、演劇的バレエである、との言葉、大いに納得した。
そうか、バレエでストーリーが全く動かない場面、あれは語らない踊りなわけだ。
それと、私はやはりロシアで主流の語る踊りに親密性を感じるので、昨今のフィギュアスケートの試合を目にしてジャンプだの繋ぎなどの要素が何点で…みたいな採点をするようになってから感動しにくくなっていたのか。浅田選手の演技を観てもなかなか感動は覚えづらかったのだが、あれはたぶん彼女の演技が語らない踊りの系統だからか。
ただ、別に語らない踊りが語る踊りよりも劣っているというのではない。華やかにテクニックを披露する場面もそれはそれで楽しめる。
レクチャーではマリインスキーの「白鳥の湖」のDVDをみせていただいたのだが、プティパ振付の第一幕王子の成人式の場面、第二幕のオデットと王子の出会いの場面を解説付きで観て、なるほどなるほどと腑に落ちることの連続だった。
これまで私はそれほど「白鳥の湖」が好きだったわけではなく(そもそもバレエをそんなに好んで観ていたわけではない)、思い入れはなかったのだが、チャイコフスキーの音楽には心躍るし、ロパートキナにはただそこに現れるだけでじーんと感動してしまうのだった。DVDでさえそうなのだから、ライヴで観ることが出来たらどんなに至福の境地になるだろうか?(十数年前にライブで観たことはある、幸運だった。)
非常に駆け足ではあったが、舞踊芸術全般にも通じる鑑賞のポイントを指南していただいて、非常に有益な講義だった。
(佐藤千登勢先生についてはまだこれから。)
2015年5月24日日曜日
アテネ・フランセ、僕の村、炎、あーあ、の「映画の授業」
アテネ・フランセ。
久しぶりに行った。
2011年3月に予定されていたロシア・ソビエト映画特集があの震災で延期になり、6月頃になった、たぶんそれ以来だ。
その間アテネ・フランセ文化センター自体が上映をしていなかったように思う。
HPを見ても、他の会場での上映情報ばかりだった。
改修していたんだな。
建物内がすっかり美しくなっていた。なんと美々しい!
「僕の村は戦場だった」にせよ「炎628」にせよ、わざわざ今さら観に行くまでもないとも言えるような、押しも押されぬ名作なのだけど(←矛盾していない)、入れ替え制でなく2本観られてしかも「戦争映画の恐怖」と題するアフタートークがあるので、そのお得感に釣られて、久しぶりに足を向けた。
二つの作品については、改めて書くことがあるだろうか?
と書きつつ、「炎」は確か3回目だが、前に観たのが10年は前なので、割と忘れていた。そして、いわゆる”25歳までに観ておくべき●本の映画”の筆頭に挙げられるべき作品であり、しかもある程度の回数を重ねて観るべき映画だとも感じられた。
1回観ただけでは意外と衝撃映像を部分的に脳裏に刻み込まれた形で残るのみだったかもしれない。
馬鹿なことに、私は少年パルチザンに対して相当カッコいい憧れみたいなものを抱いて観たのだ。
それが、このフリョーラときたら・・・。
2回目は、あー、この映画また観るのは嫌だなあ、観るべきなんだけど、と思いながら。
3回目で、そうか、そういうことだったか、と年を経てわかるようになったことがかなりあった。
「僕の村」で言えば、マーシャの言動はやはり謎が多いな。
というわけで、わざわざ観に行くまでもないと思いながら観た割には2本ともやっぱりよいもので発見(あるいは再発見)の山だったのだが、この感動を胸に帰宅すべきであった。
トークは聞いただけ時間を損した、という代物だった。
もう少しまともな人選はならなかったのだろうか?天下のアテネ・フランセたるものが。
だらだらと、何度も「(事前の)メールでもやりとりしたんだけど」とか言って内輪の話は大概にしろ!公私の別ついていないんじゃない?
あの作品は実弾使っていてさすがに凄いね(ソ連の戦争映画にありがち)とか、戦争映画でもまずはアクションと娯楽が外せないとか、そういう方向を全否定するわけではないし、私的会話であればそれに終始したところで文句は言わないが、上記の2作品による「映画の授業」の後にあんな話聞かされたんじゃあなあ。
台無し感が半端じゃなかった。
ジャーリ、ジャーリ!
これまでのアテネ・フランセのレクチャーは「そうか!」と得られるものが多いものだったのに、どうしてしまったのだろう、この末期感覚は??
ちなみに、私は10年前に(まじめに)「戦争映画お薦めリスト」というのを作っておりました。
補遺:入場時にいただいた、川崎市市民ミュージアムのチラシ「終戦70周年記念 戦争の記録と映画 戦争映画の視点」のラインナップが凄いなあ。
久しぶりに行った。
2011年3月に予定されていたロシア・ソビエト映画特集があの震災で延期になり、6月頃になった、たぶんそれ以来だ。
その間アテネ・フランセ文化センター自体が上映をしていなかったように思う。
HPを見ても、他の会場での上映情報ばかりだった。
改修していたんだな。
建物内がすっかり美しくなっていた。なんと美々しい!
「僕の村は戦場だった」にせよ「炎628」にせよ、わざわざ今さら観に行くまでもないとも言えるような、押しも押されぬ名作なのだけど(←矛盾していない)、入れ替え制でなく2本観られてしかも「戦争映画の恐怖」と題するアフタートークがあるので、そのお得感に釣られて、久しぶりに足を向けた。
二つの作品については、改めて書くことがあるだろうか?
と書きつつ、「炎」は確か3回目だが、前に観たのが10年は前なので、割と忘れていた。そして、いわゆる”25歳までに観ておくべき●本の映画”の筆頭に挙げられるべき作品であり、しかもある程度の回数を重ねて観るべき映画だとも感じられた。
1回観ただけでは意外と衝撃映像を部分的に脳裏に刻み込まれた形で残るのみだったかもしれない。
馬鹿なことに、私は少年パルチザンに対して相当カッコいい憧れみたいなものを抱いて観たのだ。
それが、このフリョーラときたら・・・。
2回目は、あー、この映画また観るのは嫌だなあ、観るべきなんだけど、と思いながら。
3回目で、そうか、そういうことだったか、と年を経てわかるようになったことがかなりあった。
「僕の村」で言えば、マーシャの言動はやはり謎が多いな。
というわけで、わざわざ観に行くまでもないと思いながら観た割には2本ともやっぱりよいもので発見(あるいは再発見)の山だったのだが、この感動を胸に帰宅すべきであった。
トークは聞いただけ時間を損した、という代物だった。
もう少しまともな人選はならなかったのだろうか?天下のアテネ・フランセたるものが。
だらだらと、何度も「(事前の)メールでもやりとりしたんだけど」とか言って内輪の話は大概にしろ!公私の別ついていないんじゃない?
あの作品は実弾使っていてさすがに凄いね(ソ連の戦争映画にありがち)とか、戦争映画でもまずはアクションと娯楽が外せないとか、そういう方向を全否定するわけではないし、私的会話であればそれに終始したところで文句は言わないが、上記の2作品による「映画の授業」の後にあんな話聞かされたんじゃあなあ。
台無し感が半端じゃなかった。
ジャーリ、ジャーリ!
これまでのアテネ・フランセのレクチャーは「そうか!」と得られるものが多いものだったのに、どうしてしまったのだろう、この末期感覚は??
ちなみに、私は10年前に(まじめに)「戦争映画お薦めリスト」というのを作っておりました。
補遺:入場時にいただいた、川崎市市民ミュージアムのチラシ「終戦70周年記念 戦争の記録と映画 戦争映画の視点」のラインナップが凄いなあ。
2014年11月9日日曜日
私たちは皆大田黒の音楽日記抄から出た
渋谷でポーランド映画祭やズヴャギンツェフのチケット、「嗤う分身」のプログラムを買って、副都心線で西早稲田駅まで行って、そこから早稲田大学に行ってみた。
高田馬場からと歩く道のりはそんなに変わらない。
早稲田では桑野塾で沼辺信一さんの「バレエ・リュス・と日本人」を聞く。
いつもながらの沼辺さんの話術と詳細な資料に魅せられた。
1914年には、ニジンスキーはバレエ・リュスを解雇され、「セゾン・ニジンスキー」というプロジェクトでロンドン公演を行った(2週間のみ)。(この後、ニジンスキーはヨーロッパでは踊っていない。)
バレエ・リュスの方はスターダンサーを失い、一度追い払ったフォーキンを何とか説き伏せて呼び戻し、レオニード・マシーンを発掘して「ヨゼフ伝説」を何とか新作として公演し(評判は悪かった。そして、このときのプログラムではまだ本名の”ミャーシン”で載せている)、オペラ「金鶏」の成功(ゴンチャロヴァの舞台・衣裳デザインが斬新だった。バレエ・リュス第2期の始まり)という、時代の分かれ目となった年だった。
そこに居合わせた日本人が、これまた途轍もなく天才だったのは幸いだった。
改めて、100年前オーケストラもオペラもバレエも何もないところからニジンスキーとバレエ・リュスを体感し、のみならずそれを自分で理解し鑑賞しえた大田黒元雄の天才性には言葉を失う。
今の日本の洋楽もバレエも全て彼が1914年ロンドンで吸収したこれらから出発していると言ってよいだろう。
高田馬場からと歩く道のりはそんなに変わらない。
早稲田では桑野塾で沼辺信一さんの「バレエ・リュス・と日本人」を聞く。
いつもながらの沼辺さんの話術と詳細な資料に魅せられた。
1914年には、ニジンスキーはバレエ・リュスを解雇され、「セゾン・ニジンスキー」というプロジェクトでロンドン公演を行った(2週間のみ)。(この後、ニジンスキーはヨーロッパでは踊っていない。)
バレエ・リュスの方はスターダンサーを失い、一度追い払ったフォーキンを何とか説き伏せて呼び戻し、レオニード・マシーンを発掘して「ヨゼフ伝説」を何とか新作として公演し(評判は悪かった。そして、このときのプログラムではまだ本名の”ミャーシン”で載せている)、オペラ「金鶏」の成功(ゴンチャロヴァの舞台・衣裳デザインが斬新だった。バレエ・リュス第2期の始まり)という、時代の分かれ目となった年だった。
そこに居合わせた日本人が、これまた途轍もなく天才だったのは幸いだった。
改めて、100年前オーケストラもオペラもバレエも何もないところからニジンスキーとバレエ・リュスを体感し、のみならずそれを自分で理解し鑑賞しえた大田黒元雄の天才性には言葉を失う。
今の日本の洋楽もバレエも全て彼が1914年ロンドンで吸収したこれらから出発していると言ってよいだろう。
今私がコンサートやバレエやオペラを楽しめ、好き勝手に書き散らすことができるのも、まったくもって彼のおかげなのだ。
沼辺さんのブログによると、大田黒元雄とプロコフィエフに関しては、どうやらまだ別の「物語」があるらしい…。
沼辺さんのブログによると、大田黒元雄とプロコフィエフに関しては、どうやらまだ別の「物語」があるらしい…。
2014年7月20日日曜日
どこより早い?ワールドカップ報告会@上智大学
恒例の(いや、二回目ですけど)上智大学ヨーロッパ研究所主催のサッカーシンポジウムに行ってきました。
一回目のシンポジウムは何がテーマだったのか忘れたけれど※、大平先生とか豪華メンバーでおもしろかった。そして盛況だった。
なので、今度も早めに行かないと席が確保できないかも、と思って行ったけれど、20分前くらいに到着し、何とか後ろの方に座れました。
今回も割と豪華メンバーで、コーディネーターの市之瀬先生と冒頭のパネリストの西部さんというジャーナリスト(実によくしゃべる)、上智の保健体育研究所教授の鈴木先生、写真家・ノンフィクションライターの宇都宮さんは前回から引き続き、「月刊フットボリスタ」編集長の木村さんという人が新たに加わりました。
ハイソなイングランドサポーター(お母様はウェールズ出身とのことだったが)ケルナーさん、尊敬する『ロシアサッカー物語』をものした大平先生が今回はいらっしゃらなかったから、今回はイングランドとロシアがスペインにとって替わられたということになります。
関連本の展示や販売は今回もやっていませんでしたが、前回のシンポジウムのレポートはありました。
(ざっと読んだけれど、特にケルナーさんの絶妙なジョークはカットされていて、やはりライブの方がおもしろいということがわかった。)
※これによると、前回のテーマは「ヨーロッパサッカーと日本」でした。
このシンポジウムの企画がされたのは、勿論ワールドカップ開催前のことだったでしょう。
(実は2日前に同じ会場イベロアメリカ研究所主催でワールドカップについてのシンポジウムが開催されていたとのこと。日程からして元々無理だったが、こちらも聞いてみたかった。)
なので、大会でベスト4に入ったヨーロッパ勢であるドイツとオランダについてのスペシャリストがいなくて、ポルトガル語がご専門の市之瀬先生、スペインで活動されている木村浩嗣さんと、グループリーグ敗退の代表チームが揃ってしまったという皮肉な結果に…。
(敗退したことが話題にもならないスラヴ勢は中段の棚にあげておく。)
さて、西部謙司さん。
「W杯の傾向と日本サッカーの将来」
この方はよくしゃべります。男のおばさんタイプ。
言いたいことは近刊(9月頃?)にあるのではないかと思うので、それを読みましょう。
日本代表が言っていた「自分たちのサッカー」とは?
⇒それをやると4点取られる。(が5点取れるような選手はいないので負ける。)
ミュラーのことを「トンビみたいに一気に走って来てゴールする」とおっしゃっていたが、ストライカーの基本はそれじゃないかなあ。
次に鈴木守先生。
「脚の文化に宿る“不合理”という名の妙味」
大学の先生らしくハンドアウトあり。
オールドファンを自認する、且つ現役プレイヤー。
文化的には足(下半身)はネガティブ、反秩序的⇒不合理。
ハンドアウトの末尾に「努力が報われない物語」と記されていた。
まあ、特に応援の努力は全く報われないよな。
ハーフタイム
木村浩嗣さん
「スペイン代表:スペイン人のメンタリティとサイクル終了」
ちょっと寂しいタイトルですね。
この人もよくしゃべるのですよ。
「スペイン人はお調子者で乗ると(そしてよく乗る)強いけど、調子に乗らないとだめだめ」「逆境でパニックになる」
これはよく言われているようなラテン気質そのままのようで、いやそれってラテンじゃなくても人ってそういうものでしょうに。
特にスペインに限定された特徴ではないと思うので、説得力にはやや欠けました。
いや、実際スペインの人、「勝てない」と思った途端に頑張れなくなったのだろうけど。
市之瀬先生、ポルトガルユニ※着用で登壇。
※フィーゴ、ルイコスタ時代のワインカラーのもの。
ハンドアウトあり。
「全ての大会で好成績を残せる国ではない」(出られないこともしばしば、でも偶に好成績)
油断なのか、相手の情報収集を全くしていないこともあった。(2002年対アメリカ戦?)
敗因はクリスティアノ・ロナウドのチームなのに彼が怪我、帰化ブラジル人ペペの醜態(帰化したブラジル人たちは他国でもあまりよくなかったようだ)、フィジカルコンディションニング失敗(怪我人続出)、監督はスターティングメンバーをいじらず。
以下コネタ。
・ポルトガル人は自国以外にどこを応援するか?
まず「兄弟国」ブラジル、そして「隣国」スペイン←これは偉いな。日本が隣国を応援するだろうか??
スコットランド人は「まず自国、あとイングランドの対戦相手」を応援するということだし。
・今回の大会のスタジアムは白人が多かった。
チケットが高額で、スタジアム観戦できるのは上層部?
アニメの男の子(黄色い服を着た黒人少年)はやはりスタジアムの中ではなくて、外からいつか選手になってあそこでプレイするぞと眺めている。
・ポルトガルリーグから出場したポルトガル人以外の選手たち
こういう検証、ロシアリーグでもやってしまうんですよね(服部先生とか)。
アカデミカは知らなくてもコビリャンは知っているよ!
なんたってアリレザ・ハギギのクラブじゃないですか。
(しかもルビンからのレンタルだもの。)
ロシアリーグで雄姿を観たいけど、ルビンにはルィジコフがいるからなあ。
ヴェレムコがお留守のクルィリヤはどうでしょう?
以下、休憩後延長戦
宇都宮徹壱さん
「どこよりも早いワールドカップ報告会」
という看板には偽りがあったわけだ。
二日前にイベロアメリカ研究所がサッカーシンポジウムをしているわけだから。
広い国で移動が大変だ→次回も同様なことが問題になるだろう。
まあ気候の違いはブラジルほどではないか。
ラテンアメリカのサッカーにはすっかり疎くなっていたので、ファンが相手をけなしつつも遺恨にはならないような関係が保たれているようで(ウルグアイ対コロンビア等)、ブラジル大敗後アルゼンチンサポーターとブラジルの通勤客も仲良く混んだ電車に乗っていたようで、よかったね。
写真、楽しめました。
ディスカッション
一番盛り上がったのは「ベストイレブン選考」だが、ここでは省略。
・データ解析はアメリカが得意(西部)
・アルゼンチンは対戦相手の情報以上に試合の審判の情報を収集する(鈴木)
・日本は結局優勝国の真似になっているのでは?今度はドイツ?(市之瀬)
(ポルトガルに優秀なサイドアタッカーが連綿と続くのは、イングランドとの試合に勝てるように戦術を磨いた結果だと歴史的な話もされた。)
・ベストマッチ
アメリカ対ガーナ(木村)
歴史的な意味でブラジル対ドイツ、それとようやく決勝トーナメント進出が叶って喜ぶ姿を見たアルジェリア対ロシア(宇都宮)
レーザーポインターがとっても後味悪かったからアルジェリアはないなあ、少なくとも。
この試合、ロシアが勝っていたらやはり初の決勝進出だったけど、それでも宇都宮さんは感動しただろうか?
ブラジル対コロンビア(西部)
ブラジル対クロアチア(鈴木)
フランス対ドイツとアメリカ対ポルトガル(市之瀬)
後で補充するかもしれませんが、さしあたりこんなところで。
一回目のシンポジウムは何がテーマだったのか忘れたけれど※、大平先生とか豪華メンバーでおもしろかった。そして盛況だった。
なので、今度も早めに行かないと席が確保できないかも、と思って行ったけれど、20分前くらいに到着し、何とか後ろの方に座れました。
今回も割と豪華メンバーで、コーディネーターの市之瀬先生と冒頭のパネリストの西部さんというジャーナリスト(実によくしゃべる)、上智の保健体育研究所教授の鈴木先生、写真家・ノンフィクションライターの宇都宮さんは前回から引き続き、「月刊フットボリスタ」編集長の木村さんという人が新たに加わりました。
ハイソなイングランドサポーター(お母様はウェールズ出身とのことだったが)ケルナーさん、尊敬する『ロシアサッカー物語』をものした大平先生が今回はいらっしゃらなかったから、今回はイングランドとロシアがスペインにとって替わられたということになります。
関連本の展示や販売は今回もやっていませんでしたが、前回のシンポジウムのレポートはありました。
(ざっと読んだけれど、特にケルナーさんの絶妙なジョークはカットされていて、やはりライブの方がおもしろいということがわかった。)
※これによると、前回のテーマは「ヨーロッパサッカーと日本」でした。
このシンポジウムの企画がされたのは、勿論ワールドカップ開催前のことだったでしょう。
(実は2日前に同じ会場イベロアメリカ研究所主催でワールドカップについてのシンポジウムが開催されていたとのこと。日程からして元々無理だったが、こちらも聞いてみたかった。)
なので、大会でベスト4に入ったヨーロッパ勢であるドイツとオランダについてのスペシャリストがいなくて、ポルトガル語がご専門の市之瀬先生、スペインで活動されている木村浩嗣さんと、グループリーグ敗退の代表チームが揃ってしまったという皮肉な結果に…。
(敗退したことが話題にもならないスラヴ勢は中段の棚にあげておく。)
6月20日に掲示されていたチラシ
この段階ではポルトガルやスペインの敗北は反映されていない。
さて、西部謙司さん。
「W杯の傾向と日本サッカーの将来」
この方はよくしゃべります。男のおばさんタイプ。
言いたいことは近刊(9月頃?)にあるのではないかと思うので、それを読みましょう。
日本代表が言っていた「自分たちのサッカー」とは?
⇒それをやると4点取られる。(が5点取れるような選手はいないので負ける。)
ミュラーのことを「トンビみたいに一気に走って来てゴールする」とおっしゃっていたが、ストライカーの基本はそれじゃないかなあ。
次に鈴木守先生。
「脚の文化に宿る“不合理”という名の妙味」
大学の先生らしくハンドアウトあり。
オールドファンを自認する、且つ現役プレイヤー。
文化的には足(下半身)はネガティブ、反秩序的⇒不合理。
ハンドアウトの末尾に「努力が報われない物語」と記されていた。
まあ、特に応援の努力は全く報われないよな。
ハーフタイム
木村浩嗣さん
「スペイン代表:スペイン人のメンタリティとサイクル終了」
ちょっと寂しいタイトルですね。
この人もよくしゃべるのですよ。
「スペイン人はお調子者で乗ると(そしてよく乗る)強いけど、調子に乗らないとだめだめ」「逆境でパニックになる」
これはよく言われているようなラテン気質そのままのようで、いやそれってラテンじゃなくても人ってそういうものでしょうに。
特にスペインに限定された特徴ではないと思うので、説得力にはやや欠けました。
いや、実際スペインの人、「勝てない」と思った途端に頑張れなくなったのだろうけど。
市之瀬先生、ポルトガルユニ※着用で登壇。
※フィーゴ、ルイコスタ時代のワインカラーのもの。
ハンドアウトあり。
「全ての大会で好成績を残せる国ではない」(出られないこともしばしば、でも偶に好成績)
油断なのか、相手の情報収集を全くしていないこともあった。(2002年対アメリカ戦?)
敗因はクリスティアノ・ロナウドのチームなのに彼が怪我、帰化ブラジル人ペペの醜態(帰化したブラジル人たちは他国でもあまりよくなかったようだ)、フィジカルコンディションニング失敗(怪我人続出)、監督はスターティングメンバーをいじらず。
以下コネタ。
・ポルトガル人は自国以外にどこを応援するか?
まず「兄弟国」ブラジル、そして「隣国」スペイン←これは偉いな。日本が隣国を応援するだろうか??
スコットランド人は「まず自国、あとイングランドの対戦相手」を応援するということだし。
・今回の大会のスタジアムは白人が多かった。
チケットが高額で、スタジアム観戦できるのは上層部?
アニメの男の子(黄色い服を着た黒人少年)はやはりスタジアムの中ではなくて、外からいつか選手になってあそこでプレイするぞと眺めている。
・ポルトガルリーグから出場したポルトガル人以外の選手たち
こういう検証、ロシアリーグでもやってしまうんですよね(服部先生とか)。
アカデミカは知らなくてもコビリャンは知っているよ!
なんたってアリレザ・ハギギのクラブじゃないですか。
(しかもルビンからのレンタルだもの。)
ロシアリーグで雄姿を観たいけど、ルビンにはルィジコフがいるからなあ。
ヴェレムコがお留守のクルィリヤはどうでしょう?
以下、休憩後延長戦
宇都宮徹壱さん
「どこよりも早いワールドカップ報告会」
という看板には偽りがあったわけだ。
二日前にイベロアメリカ研究所がサッカーシンポジウムをしているわけだから。
広い国で移動が大変だ→次回も同様なことが問題になるだろう。
まあ気候の違いはブラジルほどではないか。
ラテンアメリカのサッカーにはすっかり疎くなっていたので、ファンが相手をけなしつつも遺恨にはならないような関係が保たれているようで(ウルグアイ対コロンビア等)、ブラジル大敗後アルゼンチンサポーターとブラジルの通勤客も仲良く混んだ電車に乗っていたようで、よかったね。
写真、楽しめました。
ディスカッション
一番盛り上がったのは「ベストイレブン選考」だが、ここでは省略。
・データ解析はアメリカが得意(西部)
・アルゼンチンは対戦相手の情報以上に試合の審判の情報を収集する(鈴木)
・日本は結局優勝国の真似になっているのでは?今度はドイツ?(市之瀬)
(ポルトガルに優秀なサイドアタッカーが連綿と続くのは、イングランドとの試合に勝てるように戦術を磨いた結果だと歴史的な話もされた。)
・ベストマッチ
アメリカ対ガーナ(木村)
歴史的な意味でブラジル対ドイツ、それとようやく決勝トーナメント進出が叶って喜ぶ姿を見たアルジェリア対ロシア(宇都宮)
レーザーポインターがとっても後味悪かったからアルジェリアはないなあ、少なくとも。
この試合、ロシアが勝っていたらやはり初の決勝進出だったけど、それでも宇都宮さんは感動しただろうか?
ブラジル対コロンビア(西部)
ブラジル対クロアチア(鈴木)
フランス対ドイツとアメリカ対ポルトガル(市之瀬)
後で補充するかもしれませんが、さしあたりこんなところで。
2014年5月18日日曜日
パニック
昨日は、カリテで上映の「25年ぶり」乗り物パニック映画 「メトロ42」を観そびれてしまい、早稲田に行った。
桑野塾「80年ぶりのロシア帰還 作家・勝野金政の指名を届けて」「革命の消えたロシア、ロックと愛国のメーデー」
勝野金政については、私はちっとも知らなかったが、「日本のソルジェニーツィン」として、文学によるスターリン体制告発を世界に先駆けて行った作家とのこと。
お土産をいただいた。勝野金政については、私はちっとも知らなかったが、「日本のソルジェニーツィン」として、文学によるスターリン体制告発を世界に先駆けて行った作家とのこと。
ソルジェニーツィンハウスでの講演の報告会とのことで、ロシア向けお土産のお裾わけらしい。
立派なお箸。
あと、ロシアチョコもいただいたが、包み紙はКの文字が斜めに連続してレイアウトされているというシンプルなものだった。
каналоармейц
「運河兵士」
作家勝野が家族の前でもたびたび口にしていたという「カナールアルメー」ということばであるが、白海運河を作る大事業に従事させられていた兵士・労働者・囚人らのことだろう。
ロシア人通訳も「今のロシア語にはなくて、知らない言葉だった」とのこと。
ゲオルギーリボンも見せていただいた。
そういえば、なんか自分の中でメーデーと戦勝記念日のパレードがいっしょくたになっていた。
メーデーのパレードはソ連解体後初めてだそうだ。
今まで見ていたのは戦勝記念日のパレードだったんだ。
メーデーのパレードのイメージは、映画「私は二十歳」の中に出てくる、職場の人たちと仲良く歩いているというものだった。
そのあと後楽園へ。
「独立プロと反戦・反核映画」
肝心なところでうとうとしてしまった。
残念なことに、あまり日本の反戦・反核映画を観ていない。
特に昔のはよいものがたくさんありそう。
ご年配の方はやはり「若い人たちにはわかってもらえないのか」というような発言をする。
そうなんだけど、それでも語っていただくしかない。
ただし、今までのようではなく。
さて、観そびれたパニック映画は見られるだろうか・・・・????
2013年2月24日日曜日
ロシアの異端、異端のロシア
東洋文庫ミュージアムも、これで4回目の入館になる。
モリソン書庫の前の椅子に、今日の講師お二人がいらっしゃった。
今日のお題は「ロシアの正教、正教のロシア:頭でロシアはわからない心で親しむ歴史と文化」
↑
トゥルゲーネフなどがそういう言い方をしているので、「理性では理解しかねるロシア」というのを日本のロシア関係者はよく持ち出すが、それは別にロシアに限ったことではないと思うな。
日本だって他から見ればよくわからないという面が少なからずあるだろうし、イランだってレバノンだってそう。
簡単にわかったということにはならないのはもちろんなのだが、理解しえない異質の存在だという国や民族だ、みたいな扱いは、軽々にすべきではないだろう。
講師は3名で
1.井上まどか先生「正教会における祈り チェルノブイリとイコン」
2.下斗米伸夫先生「古儀式派とロシア政治:日露戦争からソ連崩壊まで」
3.亀山郁夫先生「」ロシア文学における正教と異端派」
この時間で3人のレクチャーというのは詰め込み過ぎというもので、それぞれの先生が話し足りない、時間がないと感じたのではないか。少なくとも、聞いている私は話がどんどん進んでしまって、聞き逃したのか先生が話をカットされたのかわからないままだった箇所も多かった。
帰りの電車の中でハンドアウトを見直してそういうことかと復習した部分もある。
ちょうど下斗米先生と亀山先生が正教徒のマイノリティーである«異端派»について取り上げたが、特に下斗米先生の古儀式派の政治との関わりについての指摘が新鮮だった。
何せ時間が押していたので、じっくり考える間もなくジャーナリスティックな話題を次々に提供されて刺戟的だったと感じたという面も否定できないのだが。
ロシア革命に古儀式派の影響がかくも指摘できるとは驚きだが、最初の衝撃から落ち着いてくると、「信心深いロシア」が「無神論のソ連」に豹変したかのような、教会爆破などのあの年代の暴風雨のような出来事も、なんだか合点がいくような気がする。
今まで異端として迫害されてきた古儀式派にしてみれば、帝政を支えた旧体制側=正教の「正統」ニーコン派はそれだけ憎たらしかっただろうと。古儀式派にとって、ニーコン派は敵でアンチキリストなのだ。(←宗教家の態度としては全く正しくない俗っぽい反応であるが。)
下斗米先生のお話によれば、ソヴィエトは古儀式派の集会が起源だそうだ。
スターリンが指摘するところでは「純ロシア現象」、グルジアにはもちろん、ポーランドにもウクライナにもなかった。
で、古儀式派は実はそんなに弱小集団ではなかったようで、国内産業の4~7割(特に繊維工業)を掌握していたり、革命家の中にもいらっしゃったり。
そうそう。ロシア革命を担った人たちはは無神論一色かと思ったら、求神論のベルジャーエフ、建神論のルナチャルスキーやゴーリキーがいる、という。
ルイコフ、カリーニン、シリャプニコフ、ノギン、ブルエビッチ、モロトフらが古儀式派系のボリシェヴィキ。
(その後も、グロムイコ、エリツィン、プーチン?)
そんな風にどんどん人名を挙げて古儀式派との繋がりを指摘され、またはビャトカ、ニージニーノヴゴロドと古儀式派拠点とされる地名を挙げ、何とか最後まで行き着いたというレクチャーだった。
まだまだ頭の中ではそういった知識が点在するのみで、確かな検証となって納得できるまでに至っていない。
もうすぐ刊行されるという先生の新著が楽しみだ。
特に、今日のお話では、キエフないしウクライナの位置づけがわからなかった。
先生は説明はある程度されていたのだが。
(他の先生については後ほど)
ディスカッションの最後の方は、亀山先生が私にとっては全く関心のない話題に持って行ってしまったので(だから「どうでもいい」に手を挙げた)、時間がもったいなかったな。
レスリングの問題の方がよかったのに。
イランとアメリカが抱擁している図、なんて、熱いものを感じずにはいられない。
モリソン書庫の前の椅子に、今日の講師お二人がいらっしゃった。
今日のお題は「ロシアの正教、正教のロシア:頭でロシアはわからない心で親しむ歴史と文化」
↑
トゥルゲーネフなどがそういう言い方をしているので、「理性では理解しかねるロシア」というのを日本のロシア関係者はよく持ち出すが、それは別にロシアに限ったことではないと思うな。
日本だって他から見ればよくわからないという面が少なからずあるだろうし、イランだってレバノンだってそう。
簡単にわかったということにはならないのはもちろんなのだが、理解しえない異質の存在だという国や民族だ、みたいな扱いは、軽々にすべきではないだろう。
講師は3名で
1.井上まどか先生「正教会における祈り チェルノブイリとイコン」
2.下斗米伸夫先生「古儀式派とロシア政治:日露戦争からソ連崩壊まで」
3.亀山郁夫先生「」ロシア文学における正教と異端派」
この時間で3人のレクチャーというのは詰め込み過ぎというもので、それぞれの先生が話し足りない、時間がないと感じたのではないか。少なくとも、聞いている私は話がどんどん進んでしまって、聞き逃したのか先生が話をカットされたのかわからないままだった箇所も多かった。
帰りの電車の中でハンドアウトを見直してそういうことかと復習した部分もある。
ちょうど下斗米先生と亀山先生が正教徒のマイノリティーである«異端派»について取り上げたが、特に下斗米先生の古儀式派の政治との関わりについての指摘が新鮮だった。
何せ時間が押していたので、じっくり考える間もなくジャーナリスティックな話題を次々に提供されて刺戟的だったと感じたという面も否定できないのだが。
ロシア革命に古儀式派の影響がかくも指摘できるとは驚きだが、最初の衝撃から落ち着いてくると、「信心深いロシア」が「無神論のソ連」に豹変したかのような、教会爆破などのあの年代の暴風雨のような出来事も、なんだか合点がいくような気がする。
今まで異端として迫害されてきた古儀式派にしてみれば、帝政を支えた旧体制側=正教の「正統」ニーコン派はそれだけ憎たらしかっただろうと。古儀式派にとって、ニーコン派は敵でアンチキリストなのだ。(←宗教家の態度としては全く正しくない俗っぽい反応であるが。)
下斗米先生のお話によれば、ソヴィエトは古儀式派の集会が起源だそうだ。
スターリンが指摘するところでは「純ロシア現象」、グルジアにはもちろん、ポーランドにもウクライナにもなかった。
で、古儀式派は実はそんなに弱小集団ではなかったようで、国内産業の4~7割(特に繊維工業)を掌握していたり、革命家の中にもいらっしゃったり。
そうそう。ロシア革命を担った人たちはは無神論一色かと思ったら、求神論のベルジャーエフ、建神論のルナチャルスキーやゴーリキーがいる、という。
ルイコフ、カリーニン、シリャプニコフ、ノギン、ブルエビッチ、モロトフらが古儀式派系のボリシェヴィキ。
(その後も、グロムイコ、エリツィン、プーチン?)
そんな風にどんどん人名を挙げて古儀式派との繋がりを指摘され、またはビャトカ、ニージニーノヴゴロドと古儀式派拠点とされる地名を挙げ、何とか最後まで行き着いたというレクチャーだった。
まだまだ頭の中ではそういった知識が点在するのみで、確かな検証となって納得できるまでに至っていない。
もうすぐ刊行されるという先生の新著が楽しみだ。
特に、今日のお話では、キエフないしウクライナの位置づけがわからなかった。
先生は説明はある程度されていたのだが。
(他の先生については後ほど)
ディスカッションの最後の方は、亀山先生が私にとっては全く関心のない話題に持って行ってしまったので(だから「どうでもいい」に手を挙げた)、時間がもったいなかったな。
レスリングの問題の方がよかったのに。
イランとアメリカが抱擁している図、なんて、熱いものを感じずにはいられない。
2013年2月10日日曜日
いつも夢見るバラライカ
ラチョフの絵本などで、民族衣装を身に付けたウサギなどの小動物が手にしている様子が思い浮かべられますが、今日の東洋文庫での講座&コンサート「もっと北の国の音楽:魅惑のバラライカ」では、いろいろ新発見がありました。
講師は森田稔先生とマキシム・クリコフ先生。
クリコフ先生は、ペテルブルグの大学ではロシアの民族楽器オーケストラの指揮とバラライカを専攻、東京芸術大学では日本の伝統音楽を研究(博士号をとったのは尺八だけれど、三味線・お琴もものするとか)。さらに!小説も書くという、多芸な方。
コンサート後に伺ったのですが、2009年の留学生文学賞奨励賞を受賞されたその小説のタイトルは『再会』。
マクシム先生は「ネット上で読むことができます」とおっしゃっていましたが、現在はKindleで購入して読むことになるようです。
『留学生文学賞 作品集 [Kindle版] 』
(↑の授賞式の場では、マキシム先生はバラライカは趣味にすぎないみたいなことをおっしゃっておおいに謙遜されているが、もちろん単なる趣味ではない!)
森田先生のレクチャーはユーラシアブックレットの『民族楽器バラライカ』をざっと解説するという形式をとり、文字通りかなり概説的なものでした。
そのブックレットをテキストに使うということが、残念ながらあまり周知されておらず、若干混乱(というか不満?)をもたらしてしまいました。
皮肉にも、予め配布されていたクリコフ先生のレジュメが、森田先生のお話を聴く上でかなり助けになりましたが、そうなるとクリコフ先生のレクチャーはその繰り返しになってしまわないかと危惧してしまいました。
しかし、クリコフ先生は上記のようなご自分の経歴を振り返りながら、森田先生のレクチャーの補足に留まらない、多くの気づきを与えて下さいました。
印象的だったのは、「民族衣装を着てロシア民謡を演じることには抵抗があった」という言葉です。
クリコフ先生が受けてきたソ連・ロシアの専門教育、アカデミックなバラライカの世界では、スーツを着て、クラシック音楽の編曲ないしバラライカのために作曲されたオリジナル作品(ソナタ、協奏曲など西欧音楽の様式であることが多いようだ)がレパートリーの7割以上を占め、弾きながら歌う«弾き歌い»は基本的にしない。
対して、本来的な民俗楽器としてのバラライカは、農民が歌って踊って遊ぶ時の伴奏で使われた、「美的ではない」「ラフな」楽器。
ロシア国内でのアカデミックな演奏形態と、国外で求められる«ロシア的イメージ»=民族衣装を着用してロシア民謡の編曲を演奏するという演奏形態との齟齬。
クリコフ先生は日本に留学して、外側からロシアの「アカデミック」バラライカの世界を眺めることで、「二つのバラライカの伝統がある」、ソ連時代に確立した民族音楽としてのバラライカとの本来の民族文化としてのバラライカがあることに気づかれた。そして西洋音楽たるクラシック音楽的であろうとするアカデミックな世界の感覚としては農村文化・民俗文化をいくらか低いもの(「美的ではない」)と捉え、抵抗を感じる、ということを認識し、それを率直に語ったのだと思います。
クリコフ先生は、数年前にお話ししたペテルブルグ出身の画商の青年を思い出させました。
日本語が堪能なこともそうだけれど、人当たりがよくて、思考が柔軟で、ロシアを外側から観ることができる客観性を持ち、多才であること。
そんなところに共通性を見出します。
今では、クリコフ先生はロシア民族音楽アンサンブル“GARMOSHKA”で民族衣装を着て演奏されているそうです。
六本木の「ミンスクの台所」で毎週木曜日にライブをされています。
ところで、私のお隣に席をとった若い女性は、すぐ前に座っていらしたクリコフ先生とロシア語でぺらぺら会話しているのみならず、メモもロシア語でさらさら書いている。
なので、私はこの女性はクリコフ先生の芸大での教え子かしらと思い、すごいなーと感心していたのです。
その後、彼女はキルギスからの留学生だということがわかりました。(もちろん先生同様日本語堪能でした。)
いやはや、キルギスの方は、言われないと日本人との区別は全くつかないですね。
今回もほんとに日本人だと思い込んでいました。
左は森田先生がソ連時代に買ったというお土産用バラライカ。
左はマクシム先生が演奏されたもの?
講師は森田稔先生とマキシム・クリコフ先生。
クリコフ先生は、ペテルブルグの大学ではロシアの民族楽器オーケストラの指揮とバラライカを専攻、東京芸術大学では日本の伝統音楽を研究(博士号をとったのは尺八だけれど、三味線・お琴もものするとか)。さらに!小説も書くという、多芸な方。
コンサート後に伺ったのですが、2009年の留学生文学賞奨励賞を受賞されたその小説のタイトルは『再会』。
マクシム先生は「ネット上で読むことができます」とおっしゃっていましたが、現在はKindleで購入して読むことになるようです。
『留学生文学賞 作品集 [Kindle版] 』
(↑の授賞式の場では、マキシム先生はバラライカは趣味にすぎないみたいなことをおっしゃっておおいに謙遜されているが、もちろん単なる趣味ではない!)
森田先生のレクチャーはユーラシアブックレットの『民族楽器バラライカ』をざっと解説するという形式をとり、文字通りかなり概説的なものでした。
そのブックレットをテキストに使うということが、残念ながらあまり周知されておらず、若干混乱(というか不満?)をもたらしてしまいました。
皮肉にも、予め配布されていたクリコフ先生のレジュメが、森田先生のお話を聴く上でかなり助けになりましたが、そうなるとクリコフ先生のレクチャーはその繰り返しになってしまわないかと危惧してしまいました。
しかし、クリコフ先生は上記のようなご自分の経歴を振り返りながら、森田先生のレクチャーの補足に留まらない、多くの気づきを与えて下さいました。
印象的だったのは、「民族衣装を着てロシア民謡を演じることには抵抗があった」という言葉です。
クリコフ先生が受けてきたソ連・ロシアの専門教育、アカデミックなバラライカの世界では、スーツを着て、クラシック音楽の編曲ないしバラライカのために作曲されたオリジナル作品(ソナタ、協奏曲など西欧音楽の様式であることが多いようだ)がレパートリーの7割以上を占め、弾きながら歌う«弾き歌い»は基本的にしない。
対して、本来的な民俗楽器としてのバラライカは、農民が歌って踊って遊ぶ時の伴奏で使われた、「美的ではない」「ラフな」楽器。
ロシア国内でのアカデミックな演奏形態と、国外で求められる«ロシア的イメージ»=民族衣装を着用してロシア民謡の編曲を演奏するという演奏形態との齟齬。
クリコフ先生は日本に留学して、外側からロシアの「アカデミック」バラライカの世界を眺めることで、「二つのバラライカの伝統がある」、ソ連時代に確立した民族音楽としてのバラライカとの本来の民族文化としてのバラライカがあることに気づかれた。そして西洋音楽たるクラシック音楽的であろうとするアカデミックな世界の感覚としては農村文化・民俗文化をいくらか低いもの(「美的ではない」)と捉え、抵抗を感じる、ということを認識し、それを率直に語ったのだと思います。
クリコフ先生は、数年前にお話ししたペテルブルグ出身の画商の青年を思い出させました。
日本語が堪能なこともそうだけれど、人当たりがよくて、思考が柔軟で、ロシアを外側から観ることができる客観性を持ち、多才であること。
そんなところに共通性を見出します。
演奏後、おばさまたちに囲まれ、丁寧に質問に答えていました。
「バラライカはどこで習うことができるのか?」とか。
今では、クリコフ先生はロシア民族音楽アンサンブル“GARMOSHKA”で民族衣装を着て演奏されているそうです。
六本木の「ミンスクの台所」で毎週木曜日にライブをされています。
ところで、私のお隣に席をとった若い女性は、すぐ前に座っていらしたクリコフ先生とロシア語でぺらぺら会話しているのみならず、メモもロシア語でさらさら書いている。
なので、私はこの女性はクリコフ先生の芸大での教え子かしらと思い、すごいなーと感心していたのです。
その後、彼女はキルギスからの留学生だということがわかりました。(もちろん先生同様日本語堪能でした。)
いやはや、キルギスの方は、言われないと日本人との区別は全くつかないですね。
今回もほんとに日本人だと思い込んでいました。
2013年1月27日日曜日
ロシア帝国総督の条件
西部(ポーランド分割で得た地域とバルト地域)とカフカースの総督:もてる男
シベリアと中央アジアの総督:オタク系
ロシア帝国の総督は、18世紀には内地にも置かれたが、19世紀前半には「辺境」統治に特化される。
西部には先行する国家・法秩序・エリート集団が存在するところだったので、当地の貴族女性と交流し、あわよくば情報を得たり…なんてこともあるので、そこの総督はモテる男性である必要もあったのだ。
(ポチョムキンはこちらに属する。)
シベリアの方は女性にもてる必要は全くない。地理学者的、また無の状態から経済の諸条件を整えマネージメントするという激務をこなす人でなければならなかった。一方でマニアっぽい濃い趣味をもっていた。
オレンブルグという町
キーワードはプガチョフ、『大尉の娘』、オレンブルグ・コサック等。
かつては総督が置かれ、カザフ・キルギスへの前哨基地であり(首都だったこともあった)、交易の中心地だったが、ロシア帝国がどんどん東へと前進し、西シベリア自体は「内地」化したため、総督は廃止され、普通の県になった…はずだけれど、完全に内地化したかというと、そうでもなくてグレーゾーンとなった。
それまでカザンが担ってきた役割をとってかわろうとしたが、大学・神学校などがなく人的資源が乏しく、それにも失敗。
以上は、今日拝聴した、「もっと知ろう、もっと北の国Ⅰ 帝政ロシアの実像」のメモ書きから。
講師は越野剛先生と松里公孝先生。
オレンブルグって、意外とすごく「辺境」だったのね。
サッカークラブはというと・・・
ガゾヴィク・オレンブルグは現在2部リーグのウラル沿ヴォルガ地区所属。
(2011~2012シーズンは一部リーグだったが、16位で二部に降格した。)
ユーリー・ショーミンさんの出身地であったか。
シベリアと中央アジアの総督:オタク系
ロシア帝国の総督は、18世紀には内地にも置かれたが、19世紀前半には「辺境」統治に特化される。
西部には先行する国家・法秩序・エリート集団が存在するところだったので、当地の貴族女性と交流し、あわよくば情報を得たり…なんてこともあるので、そこの総督はモテる男性である必要もあったのだ。
(ポチョムキンはこちらに属する。)
シベリアの方は女性にもてる必要は全くない。地理学者的、また無の状態から経済の諸条件を整えマネージメントするという激務をこなす人でなければならなかった。一方でマニアっぽい濃い趣味をもっていた。
オレンブルグという町
キーワードはプガチョフ、『大尉の娘』、オレンブルグ・コサック等。
かつては総督が置かれ、カザフ・キルギスへの前哨基地であり(首都だったこともあった)、交易の中心地だったが、ロシア帝国がどんどん東へと前進し、西シベリア自体は「内地」化したため、総督は廃止され、普通の県になった…はずだけれど、完全に内地化したかというと、そうでもなくてグレーゾーンとなった。
それまでカザンが担ってきた役割をとってかわろうとしたが、大学・神学校などがなく人的資源が乏しく、それにも失敗。
以上は、今日拝聴した、「もっと知ろう、もっと北の国Ⅰ 帝政ロシアの実像」のメモ書きから。
講師は越野剛先生と松里公孝先生。
オレンブルグって、意外とすごく「辺境」だったのね。
サッカークラブはというと・・・
ガゾヴィク・オレンブルグは現在2部リーグのウラル沿ヴォルガ地区所属。
(2011~2012シーズンは一部リーグだったが、16位で二部に降格した。)
ユーリー・ショーミンさんの出身地であったか。
2013年1月12日土曜日
ヨーロッパサッカーとヨーロッパ「辺境」サッカー、とそれから
上智の図書館の9階を訪れたのって、もしかしたら2008年の「トルストイ生誕180周年記念 ウラジーミル・トルストイ講演会」以来か?
上智大学は時々シンポジウムで思いのほか太っ腹なところを見せるのだけれど、本日のシンポジウムも「入場無料・申し込み不要」でこれだけの大人物を揃えたものができるのだから、ファンタスチーチナである。
まずご挨拶からして、上智大学ヨーロッパ研究所所長の村田真一先生である。
主催した研究所の所長なんだから挨拶なさるのは当然ではあるけれど、いつも演劇、あるいは文学のことをお話しされるので、こんな場にいらっしゃるのが何だか不思議な雰囲気。
でも、いきなりマラト・イズマイロフ(低迷するスポルティングを見限ったか?ポルトに移籍したばかり)やカペッロさんのことなんか持ち出される。
何だかわくわくする幕開け、ではなくてキックオフだ。
コーディネーターの市之瀬先生は盛況ぶりに驚いている。
あ、でもウラジーミルさんのときもこんなものだったし。
(客層はちょっと違うが。)
上智の図書館に友人が働いていた頃は、シンポジウムの情報をすぐ送ってくれていて助かった。
場所は図書館ではないけれど、ハルピン学院顕彰基金上智大学ロシア研究シンポジウムというものもあった。
兵頭先生、今プーチンさんのことをどう思っていらっしゃるんだろう。
1 ヨーロッパと日本のサッカー観の相違
私はサッカージャーナリズムのことは疎いので(TVは観ないし、雑誌も読まない)、申し訳ないことに最初のパネリストの方(サッカージャーナリスト)のことはまるで存じ上げなかった。どこかでお名前くらい聞いていてもよいように思うのだけれど。
オーソドックスでわかりやすいお話をされた。
(日本代表選手の名前を挙げて説明されたが、改めて私は今の日本の選手のことを知らないなあと認識した。)
柏レイソル監督の発言だと言う次の言葉「最初のチャンスで取れ!」
そうですよね~、とロシア代表の試合を思い浮かべつつ、そしてイラン代表の試合を思い出しつつ、頷くのだった。
(早い時間帯に先制すると行け行けムードでいい試合をするが、ぽっと入れられるとぐだぐだだめだめになり、観客もさっさと帰り始める、諦めよすぎる、近過去のあんな試合こんな試合の追想に入ってしまう。)
この方は「水がない」とおっしゃっていたけれど、上智の図書館には今どき珍しく冷水機があるのだが、水ではだめで欲しかったのは別の飲料なのか・・・。
2 『ヨーロッパ』サッカーの東漸 どこまでが『ヨーロッパ』なのか?
ヤコブソンのことばからお話の端緒を作った大平陽一先生。
チェチェン人富豪がスイスリーグのクラブを買収したニュースは目にしていたが、その後チェチェンでも失脚(政権から見放された、さんざん利用された揚句に)、ザマックスは破産して下部リーグ落ちしていたのは知らないでいた。
そのチェチェンの富豪は案の定テレク・グローズヌィの財源でもあった人なのだった。(結局何をする人なのか?やはりマフィア?)
テレクがチェチェン及びロシアの政策的なクラブであって、つまりチェチェンの人心掌握術の一環として、ずっとプレミアにいさせる(降格させない)だろうことは(ほとんど公然と)囁かれている。
最近ではダゲスタンのアンジも、より大きな規模でそんなところなのか?
あるいはロシアでは確固とした地位を築いているタタールスタンのルビンも?
それともテレクのダークサイドはこれらのクラブとはやはりどこか質的な違いがあるのだろうか?
かの有名なボスマン判決によってEU域内の移動の自由・職業選択の自由は大幅に広げられ、一方でシェンゲン協約で域外からの流入は格段に不便になり閉鎖的になっている。
EU域内と域外、ヨーロッパ中核地域と周辺・辺境の格差拡大(というよりそれまで存在しつつも人々が見てこなかったものなのかもしれない)、辺境から中央への一方的な片思いの現象あれこれ、再活性化するレイシズム(それが最も露わなのが皮肉なことにサッカーという場なのだ)。
大平先生が例示した«差別のマトリョーシカ»的な事象をここに具体的に記すのは控えるが、三菱ダイヤモンドサッカーによって出会った憧れのヨーロッパサッカーのネガティヴな点を浮き上がらせて下さった、としておく。
大平先生はその後のディスカッションなどでは殆ど発言されず、ご意見を伺えなかったのは大変残念だ。
私も、上記に書いたようなテレク・アンジ・ルビンの共通性と差異、あるいはひところ富豪によってのし上がったロシアの地方クラブとこれらロシア内共和国のクラブとの違いについて、日ごろから感じている疑問を大平先生ご指名で投げかけてみればよかったと、今書きながら思った。
会場の雰囲気からすると、やはり辺境は辺境であって、それらについての考察には関心が向けられていなかった、ような気がする。(企画自体は注意がはらわれていたと思うが、聴衆の関心がそちらに向かわなかった。)
3 ダイヤモンドサッカーからスポーツTVへ
コーディネーターでもある市之瀬先生のお話はハンドアウトがあった。ありがたい。
お話の前半は「市之瀬先生のサッカー人生の来し方を語る」だった。
やっぱり三菱ダイヤモンドサッカーだ。
私がいつも観ているロシアの試合と、市之瀬先生のご専門のポルトガル・サッカーは意外と共通点があるのかもしれない。
負けていると最後まであきらめずに応援することなくぞろぞろ帰り始める、とか、普段スタジアムががらがらだとか。
国の代表もリーグもランキングでは同程度だし、ポルトガルも位置的にはヨーロッパの辺境であるし。
(だが、EU域内というのは大きいし、国の規模は違う。小国なのでいい意味でも悪い意味でもやることが目立たない。存在感がない。)
・ポルトガルだけでなくギリシャ・トルコなど独裁制をとっていたところでは、クラブ間の格差が大きい。2ないし4の強豪+その他という構図。優勝候補は限られ、勝負の前から結果がわかってしまう。
・独裁政権下、日曜の午前中礼拝に行き、午後3時からスタジアムでサッカー観戦という行動様式だった。今は娯楽も多様化している。リーグがしぶっていたTV中継(80年代にはチケットが売り切れてから中継するかどうか試合直前に決まるというものだったそうだ)も、今は試合時間を左右するまでになっている。←夜9:00からが標準。これではスタジアム観戦しにくい。
市之瀬先生のご著書をもっと読みたくなった。
ハーフタイム
ところが、である。
上智が他の大学と違う点、それは異常なほど商売っ気がないこと。
パネリストの先生方のご著書の販売は一切ない。
東大のシンポだと東京大学出版会の本がしっかり売られているし(←もともとそれが目的だったりする)、昭和女子大のユーラシアサロンでも所狭しと並んでいる(雑貨まで売っていたりする)。
シンポのスタッフの確保ができないからか煩雑になるからかわからないが、会場でのご著書の販売は無理にしても紹介コーナーはあってほしい。
丸善と提携するのはだめなのだろうか?
会場では展示だけして、「こちらの書籍は2号館地下の丸善上智大学店でお求めください」として、丸善ではそういうコーナーをシンポの前から作ってもらう。
(シンポジウムに行く前から予習ができるではないか。)
図書館の建物が会場なのだから、図書館にも展示コーナーをつくってもらうのもいいかもしれない。
今、入口付近ではキリスト教の行事についての関連本の展示がされている(三木文庫提供)が、できればあんな感じで、だめならもっとシンプルに本を並べるだけでもいい。
1月13日追記:
しかし、考えてみれば、シンポジウムが終わったのは8時近くだし、始まったのだって4時過ぎなのだから、土曜のそんな時間には丸善は営業していないのだった。
だめか。後日、売店に行けるのは上智関係者だけになってしまい、あんまり旨みがないか。
やっぱりその場での販売を考えてください。
4 サッカー観戦の楽しみ
EU駐日代表部職員のリチャード・ケルナーさん。
まず、ロンドンの出身ということで「どのクラブのファンだと思いますか?」と聴衆に質問を投げかける。
アーセナル、チェルシー、トッテナム、フルハム…違う、違うというので、このへんで「プレミアのクラブではないのでは?」という疑念が起こるが、プレミア所属だとおっしゃる。
結局誰も当てられなかったが、正解はスウォンジーシティー。
えー!そりゃ、当てられないでしょ(失礼)。
お母様がそちらのご出身(ウェールズ人)とのこと。
お父様はイングランド人だが、一つのクラブの熱心なファンというわけではなく、偶にウェンブリーに連れて行ってもらったけれど、という程度で、リーグの試合よりカップ戦や代表戦の観戦だったというから、思うに日本人がイメージする«フットボール命のイングランド人»より、ずっとハイクラスのソフィストケイトされた階層の方なのではないか。
とても流暢な日本語で繰り出すイングランドジョーク満載(例:「世界一つまらないスポーツであるクリケット」)のお話は、耳が痛いまでにおもしろかった。
代表には何度も裏切られたので下手に期待はしない(特にPK戦)イングランド(それでもけなげに応援するよね)に対して、妙に楽観的予想をする日本のマスコミ。
外に出て行った選手に対して無関心なイングランド、国外リーグの選手の「活躍」を熱心に報道する日本(「得点したならともかくアシストでも、活躍したと言っている」←いや、アシストならまだしも、「得点の起点となった」とかいうのも日本ではありですよ、ケルナーさん)。
TV放映については、解説するのは殆ど元選手で、ゴールだけではなく、且つ相手のいいプレイも見せるイングランド、戦術論が大好きなくせに元選手よりS○○Pとかアイドルが出てきて解説は全く期待できない、そしてリプレイはゴールシーンばかり、相手のプレイはやらない日本。
もちろん日本の方が自慢できる点もある。
家族で楽しめるスタジアム観戦の雰囲気だとか、女子サッカーも盛り上がっているところとか。
↑
これはロシアなどとの比較でもほんとにそう思う。
ロシア人女性にサッカー観戦が好きだと言うと、ちょっと品がないのではないかみたいな目で見られるので、日本のファンはロシアとは違うんだよ、というのだ。
すっかり「サッカー観戦を楽しむイングランド人」を楽しませていただいた。
(上記のように、典型的イングランド人ではないにしても。)
お勉強事項:ケルナーさんは「ベスト8」のことを「ラストエイト」とおっしゃっていた。そういういい方をするのか。
5 文化としてのサッカー
やはり大学の先生のお話は授業を聞いているようで安心感がある。ハンドアウトもある。
新しい知識を得た新鮮な喜びに浸れる。
お話の内容は主に二つの事項で、一つは古式サッカー、カルチョストリコについて。
もう一つは、快楽原理に基づくサッカーの遊戯性の存在価値について。
このあとのディスカッションで西部さんからも指摘があったが、「サッカーはプレイするもの、原点はやっていて楽しいというものであらまほし。最近は習いに行くものになっているようだが」と、基本・原点に立ち帰り、翻って近年の強引な金権主義、ビジネス化を考えるのに、非常に有益なものだった。
鈴木先生はご病気だったそうなので、くれぐれもご自愛くださいますように。
6 ヨーロッパの島のサッカー(その1)
さて、宇都宮徹壱さんによる、写真を交えてのまたぞろ(っていうとどちらかというと悪いイメージ?いや、そうではなくて純粋に楽しみです)辺境サッカーのお話。
スイッチ一つで照明が切り替わり、カーテンが閉まり、スクリーンがおりて、PC(ではなくてモバイル機器かも)から写真が映し出されて、お話が始まるぞ、と。
そう言えば、これまでのパネリストで会場のOA機器の利用をした人は意外にもいなかったのだ。
「上智はすごいですね」との囁きが聞こえた次の瞬間…
悲報:写真は写らず、窓の調子も悪く、ばたばたいう音が止まらない。
スタッフがいろいろ試みるも、上手くいかないので、市之瀬先生、サッカーよろしく緊急事態に急遽対応を迫られ、ディスカッションを先にすることに。
上智って、ハード面は一見素晴らしいようなのだけれど、難しすぎてなかなかそれを使いこなしていないみたいだ。
授業でも先生が教室にあるOA機器の調子が悪くて(あるいは単純に鍵が間違っていたこともあったが)事務の人を呼んでこないといけないことが何度かありましたよ。
パネリストの先生方を呼び戻しに行っている間に、宇都宮さん、市之瀬先生、先生の教え子らしき聴衆数名との雑談のようなものになってしまったのだが(この場合それは仕方のないことだ)。
話の流れが、「ヨーロッパサッカーと日本」というテーマから大きく外れて、「ブラジルの治安について」になってしまったのは大変残念だった。
そんな話を聞きに来たんじゃないのに、みたいな気持ちになってしまった。
パネル・ディスカッション
急遽順番を入れ替えて始まる。
が、その最中にも、照明がついたり消えたり、カーテン(ロールスクリーン?)が開いたり閉まったりばたばた音をさせる、お化け屋敷状態が続き、落ち着かない雰囲気。
会場からの質問は
「日本代表をさらに強くするためにはどうしたらいいのか」
「Jリーグ空洞化を防ぐにはどうしたらいいのか」
「(ユースは)年齢で細かく分けすぎなのではないか、カテゴリーを外した方が強化できるのではないか」
という、参考にして、日本のサッカーを強くするために、«憧れのヨーロッパ»を比較参考するという視点からのものが多かった。
そのせいか、大平先生や鈴木先生などは殆ど発言されなかった。
ジャーナリストのお二人は質問の趣旨をすぐ理解し、適確に回答されていたので、さすがだ。
でもジャーナリストの方のご意見は別の場でもお聞きする機会がありそうに思うので、あまりそういう場を持たない大学の先生方に積極的に発言していただきたかった。
6 ヨーロッパの島のサッカー(その2)
さて、ようやく準備が整い、島のサッカーの写真が映し出される。
島のサッカー、まずカッリャッリ、マジョルカ、そしてマディーラ出身のスター、あの人の少年時代の写真。
宇都宮さんのレポートは
*フェロー諸島
*アイスランド
*マルタ
*シチリア
だが、ほんとうに駆け足になってしまったので、これは是非ご著書を拝読したい。
キプロスのことも知りたいし。
フェロー諸島、忘れもしない。
今日は勝てるだろう、と無理して夜更かしして、観たんですよ。
U21ヨーロッパ選手権予選のフェロー対ロシア戦。
ロシアはほぼベストメンバー。
なんとザゴエフまでいた(ザーガがU21の試合に出たのは確かこれきりだ)。
それが負けてしまったという。
すごい悪天候(寒くて風が強烈)でやりにくかったらしい。
なので、以来フェロー諸島には一目も二目も置いている。
日本の島のサッカーはまだまだこれからのようだ。
ロシアの島のサッカーは…サハリン?ノーヴァヤゼムリャ??
盛況且つ活況であったので、是非第二弾・第三弾をお願いします、市之瀬先生、村田先生!!
上智大学は時々シンポジウムで思いのほか太っ腹なところを見せるのだけれど、本日のシンポジウムも「入場無料・申し込み不要」でこれだけの大人物を揃えたものができるのだから、ファンタスチーチナである。
まずご挨拶からして、上智大学ヨーロッパ研究所所長の村田真一先生である。
主催した研究所の所長なんだから挨拶なさるのは当然ではあるけれど、いつも演劇、あるいは文学のことをお話しされるので、こんな場にいらっしゃるのが何だか不思議な雰囲気。
でも、いきなりマラト・イズマイロフ(低迷するスポルティングを見限ったか?ポルトに移籍したばかり)やカペッロさんのことなんか持ち出される。
何だかわくわくする幕開け、ではなくてキックオフだ。
コーディネーターの市之瀬先生は盛況ぶりに驚いている。
あ、でもウラジーミルさんのときもこんなものだったし。
(客層はちょっと違うが。)
上智の図書館に友人が働いていた頃は、シンポジウムの情報をすぐ送ってくれていて助かった。
場所は図書館ではないけれど、ハルピン学院顕彰基金上智大学ロシア研究シンポジウムというものもあった。
兵頭先生、今プーチンさんのことをどう思っていらっしゃるんだろう。
1 ヨーロッパと日本のサッカー観の相違
私はサッカージャーナリズムのことは疎いので(TVは観ないし、雑誌も読まない)、申し訳ないことに最初のパネリストの方(サッカージャーナリスト)のことはまるで存じ上げなかった。どこかでお名前くらい聞いていてもよいように思うのだけれど。
オーソドックスでわかりやすいお話をされた。
(日本代表選手の名前を挙げて説明されたが、改めて私は今の日本の選手のことを知らないなあと認識した。)
柏レイソル監督の発言だと言う次の言葉「最初のチャンスで取れ!」
そうですよね~、とロシア代表の試合を思い浮かべつつ、そしてイラン代表の試合を思い出しつつ、頷くのだった。
(早い時間帯に先制すると行け行けムードでいい試合をするが、ぽっと入れられるとぐだぐだだめだめになり、観客もさっさと帰り始める、諦めよすぎる、近過去のあんな試合こんな試合の追想に入ってしまう。)
この方は「水がない」とおっしゃっていたけれど、上智の図書館には今どき珍しく冷水機があるのだが、水ではだめで欲しかったのは別の飲料なのか・・・。
2 『ヨーロッパ』サッカーの東漸 どこまでが『ヨーロッパ』なのか?
ヤコブソンのことばからお話の端緒を作った大平陽一先生。
チェチェン人富豪がスイスリーグのクラブを買収したニュースは目にしていたが、その後チェチェンでも失脚(政権から見放された、さんざん利用された揚句に)、ザマックスは破産して下部リーグ落ちしていたのは知らないでいた。
そのチェチェンの富豪は案の定テレク・グローズヌィの財源でもあった人なのだった。(結局何をする人なのか?やはりマフィア?)
テレクがチェチェン及びロシアの政策的なクラブであって、つまりチェチェンの人心掌握術の一環として、ずっとプレミアにいさせる(降格させない)だろうことは(ほとんど公然と)囁かれている。
最近ではダゲスタンのアンジも、より大きな規模でそんなところなのか?
あるいはロシアでは確固とした地位を築いているタタールスタンのルビンも?
それともテレクのダークサイドはこれらのクラブとはやはりどこか質的な違いがあるのだろうか?
かの有名なボスマン判決によってEU域内の移動の自由・職業選択の自由は大幅に広げられ、一方でシェンゲン協約で域外からの流入は格段に不便になり閉鎖的になっている。
EU域内と域外、ヨーロッパ中核地域と周辺・辺境の格差拡大(というよりそれまで存在しつつも人々が見てこなかったものなのかもしれない)、辺境から中央への一方的な片思いの現象あれこれ、再活性化するレイシズム(それが最も露わなのが皮肉なことにサッカーという場なのだ)。
大平先生が例示した«差別のマトリョーシカ»的な事象をここに具体的に記すのは控えるが、三菱ダイヤモンドサッカーによって出会った憧れのヨーロッパサッカーのネガティヴな点を浮き上がらせて下さった、としておく。
大平先生はその後のディスカッションなどでは殆ど発言されず、ご意見を伺えなかったのは大変残念だ。
私も、上記に書いたようなテレク・アンジ・ルビンの共通性と差異、あるいはひところ富豪によってのし上がったロシアの地方クラブとこれらロシア内共和国のクラブとの違いについて、日ごろから感じている疑問を大平先生ご指名で投げかけてみればよかったと、今書きながら思った。
会場の雰囲気からすると、やはり辺境は辺境であって、それらについての考察には関心が向けられていなかった、ような気がする。(企画自体は注意がはらわれていたと思うが、聴衆の関心がそちらに向かわなかった。)
3 ダイヤモンドサッカーからスポーツTVへ
コーディネーターでもある市之瀬先生のお話はハンドアウトがあった。ありがたい。
お話の前半は「市之瀬先生のサッカー人生の来し方を語る」だった。
やっぱり三菱ダイヤモンドサッカーだ。
私がいつも観ているロシアの試合と、市之瀬先生のご専門のポルトガル・サッカーは意外と共通点があるのかもしれない。
負けていると最後まであきらめずに応援することなくぞろぞろ帰り始める、とか、普段スタジアムががらがらだとか。
国の代表もリーグもランキングでは同程度だし、ポルトガルも位置的にはヨーロッパの辺境であるし。
(だが、EU域内というのは大きいし、国の規模は違う。小国なのでいい意味でも悪い意味でもやることが目立たない。存在感がない。)
・ポルトガルだけでなくギリシャ・トルコなど独裁制をとっていたところでは、クラブ間の格差が大きい。2ないし4の強豪+その他という構図。優勝候補は限られ、勝負の前から結果がわかってしまう。
・独裁政権下、日曜の午前中礼拝に行き、午後3時からスタジアムでサッカー観戦という行動様式だった。今は娯楽も多様化している。リーグがしぶっていたTV中継(80年代にはチケットが売り切れてから中継するかどうか試合直前に決まるというものだったそうだ)も、今は試合時間を左右するまでになっている。←夜9:00からが標準。これではスタジアム観戦しにくい。
市之瀬先生のご著書をもっと読みたくなった。
ハーフタイム
ところが、である。
上智が他の大学と違う点、それは異常なほど商売っ気がないこと。
パネリストの先生方のご著書の販売は一切ない。
東大のシンポだと東京大学出版会の本がしっかり売られているし(←もともとそれが目的だったりする)、昭和女子大のユーラシアサロンでも所狭しと並んでいる(雑貨まで売っていたりする)。
シンポのスタッフの確保ができないからか煩雑になるからかわからないが、会場でのご著書の販売は無理にしても紹介コーナーはあってほしい。
丸善と提携するのはだめなのだろうか?
会場では展示だけして、「こちらの書籍は2号館地下の丸善上智大学店でお求めください」として、丸善ではそういうコーナーをシンポの前から作ってもらう。
(シンポジウムに行く前から予習ができるではないか。)
図書館の建物が会場なのだから、図書館にも展示コーナーをつくってもらうのもいいかもしれない。
今、入口付近ではキリスト教の行事についての関連本の展示がされている(三木文庫提供)が、できればあんな感じで、だめならもっとシンプルに本を並べるだけでもいい。
1月13日追記:
しかし、考えてみれば、シンポジウムが終わったのは8時近くだし、始まったのだって4時過ぎなのだから、土曜のそんな時間には丸善は営業していないのだった。
だめか。後日、売店に行けるのは上智関係者だけになってしまい、あんまり旨みがないか。
やっぱりその場での販売を考えてください。
4 サッカー観戦の楽しみ
EU駐日代表部職員のリチャード・ケルナーさん。
まず、ロンドンの出身ということで「どのクラブのファンだと思いますか?」と聴衆に質問を投げかける。
アーセナル、チェルシー、トッテナム、フルハム…違う、違うというので、このへんで「プレミアのクラブではないのでは?」という疑念が起こるが、プレミア所属だとおっしゃる。
結局誰も当てられなかったが、正解はスウォンジーシティー。
えー!そりゃ、当てられないでしょ(失礼)。
お母様がそちらのご出身(ウェールズ人)とのこと。
お父様はイングランド人だが、一つのクラブの熱心なファンというわけではなく、偶にウェンブリーに連れて行ってもらったけれど、という程度で、リーグの試合よりカップ戦や代表戦の観戦だったというから、思うに日本人がイメージする«フットボール命のイングランド人»より、ずっとハイクラスのソフィストケイトされた階層の方なのではないか。
とても流暢な日本語で繰り出すイングランドジョーク満載(例:「世界一つまらないスポーツであるクリケット」)のお話は、耳が痛いまでにおもしろかった。
代表には何度も裏切られたので下手に期待はしない(特にPK戦)イングランド(それでもけなげに応援するよね)に対して、妙に楽観的予想をする日本のマスコミ。
外に出て行った選手に対して無関心なイングランド、国外リーグの選手の「活躍」を熱心に報道する日本(「得点したならともかくアシストでも、活躍したと言っている」←いや、アシストならまだしも、「得点の起点となった」とかいうのも日本ではありですよ、ケルナーさん)。
TV放映については、解説するのは殆ど元選手で、ゴールだけではなく、且つ相手のいいプレイも見せるイングランド、戦術論が大好きなくせに元選手よりS○○Pとかアイドルが出てきて解説は全く期待できない、そしてリプレイはゴールシーンばかり、相手のプレイはやらない日本。
もちろん日本の方が自慢できる点もある。
家族で楽しめるスタジアム観戦の雰囲気だとか、女子サッカーも盛り上がっているところとか。
↑
これはロシアなどとの比較でもほんとにそう思う。
ロシア人女性にサッカー観戦が好きだと言うと、ちょっと品がないのではないかみたいな目で見られるので、日本のファンはロシアとは違うんだよ、というのだ。
すっかり「サッカー観戦を楽しむイングランド人」を楽しませていただいた。
(上記のように、典型的イングランド人ではないにしても。)
お勉強事項:ケルナーさんは「ベスト8」のことを「ラストエイト」とおっしゃっていた。そういういい方をするのか。
5 文化としてのサッカー
やはり大学の先生のお話は授業を聞いているようで安心感がある。ハンドアウトもある。
新しい知識を得た新鮮な喜びに浸れる。
お話の内容は主に二つの事項で、一つは古式サッカー、カルチョストリコについて。
もう一つは、快楽原理に基づくサッカーの遊戯性の存在価値について。
このあとのディスカッションで西部さんからも指摘があったが、「サッカーはプレイするもの、原点はやっていて楽しいというものであらまほし。最近は習いに行くものになっているようだが」と、基本・原点に立ち帰り、翻って近年の強引な金権主義、ビジネス化を考えるのに、非常に有益なものだった。
鈴木先生はご病気だったそうなので、くれぐれもご自愛くださいますように。
6 ヨーロッパの島のサッカー(その1)
さて、宇都宮徹壱さんによる、写真を交えてのまたぞろ(っていうとどちらかというと悪いイメージ?いや、そうではなくて純粋に楽しみです)辺境サッカーのお話。
スイッチ一つで照明が切り替わり、カーテンが閉まり、スクリーンがおりて、PC(ではなくてモバイル機器かも)から写真が映し出されて、お話が始まるぞ、と。
そう言えば、これまでのパネリストで会場のOA機器の利用をした人は意外にもいなかったのだ。
「上智はすごいですね」との囁きが聞こえた次の瞬間…
悲報:写真は写らず、窓の調子も悪く、ばたばたいう音が止まらない。
スタッフがいろいろ試みるも、上手くいかないので、市之瀬先生、サッカーよろしく緊急事態に急遽対応を迫られ、ディスカッションを先にすることに。
上智って、ハード面は一見素晴らしいようなのだけれど、難しすぎてなかなかそれを使いこなしていないみたいだ。
授業でも先生が教室にあるOA機器の調子が悪くて(あるいは単純に鍵が間違っていたこともあったが)事務の人を呼んでこないといけないことが何度かありましたよ。
パネリストの先生方を呼び戻しに行っている間に、宇都宮さん、市之瀬先生、先生の教え子らしき聴衆数名との雑談のようなものになってしまったのだが(この場合それは仕方のないことだ)。
話の流れが、「ヨーロッパサッカーと日本」というテーマから大きく外れて、「ブラジルの治安について」になってしまったのは大変残念だった。
そんな話を聞きに来たんじゃないのに、みたいな気持ちになってしまった。
パネル・ディスカッション
急遽順番を入れ替えて始まる。
が、その最中にも、照明がついたり消えたり、カーテン(ロールスクリーン?)が開いたり閉まったりばたばた音をさせる、お化け屋敷状態が続き、落ち着かない雰囲気。
会場からの質問は
「日本代表をさらに強くするためにはどうしたらいいのか」
「Jリーグ空洞化を防ぐにはどうしたらいいのか」
「(ユースは)年齢で細かく分けすぎなのではないか、カテゴリーを外した方が強化できるのではないか」
という、参考にして、日本のサッカーを強くするために、«憧れのヨーロッパ»を比較参考するという視点からのものが多かった。
そのせいか、大平先生や鈴木先生などは殆ど発言されなかった。
ジャーナリストのお二人は質問の趣旨をすぐ理解し、適確に回答されていたので、さすがだ。
でもジャーナリストの方のご意見は別の場でもお聞きする機会がありそうに思うので、あまりそういう場を持たない大学の先生方に積極的に発言していただきたかった。
6 ヨーロッパの島のサッカー(その2)
さて、ようやく準備が整い、島のサッカーの写真が映し出される。
島のサッカー、まずカッリャッリ、マジョルカ、そしてマディーラ出身のスター、あの人の少年時代の写真。
宇都宮さんのレポートは
*フェロー諸島
*アイスランド
*マルタ
*シチリア
だが、ほんとうに駆け足になってしまったので、これは是非ご著書を拝読したい。
キプロスのことも知りたいし。
フェロー諸島、忘れもしない。
今日は勝てるだろう、と無理して夜更かしして、観たんですよ。
U21ヨーロッパ選手権予選のフェロー対ロシア戦。
ロシアはほぼベストメンバー。
なんとザゴエフまでいた(ザーガがU21の試合に出たのは確かこれきりだ)。
それが負けてしまったという。
すごい悪天候(寒くて風が強烈)でやりにくかったらしい。
なので、以来フェロー諸島には一目も二目も置いている。
日本の島のサッカーはまだまだこれからのようだ。
ロシアの島のサッカーは…サハリン?ノーヴァヤゼムリャ??
盛況且つ活況であったので、是非第二弾・第三弾をお願いします、市之瀬先生、村田先生!!
2012年9月30日日曜日
パスポート
ディナモ、勝った~!
ココラ、おめでとう。
ベレゾフスキーさんもよく頑張った。
一方、ザーガは相変わらずドゥラークだ。
全く、学ばないんだから。
いい加減自覚を持たないと。
きっとカフカース・ヒステリーとかなんとか悪口を言われるだろう。
ああいう行為を懲りずにやってしまうザーガだが、なぜか代表戦ではやらないのが救いだ。
(代表戦でやってしまうのはケルアルだったりする。)
例えば移籍して別のクラブになったらああではなくなるのだろうか?謎。
ツェスカ・モスクワ対ディナモ・モスクワ
試合を見ながらだったので、昨日の早稲田へのお出掛けについては書けず、會津八一記念博物館で開催中のブブノワ展のことをオデッサ・コスモスに書いただけだ。
満州のロシア人については、ちょうど成文社の本も読んでいたところなので、とっかかりとしてはおもしろかったが、昨日の桑野塾でのレポートは、まだまだ未調査の部分が多くてこれからがお楽しみといったところだった。
同点になったと思ったらすぐ引き離されたヴォルガ、ああ。
ビビロフがカリャカと交代したので、二人を同時に観ることはできなかった。
試合が始まって早々にアンジのポマザンが引っ込んでガブロフが出てきているのだが(ガブロフはロシア代表で、ポマザンは第二代表なのだが、アンジではポマザンを先発させていたのだ)、怪我の塩梅は心配だ。
はい、結局スコアは2-1のままで負けてしまいました。
アンジがツェスカを抜いて首位に。
アンジ・マハチカラ対ヴォルガ・ニージニー=ノヴゴロド
ココラ、おめでとう。
ベレゾフスキーさんもよく頑張った。
一方、ザーガは相変わらずドゥラークだ。
全く、学ばないんだから。
いい加減自覚を持たないと。
きっとカフカース・ヒステリーとかなんとか悪口を言われるだろう。
ああいう行為を懲りずにやってしまうザーガだが、なぜか代表戦ではやらないのが救いだ。
(代表戦でやってしまうのはケルアルだったりする。)
例えば移籍して別のクラブになったらああではなくなるのだろうか?謎。
ツェスカ・モスクワ対ディナモ・モスクワ
試合を見ながらだったので、昨日の早稲田へのお出掛けについては書けず、會津八一記念博物館で開催中のブブノワ展のことをオデッサ・コスモスに書いただけだ。
満州のロシア人については、ちょうど成文社の本も読んでいたところなので、とっかかりとしてはおもしろかったが、昨日の桑野塾でのレポートは、まだまだ未調査の部分が多くてこれからがお楽しみといったところだった。
同点になったと思ったらすぐ引き離されたヴォルガ、ああ。
ビビロフがカリャカと交代したので、二人を同時に観ることはできなかった。
試合が始まって早々にアンジのポマザンが引っ込んでガブロフが出てきているのだが(ガブロフはロシア代表で、ポマザンは第二代表なのだが、アンジではポマザンを先発させていたのだ)、怪我の塩梅は心配だ。
はい、結局スコアは2-1のままで負けてしまいました。
アンジがツェスカを抜いて首位に。
アンジ・マハチカラ対ヴォルガ・ニージニー=ノヴゴロド
2012年7月16日月曜日
夢の跡地
東京大学出版会発行のシリーズ『ユーラシア世界』刊行記念シンポジウムに行ってきた。
第Ⅰ部はおもしろかった。
まず前田弘毅先生の「ツァーリとシャーに仕えたアルメニア人―<言葉の箱>と呼ばれた一足の活動から」
グルジア貴族、あるいはサファヴィー朝イランで活躍したエニコロピアン一族の話だ。
グルジア風にはエナコロパシュヴィリ、ロシア風にはエニコロポフ。
イランに渡った人たちは改宗していたりもするが、グルジア内では「アルメニア正教会信徒・グルジア貴族」というアイデンティティを保っていたという。
ペルシャ語・グルジア語・アルメニア語・ロシア語・トルコ語等に通じ、通訳・外交官として、あるいは軍人・政治家として活躍した一族。
ウィーンで分家の子孫に会って、系図が繋がったという話には一種感動を覚えた。
加藤有子先生のガリツィア文学界とブルーノ・シュルツの話。
ガリツィアといっても、ほぼ話はスタニスワフ・レムの故郷リヴォフ/リヴィウ/ルヴフ/レンベルク/レンベルグのことである。
普段、ウクライナプレミアリーグを念頭に置いていると、カルパティ・リヴォフは西の端っこというイメージしかなかったが、「20世紀初頭ヨーロッパ文化地図」によれば、逆にリヴィウ/ルヴフは東端なのだった。
さて、そしてブルーノ・シュルツの壁画事件だが、ヤド・ヴァシェム(ホロコースト記念館)が生地であり元々あったところであり修復作業に着手していた場所であるドロホビチ(現ウクライナ)から壁画を引き剥がして、彼らの主張によれば「最もあるのば相応しい場所」たるホロコースト記念館に持ち去ったとのこと。ヤド・ヴァシェムは杉原千畝を表彰したところだが、こんな自己正当化には呆れかえる。
最も楽しみにしていた池田嘉郎先生の「ロンム『十月のレーニン』とスターリン時代の革命映画」
はい、理屈はさておき、「生き生きとしたボリシェヴィキの姿」を楽しむことができました。
ただ、権力者による押しつけでなく芸術家たちの主体的な模索の成果としての革命映画と言う点はあまり説明されていなかった(だから本を読みましょうということか)。
基調報告は亀山郁夫先生だったが、フレーブニコフの詩の朗読を「アクセントを間違えるといけないから、会場のロシア人にやっていただきましょう」と、某ロシア人女性に朗読してもらった。
さすがはロシア人というべきか、こんなシンポジウムに出席するロシア人だからというべきか、朗読はたいへん素晴らしく、皆で拍手した。
が、亀山先生はすぐ別の話題に移られた。
彼女に対して亀山先生の「スパシーバ」とか「ありがとうございました」とかお礼の言葉が一言もないことに驚いた。
もしかしたら彼女は亀山先生の教え子か何かで、あそこで朗読することは予め決まっていたのかもしれないが、すてきな朗読の後、感謝の意が全く示されなかったことに、私はとても恥ずかしいことだと感じ、ショックを受けた。
パネルディスカッションはやや散漫な印象で、会場の質問もそれまでの流れとややずれたところに関心のある方たちのものが多かった。
(全然関係ないことを聞く人までいた。)
しかしまあ、無料のシンポジウムなのだから贅沢は言えない。
今は先に読む本がいろいろあり(しかもそれぞれ分厚い難物だ)、なかなか『ユーラシア世界』にとりかかれそうにないが、今日できあがったという2巻のディアスポラものも目次に目を通すだけでわくわくした。
旧ソ連領内のドイツ人の項もあって、ふとアレクサンドル・メルケルやコンスタンチン・ラウシュを念頭に置いて立ち読みしたが、無論彼らのことが例示されているわけではなく、とある犯罪報道がネタになっていた。
第Ⅰ部はおもしろかった。
まず前田弘毅先生の「ツァーリとシャーに仕えたアルメニア人―<言葉の箱>と呼ばれた一足の活動から」
グルジア貴族、あるいはサファヴィー朝イランで活躍したエニコロピアン一族の話だ。
グルジア風にはエナコロパシュヴィリ、ロシア風にはエニコロポフ。
イランに渡った人たちは改宗していたりもするが、グルジア内では「アルメニア正教会信徒・グルジア貴族」というアイデンティティを保っていたという。
ペルシャ語・グルジア語・アルメニア語・ロシア語・トルコ語等に通じ、通訳・外交官として、あるいは軍人・政治家として活躍した一族。
ウィーンで分家の子孫に会って、系図が繋がったという話には一種感動を覚えた。
加藤有子先生のガリツィア文学界とブルーノ・シュルツの話。
ガリツィアといっても、ほぼ話はスタニスワフ・レムの故郷リヴォフ/リヴィウ/ルヴフ/レンベルク/レンベルグのことである。
普段、ウクライナプレミアリーグを念頭に置いていると、カルパティ・リヴォフは西の端っこというイメージしかなかったが、「20世紀初頭ヨーロッパ文化地図」によれば、逆にリヴィウ/ルヴフは東端なのだった。
さて、そしてブルーノ・シュルツの壁画事件だが、ヤド・ヴァシェム(ホロコースト記念館)が生地であり元々あったところであり修復作業に着手していた場所であるドロホビチ(現ウクライナ)から壁画を引き剥がして、彼らの主張によれば「最もあるのば相応しい場所」たるホロコースト記念館に持ち去ったとのこと。ヤド・ヴァシェムは杉原千畝を表彰したところだが、こんな自己正当化には呆れかえる。
最も楽しみにしていた池田嘉郎先生の「ロンム『十月のレーニン』とスターリン時代の革命映画」
はい、理屈はさておき、「生き生きとしたボリシェヴィキの姿」を楽しむことができました。
ただ、権力者による押しつけでなく芸術家たちの主体的な模索の成果としての革命映画と言う点はあまり説明されていなかった(だから本を読みましょうということか)。
基調報告は亀山郁夫先生だったが、フレーブニコフの詩の朗読を「アクセントを間違えるといけないから、会場のロシア人にやっていただきましょう」と、某ロシア人女性に朗読してもらった。
さすがはロシア人というべきか、こんなシンポジウムに出席するロシア人だからというべきか、朗読はたいへん素晴らしく、皆で拍手した。
が、亀山先生はすぐ別の話題に移られた。
彼女に対して亀山先生の「スパシーバ」とか「ありがとうございました」とかお礼の言葉が一言もないことに驚いた。
もしかしたら彼女は亀山先生の教え子か何かで、あそこで朗読することは予め決まっていたのかもしれないが、すてきな朗読の後、感謝の意が全く示されなかったことに、私はとても恥ずかしいことだと感じ、ショックを受けた。
パネルディスカッションはやや散漫な印象で、会場の質問もそれまでの流れとややずれたところに関心のある方たちのものが多かった。
(全然関係ないことを聞く人までいた。)
しかしまあ、無料のシンポジウムなのだから贅沢は言えない。
今は先に読む本がいろいろあり(しかもそれぞれ分厚い難物だ)、なかなか『ユーラシア世界』にとりかかれそうにないが、今日できあがったという2巻のディアスポラものも目次に目を通すだけでわくわくした。
旧ソ連領内のドイツ人の項もあって、ふとアレクサンドル・メルケルやコンスタンチン・ラウシュを念頭に置いて立ち読みしたが、無論彼らのことが例示されているわけではなく、とある犯罪報道がネタになっていた。
2012年6月23日土曜日
蝋燭を供える
ドイツの試合を観る(4-2で勝利した、しかもスラーヴァ・クローゼが得点した)。
講演会「宣教師ニコライの地方巡回」に行く。
ニコライ堂に感謝の祈りを捧げに行く。
神保町のカフェで友人と歓談する。
映画サークルに参加する。
という一日だった。
蝋燭を供えたのだが、本来16:00には締めることになっているとのことで、灯した灯はすぐに消されてしまった。
それでも祈った。
友人たちは映画サークルへは行かなかった。
前回もそうだったのだが。
(諸般の事情により、というところだ。)
短いながら、貴重な情報を教えていただいた。
一つは「チェブラーシカとロシア・アニメーションの作家たち」展のこと。
7/29まで滋賀県立近代美術館で催されている。
このあとは三菱地所アルティアム(福岡・8/4-9/17)、兵庫県立円山川公苑美術館など2013年まで国内各地巡回予定(ラジオロシア語講座テキストによる)とあるけれど、西日本ばかりではないか!
東京近辺に来る予定はないのだろうか?
ノルシュテイン展をやった神奈川県立近代美術館(葉山)あたりか?
と、私は考えていたのだけれど、東京では八王子市夢美術館でやるとのことだ。
たぶん行ったことはない。
他の会場より小さいそうで、展示方法はかなり工夫する必要がありそう、という話だ。
2012年の巡回予定が西日本ばかり、というのは、言わずもがな東日本大震災とその後の原発事故(←むしろこちらの方が深刻視されている)の影響なのだ。
地震なんて日本にいればいつどこであるかわからないし、原発は関西圏でまず再開されてしまうのだが…。
東京近辺には来年まで来ないこと、展覧会の規模が縮小されてしまうかもしれないことを考えると、関西に行くことがあるなら(例えば明石での映画大学)、今のうちに行ってしまうのがいいのかもしれない。
講演会「宣教師ニコライの地方巡回」に行く。
ニコライ堂に感謝の祈りを捧げに行く。
神保町のカフェで友人と歓談する。
映画サークルに参加する。
という一日だった。
蝋燭を供えたのだが、本来16:00には締めることになっているとのことで、灯した灯はすぐに消されてしまった。
それでも祈った。
友人たちは映画サークルへは行かなかった。
前回もそうだったのだが。
(諸般の事情により、というところだ。)
短いながら、貴重な情報を教えていただいた。
一つは「チェブラーシカとロシア・アニメーションの作家たち」展のこと。
7/29まで滋賀県立近代美術館で催されている。
このあとは三菱地所アルティアム(福岡・8/4-9/17)、兵庫県立円山川公苑美術館など2013年まで国内各地巡回予定(ラジオロシア語講座テキストによる)とあるけれど、西日本ばかりではないか!
東京近辺に来る予定はないのだろうか?
ノルシュテイン展をやった神奈川県立近代美術館(葉山)あたりか?
と、私は考えていたのだけれど、東京では八王子市夢美術館でやるとのことだ。
たぶん行ったことはない。
他の会場より小さいそうで、展示方法はかなり工夫する必要がありそう、という話だ。
2012年の巡回予定が西日本ばかり、というのは、言わずもがな東日本大震災とその後の原発事故(←むしろこちらの方が深刻視されている)の影響なのだ。
地震なんて日本にいればいつどこであるかわからないし、原発は関西圏でまず再開されてしまうのだが…。
東京近辺には来年まで来ないこと、展覧会の規模が縮小されてしまうかもしれないことを考えると、関西に行くことがあるなら(例えば明石での映画大学)、今のうちに行ってしまうのがいいのかもしれない。
2012年5月12日土曜日
2枚も吸取紙がついている!
前々から楽しみにしていた講演会「令嬢たちのロシア革命 自立も恋も革命も」をロシア語学院に聴きに行く。
驚くほどの盛況であった。
斎藤治子先生のお話の中に、黒田龍之助先生のお母様であるせなけいこさんのお名前が出てきて、おおっと反応してしまった。
質疑応答の最初の質問に対する応答で、「ティルコーワが非常に多忙であったのに(特に劇評を書くのには深夜までかかってしまう)、子どもとのふれあいを大切にしていて、読み聞かせをしていたり、他の二人の子持ちの令嬢(コロンターイとアルマンド)も同様に子どもに惜しみなく愛情を注いでいた。自分の家庭では、せなさんの絵本で«9時になった。寝る時間だ»という場面の時計の絵を夫が手を加えて8時に改変し、8時に寝かせて夜に仕事の時間をつくることができ、助かっていたのだが・・・。」という切実だが笑えるエピソードとして。
(具体的な絵本の名前は聞きそびれた。有名な『ねないこだれだ』かな?)
ロシア語学院で催される講演会や映画会は2時からのことが多かったけれど、今回は1時から。
それで時間的に余裕があり、休憩時間はたっぷり30分もあった。
恒例とも言ってよいのだが、後ろにはお茶とお菓子のコーナーが設けられ、セルフでお茶・クッキー・チョコレートをいただくことができたのだが、
ヤー・ダスターラ!
驚くほどの盛況であった。
斎藤治子先生のお話の中に、黒田龍之助先生のお母様であるせなけいこさんのお名前が出てきて、おおっと反応してしまった。
質疑応答の最初の質問に対する応答で、「ティルコーワが非常に多忙であったのに(特に劇評を書くのには深夜までかかってしまう)、子どもとのふれあいを大切にしていて、読み聞かせをしていたり、他の二人の子持ちの令嬢(コロンターイとアルマンド)も同様に子どもに惜しみなく愛情を注いでいた。自分の家庭では、せなさんの絵本で«9時になった。寝る時間だ»という場面の時計の絵を夫が手を加えて8時に改変し、8時に寝かせて夜に仕事の時間をつくることができ、助かっていたのだが・・・。」という切実だが笑えるエピソードとして。
(具体的な絵本の名前は聞きそびれた。有名な『ねないこだれだ』かな?)
ロシア語学院で催される講演会や映画会は2時からのことが多かったけれど、今回は1時から。
それで時間的に余裕があり、休憩時間はたっぷり30分もあった。
恒例とも言ってよいのだが、後ろにはお茶とお菓子のコーナーが設けられ、セルフでお茶・クッキー・チョコレートをいただくことができたのだが、
1階の窓口で販売していたウクライナのチョコレート。
ロシアのチョコレートと特に変わらない。砂糖っぽい甘さ濃厚。
私が確保した分。
しかし、友人と歓談している間に、チョコはやんわりと危ない状態になった。
夏季には充分ご注意。
盛況だったせいで、上のお菓子の山はあっという間に消え去り、帰り道にご一緒した女性のお話だと、ユーラシア協会の入会手続きをしていたら、もう時遅し。ありつけなかったそうだ。
まあ、そんなことはともかく。
この書籍自体は、昨年発行されてすぐに読み、とてもおもしろいとこのブログにも書いた。
この本の巻末にも地図が載っているが、ペテルブルグで一日二日ゆっくり過ごすことができたら、彼女たちが革命と恋に生きた記念碑としての数々の場所を訪ねてみたいものである。
この本を携えて。
さて、今日はこの本のことに加えて、さらに大きな収穫があった。
本の販売があったのだ。
大好きなイスカンデールだ。
『牛山羊の星座』だ。
これがなんと900円!
2012年3月7日水曜日
マトリョーシカを折ってみた
お茶の水の折り紙会館で、フィリューザ・アクメドワ先生の折り紙講座「マトリョーシカを折ろう!」に参加しました。
Очень трудно!!!
最初の作品
教室では先生のお手本を見ながら、そして助手の方の手を借りながら、30~40分かけて折りました。
(ピンク)
二番目の作品
もう一度先生のお手本を見ながら、何とか独力で10分くらいで折りました。
(紫)
でも、家に帰ってから再現できるだろうか?
三番目の作品
この後、映画を観に行ったのだけれど、その待ち時間に復習。
(黄色)
4番目の作品
家に帰ってから復習。
(ハーモニーの千代紙、オレンジ)
一応、入れ子になっているのです。
最初のは殆ど顔が出ていない。
なんというか…マトリョーシカと言うより、ヒジャブの女性のようですが。
5,6,7番目の作品
猛特訓。
(柄物の折り紙)
月刊「おりがみ」に載っているような、折り図があればいいのですが、ないものですから、必死です。
過程を写真に撮り、3回目以降はそれを見ながら折るのですが、最難関個所は動画で撮っておくべきだったかもしれません。
最初に横と縦に二分割を繰り返し、十六等分の線をつけます。
(重要なのは横についてはセンターとその両脇の十六等分の筋、縦は上四分の一の部分の十六等分のラインです。)
説明を端折りますが、それでこういう形を作ります。
さて、ここからが難関です!
中央を押さえつつ、上の部分を裏からそうっと表に返して開きます。
(動画がないと説明が難しい。)
ここから、顔の部分をほんとは小顔にしたかったのですが、上手くいきません。
後は内側に折っていき、センターを超えた部分は中に折り込みます。
下も同じです。内側に折って、センターを超える部分は中に折り込みます。
Очень трудно!!!
最初の作品
教室では先生のお手本を見ながら、そして助手の方の手を借りながら、30~40分かけて折りました。
(ピンク)
二番目の作品
もう一度先生のお手本を見ながら、何とか独力で10分くらいで折りました。
(紫)
でも、家に帰ってから再現できるだろうか?
三番目の作品
この後、映画を観に行ったのだけれど、その待ち時間に復習。
(黄色)
4番目の作品
家に帰ってから復習。
(ハーモニーの千代紙、オレンジ)
一応、入れ子になっているのです。
最初のは殆ど顔が出ていない。
なんというか…マトリョーシカと言うより、ヒジャブの女性のようですが。
5,6,7番目の作品
猛特訓。
(柄物の折り紙)
月刊「おりがみ」に載っているような、折り図があればいいのですが、ないものですから、必死です。
過程を写真に撮り、3回目以降はそれを見ながら折るのですが、最難関個所は動画で撮っておくべきだったかもしれません。
最初に横と縦に二分割を繰り返し、十六等分の線をつけます。
(重要なのは横についてはセンターとその両脇の十六等分の筋、縦は上四分の一の部分の十六等分のラインです。)
説明を端折りますが、それでこういう形を作ります。
↑
裏はこんなです。
↑
内側に折るとこんなです。
もう片方も同じように内側に折ります。
さて、ここからが難関です!
中央を押さえつつ、上の部分を裏からそうっと表に返して開きます。
(動画がないと説明が難しい。)
ここから、顔の部分をほんとは小顔にしたかったのですが、上手くいきません。
後は内側に折っていき、センターを超えた部分は中に折り込みます。
下も同じです。内側に折って、センターを超える部分は中に折り込みます。
出来上がり!
↓
これは顔が出ていなくて、アフガニスタン女性のようだ。
色も派手だし。
(イラン女性は顔は出しているけど、ヒジャブの色は地味。)
やれやれ。
さて、フィリューザ先生の他の作品については、別項にて。
2012年3月3日土曜日
科学のプリンセス
久しぶりにユーラシアサロンに参加したのでした。
お題は『コワレフスカヤ―ロシアの天才女性数学者』
講師は前木祥子先生です。
標題のユーラシアブックレット(№146)は右上。
その左にある岩波文庫が、日本でのコワレフスカヤの紹介に寄与した、野上弥生子訳『ソーニャ・コヴァレフスカヤ―自伝と追想』第1刷は1933年、私が所蔵しているのは1978年の第15刷。
祖母が買ったのだろうか、昔から家にあった。
右下が『科学のプリンセス 学問と愛の旅―ソフィヤ・コヴァレーフスカヤ』ニコライ・マトヴェーエフ著草鹿外吉・藻利佳彦訳水曜社1982年刊
これは図書館でもらったような。
参加人数は少なめでしたが、活発に質疑応答がされました。
なお、ここ数回恒例となったクイズはありませんでした。
ユーラシアサロンを指導されている先生が出張先で入手されたお土産
その1 ドイツのハーブティー(カモミール)
その2 ラトヴィアのチョコレート
ハートのお皿に盛られているのはピロシキではなく、餡入りのやや硬めの揚げ菓子でした。
フォークがついていたけれど、実質かぶりついていただくことに。
お話は彼女の生涯を概説するというものでした。
コヴァレフスカヤは、上の写真のほかにも何冊もこれまで日本で本が刊行されていているわりには、現在では一般の知名度は低いらしいのですが、うちには何冊も彼女についての本があったので、数学者で、且つチェルヌィシェフスキー提唱の偽装結婚→ほんとうの結婚、その他に恋人ありの、波乱の人生を送った天才、ということは知っていたのです。
特にドストエフスキー絡みのエピソードは記憶に残っていました。
数学者としての実績については、何度読んでもさっぱりわかりません。
とにかく天才学者ではあるのですが、性格や態度は隙大ありだったので、親近感が持てます。
父親、夫のウラジーミル、恩師のワイエルシュトラス、兄弟子ミッタグ=レフラー等がほうっておけないだらしなさがあったようですが、それも実力のうちだ。
ただ、天敵がストリンドベリだった、という意外な事実も。
いや、驚くにはあたらないか。
ユーラシアサロン、今年度はこれが最終回。
来年度はそろそろスポーツ系をやってほしい。
お題は『コワレフスカヤ―ロシアの天才女性数学者』
講師は前木祥子先生です。
標題のユーラシアブックレット(№146)は右上。
その左にある岩波文庫が、日本でのコワレフスカヤの紹介に寄与した、野上弥生子訳『ソーニャ・コヴァレフスカヤ―自伝と追想』第1刷は1933年、私が所蔵しているのは1978年の第15刷。
祖母が買ったのだろうか、昔から家にあった。
右下が『科学のプリンセス 学問と愛の旅―ソフィヤ・コヴァレーフスカヤ』ニコライ・マトヴェーエフ著草鹿外吉・藻利佳彦訳水曜社1982年刊
これは図書館でもらったような。
参加人数は少なめでしたが、活発に質疑応答がされました。
なお、ここ数回恒例となったクイズはありませんでした。
ユーラシアサロンを指導されている先生が出張先で入手されたお土産
その1 ドイツのハーブティー(カモミール)
その2 ラトヴィアのチョコレート
ハートのお皿に盛られているのはピロシキではなく、餡入りのやや硬めの揚げ菓子でした。
フォークがついていたけれど、実質かぶりついていただくことに。
お話は彼女の生涯を概説するというものでした。
コヴァレフスカヤは、上の写真のほかにも何冊もこれまで日本で本が刊行されていているわりには、現在では一般の知名度は低いらしいのですが、うちには何冊も彼女についての本があったので、数学者で、且つチェルヌィシェフスキー提唱の偽装結婚→ほんとうの結婚、その他に恋人ありの、波乱の人生を送った天才、ということは知っていたのです。
特にドストエフスキー絡みのエピソードは記憶に残っていました。
数学者としての実績については、何度読んでもさっぱりわかりません。
とにかく天才学者ではあるのですが、性格や態度は隙大ありだったので、親近感が持てます。
父親、夫のウラジーミル、恩師のワイエルシュトラス、兄弟子ミッタグ=レフラー等がほうっておけないだらしなさがあったようですが、それも実力のうちだ。
ただ、天敵がストリンドベリだった、という意外な事実も。
いや、驚くにはあたらないか。
ユーラシアサロン、今年度はこれが最終回。
来年度はそろそろスポーツ系をやってほしい。
登録:
投稿 (Atom)












