2021年12月31日金曜日

容赦ないまなざし~夜空に星のあるように

 29日亡き父の誕生日、生きていれば88歳。母とお墓参りに行く。そしてその足で新宿武蔵野館に映画を観に行った。初期ケン・ローチ、というかローチのデビュー作「夜空に星のあるように」。Я смотрела первую работу Кена Лоуча "Бедная корова ".

原題:Poor Cow が「夜空に星のあるように」というロマンティックな邦題になったのはどうしてなのだろう。日本初公開は1968年、何十年も経ってからのリバイバル上映。

2016年12月に川崎市市民ミュージアムで「ケン・ローチ初期傑作集」を観たが、「キャシー・カム・ホーム」を思い出させる切なさだなあ、と思ったらヒロインは同じ女優さんだったんですね。キャロル・ホワイト。プログラムを読んで、アルコールや薬物依存、男性スタートの不幸な関係があって、演技に高い評価を得ながらも遅刻や欠席の多さで仕事を失い、91年に48歳の若さで亡くなっていた。キャシー以上に本作のジョイの行く末を思わせるようなその後だったのだなと悲しくなる。

さらに、ヒロインの夫(正業に就かない~何せ泥棒家業なので~上にDVしまくる典型的クズ男)役のジョン・ビンドンに至っては「映画の内容通りに、生涯にわたって何度も刑務所暮らし」「殺人罪で起訴…無罪となったが…俳優としてのキャリアは終わる」「2度の破産」「性生活の乱れと薬物乱用の末、1993年10月にエイズで死亡」とあって文字通り救いようがなく、言葉を失う。

ローチさん、年を重ねると主人公たちに温かいまなざしになってきて、特に男性の登場人物に関してはユーモアも添えられる(サッカー絡みのことが多い)作風になるが、女性の造形は容赦ない。母は強しとか不幸を乗り越える強さを備えているとかマドンナ的なことを期待するような幻想を一切抱いていないのはさすがだ。←このレアリズムが”いつまでも心は少年”気味だったフドイナザーロフや奇しくも”女性のことはよくわからない”と告白していたクストリッツァ(それでも自覚していたのは偉い)とは一線を画している。

そんなわけで、何の救いもなく、貧困と不幸のうちに、ヒロインは生きてゆく、という映画で、それが今観てもちっとも古くなっておらず、切実に感じられるのだった。


2016年に観に行ったときに買った「まなざしの力/ケン・ローチ回顧展」発掘した。今回の「夜空に星のあるように」プログラムと一緒に保管しておく。



2021年12月30日木曜日

ロシア料理の素敵な本が登場

 今までロシア料理(だけでなく料理一般だったりするが)のレシピは荻野恭子先生の数々のお料理本に頼っていたけれど、バリトン歌手のヴィタリ・ユシュマノフさんが執筆された『はじめてでも美味しく作れるロシア料理』が力強く加わった。素晴らしい。

荻野恭子先生のレシピは”ロシア料理”とは言ってもバルト諸国やカフカース、中央アジア、さらに中国東北地方や日本へ逃れた白系ロシア人によるアレンジ料理まで含めたユーラシア料理+亡命ロシア料理という感じでロゴスキーを思わせるのに対して、ヴィタリさんのレシピは文字通りロシア(発祥がウクライナやポーランドあたりかもというのがあるにせよ)にほぼ限定されていてスンガリーみたいかしらん。

説明がわかりやすく見やすい。ヴィタリーさん、本業は歌手なのだが、お料理についても本職並みなのが凄い。(既にYoutubeでお料理のお手並みは拝見済みだけれど、私の場合活字人間のためかYoutubeよりも本で読む方が理解しやすく、本という形で出していただいたのは大変ありがたい。)
在庫整理で冷凍ほうれん草とミックスベジタブルが発掘されたので、まずP65「ほうれん草のスープ」を作ってみたが、予想以上に美味しかった。玉ねぎ、じゃがいも、塩、胡椒、レモン水、ローリエ、パセリ、ゆで卵はレシピ通り、在庫整理の冷凍ほうれん草にミックスベジタブル、それにディルを加えて優しい味わいのスープに。ただ、最後に「蓋をして15分ほど休ませる」とあって時間は余裕もって作ろう。
というわけで、所要時間が記載されているともっとよいだろう。
かつてヤンの小屋でまり子さんにご馳走していただいたポジャルスキーカツレツもP83に「パジャールスキエ・メンチカツ」として載っているので近いうちに試したい。
P4~P6のロシア料理史も興味深く読ませる。

2021年12月21日火曜日

録画メモ 80日間世界一周/僕のワンダフルライフ

 「僕のワンダフルライフ」は以前WOWOWかなんかで放映していた時、最初にイーサンに看取られるあたりから観た。犬が複数の飼い主の元で暮らしていくお話、これをもっと深めると「マロナのの幻想的な物語り」だよね。

そう言えば、BSプレミアムではこれの前に「3人のゴースト」をやっていたのか。

クラスメイトとシャンテ・シネに観に行って、率直に言って私はこういう映画はそれほど観たいわけじゃなかったけれど、彼女はクリスマスらしいストーリーがよかったらしい。どちらかというと正統派の「クリスマス・キャロル」の方がいいのにな(例えば劇団昴のとか)と思って観ていたけれど、悪くはなかった。彼女は気に入ったらしかった。社会人になってからは殆ど会えなくなって年賀状と時々メールのやりとりをするだけになってしまったが、数年前に思いがけなく弟さんから彼女が亡くなったという通知をいただくことになった。

なぜ?という思いで弟さんにお手紙を書いたが返事はなかった。

そんな彼女との思い出の映画、になってしまった「3人のゴースト」である。

「僕のワンダフルライフ」もいろいろ切ないんだよね。続編もあるけど、こちらは観ていない。


2021年12月1日水曜日

録画メモ 家族のために

 気が付いたら今日WOWOWで「ブラス!」やっていた!

録画し損ねた。12/21にまた放映されるようなのでその時は忘れずに録画しよう。

ケン・ローチ「家族を想うとき」

「リトル・ダンサー」

「素顔のボヘミアン・ラプソディー」

名曲アルバム「ボヘミアン・ラプソディー」

名曲アルバム メトネル

2021年11月29日月曜日

録画メモ:薄いロシア繋がり

 昨年末に観た2本

「ニューヨーク 親切なロシア料理店」

「声優夫婦の甘くない生活」

2021年11月21日日曜日

悪は存在せずとも

タイトルどおり悪は存在せず(悪人は登場せず)可愛い猫、犬、狐は登場する。

ユーロスペースでイスラーム映画祭2021→そしてキアロスタミはつづく→フィンランド映画祭、ときてユーロライブでのドイツ映画祭。


フィンランド映画祭の「初雪」、ドイツ映画祭の「未来は私たちのもの」「マリアム エヴィーン刑務所に生まれて」と、EU内の国の映画祭ながらイラン出身の移民難民が登場する映画を観ることができ、特に昨年の東京国際映画祭で観られなかった(チケットが売り切れだった)「悪は存在せず」がここで観られるのは幸いだった。ベルリン国際映画祭金熊賞受賞ということで、一般公開も是非して欲しいものだ。

イラン映画祭でもやって欲しいが内容から言って現在の政治体制である限りあまりにも無理筋だろうな。それなら、イスラーム映画祭でも取り上げて欲しいし、死刑映画特集でもやって欲しい。

イランにおける死刑制度にまつわる4つのエピソードとあるが、死刑制度存置国なら事情はさほど変わらないのではと思っていた。焦点は死刑執行する担当者に当てられる。命令ならやれるのか?

イランは世界的に見ても死刑執行数が多い「死刑大国」の一つ。職業として、つまり刑務所勤務の一環で死刑執行に携わる人もいる一方で、徴兵された若者が偶々配属されて命令される場合もあるようだ。進んでやりたがる人はまずいない。

徴兵された兵士が出てくるイラン映画というと、離島の警備を携わっているところに都会から派遣されてきた選挙管理委員会の女性をガードする役目を仰せつかった兵士が「このまま眠れそうにないから」と引き続き夜明けの警備を担当する(だいぶ前に観たのでうろ覚え)「一票のラブレター」、アザディスタジアムでのワールドカップ予選バーレーンとの試合の警備をしている兵士が「試合を観ようとしてつかまった女の子たちのお守りをするのではなくほんとうは実家で牛の世話をしていたいんだ」と嘆いていた「オフサイド・ガールズ」が思い出される。彼らの任務も本意ではなかったようだが、死刑執行よりは何万倍もましなはず。

気が進まない、嫌だからって、命令を拒否したらどうなるのか?

「耳に残るは君の歌声」だったろうか。徴兵制のあるロシアで実際に危険な戦闘地域にやられるのは金もコネもない、逃れる術を探る情報から遮断された地方の青年で、という様子が描かれていたが、ここでもコネがなくて転属願いも出せず任期が終わるのを待つしかないとの同僚たちの言葉に一層の理不尽さを感じる。

徴兵された若者が実際に戦闘地域の前線にやられ敵を殺せと命じられるのも、死刑制度がある国で死刑執行のボタンを押すのも、国家による殺人であり結局は誰かが誰かの命を奪っているわけで、「誰か」が手を下していることになる。その人がダメージを受けないわけがない。

代替任務への振替とか、まして徴兵拒否なんてとんでもないだろうな、イランでは。ロシアは徴兵制はあって死刑執行は停止されていて、私の国では死刑制度は存置しているが徴兵制はない。イランはどちらもある。

「悪は存在せず」の各エピソードはどれも自分がそうなり得る、選択し得る道であり、制度がある限りどちらに行っても苦難は避けられない。その時抵抗を選べるのか。納得できなくても従って生き残るのか。

パナヒやマフマルバフの往年の名作を偲ばせる序盤から舞台のような台詞を畳みかけるファルハーディーっぽい場面に、近年の話題作「ジャスト6.5 闘いの証」「ウォーデン 消えた死刑囚」にあった追いつ追われつの息詰まる展開も垣間見えるし、終盤はキアロスタミの描いてきたイランの乾いた風景が現れて、イラン映画の万華鏡を見るようでもあり(いっときのイラン映画の代名詞とも言えた美少年は出てこないが)、でもこれはドイツ映画祭なのだった。




2021年11月15日月曜日

シリーズ本、やっぱり合わなかった

 

同著者の『社会を変えた50人の女性アーティストたち』が今いちだったのだが、「これはアーティスト紹介という分野に向いていない絵柄や構成なのだろう、科学者やスポーツ選手ならよいのかもしれない」と思って手に取って見た。
それぞれの分野で埋もれがちな女性たちを紹介してゆくという発想はいいのだが、やはり読みやすい本にはなっていない。
イラストが暗い地にごちゃごちゃしていて見にくい。

圧倒的にアメリカ中心の人選である(アメリカの子ども達向けにはそれでいいのかもしれない)のに加え、テレシコワで2頁使っているのにコヴァレフスカヤが「その他大勢」になっている不思議。

2021年11月14日日曜日

Память, говори! メモリアルの危機

Twitterで「不当逮捕された時は国民救援会を」という話題が今更のように挙がっている。

国民救援会については祖母が生前熱心に活動していた(市内の団体・個人にカンパを集めに回って~自分では運転できないからドライバー役の男性を従えて、って感じで~、今では考えられないかもしれないが市長や助役からもカンパを貰っていた(※一貫して保守市制だったにもかかわらず!))けれど、母ともどもそんなに熱意を持ってやっているわけではなく、会費を払ってせいぜい年に3回のカンパには応じているくらいで『救援新聞』も実はろくに読んではいない。

それでも救援新聞の毎号の1面をチラ見するだけでも、救援会が扱っている活動は

1.冤罪裁判支援(先日の最高裁裁判官国民審査でも、冤罪事件再審開始を妨害した裁判官についての資料を機関紙「救援新聞」から得た)

2.政治弾圧事件救援

3.人権侵害・政治弾圧に対して闘った人達の記録・顕彰

なのだろうなということはわかる。(カンパ集めが夏冬のボーナス時に加えてもう一回あるのは毎年3月18日に行われている❝解放運動犠牲者❞の合同追悼会に向けてのカンパがあるからだ)

人権侵害・政治弾圧に対して闘った人達を❝解放運動犠牲者❞と呼ぶのは、特高警察によって虐殺されたプロレタリア作家の小林多喜二、岩田義道、野呂栄太郎あたりならともかく、治安維持法がなくなった現在、あからさまに弾圧を受けたというのではなくても「人類の平和と自由のために活動して生涯を終えた人」全般のことを指しているわけだけれど、言葉がなんというか壮大に感じられるかもしれない。しかしまあ、私はごくごく緩いことしかしていないが、現在でも覚悟を持って信念に基づいてコミュニストであることを貫いたり、労働組合の本来の役割を果たそうとしたり、差別に対して否と言い続けることは、❝解放運動犠牲者❞であると言ってしまってもいいくらい大変なことなのだろうと思う。

国民救援会は❝解放運動犠牲者❞の合同追悼会を主催しているが、治安維持法犠牲者達の名誉回復・賠償を求める活動をしているのは『治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟』で、母はこちらの方は真面目にやっている(それも最近になってのことだけど)。

政治弾圧、特にファシズム・独裁に抗する運動、反植民地活動によって受けた被害への謝罪や補償は「世界各国で進む」と、同上の同盟が進めている「治安維持法犠牲者に国家賠償法の制定を求める請願」の署名用紙には書いてあり、

*ドイツ:ナチス犠牲者に年金支給

*イタリア:反ファシスト政治犯に終身年金支給

*アメリカ:第二次大戦集強制収容された日系人に大統領が謝罪、一人当たり2万ドル支払い

*スペイン:フランコ独裁犠牲者の名誉回復と補償

*チリ:ピノチェト軍事政権下の犠牲者と家族に年金支給、子弟に奨学金

*韓国:日本の植民地支配と闘った「愛国者」表彰、年金支給

*オーストラリア:先住民に対する差別・虐待を謝罪

*イギリス:ケニア反植民地運動弾圧に対する補償

という各地の状況が挙げられている。

時の政権による弾圧・人権侵害について、後の政権が謝罪して、犠牲者の名誉回復を行い、金銭的にも補償をするという流れは、ものすごく悲しいことに日本では行われていない。なので、母を含めて犠牲者家族らはずっとずっとずっと謝罪と賠償を求めている。しかしとても悲しいことに普段も選挙時も殆ど話題にもニュースにもならずスルーされっ放しだ。治安維持法が人道に反する悪法だったことを、まずは認めるべきだが、それを認めると謝罪と補償という話になるからか、それすらやらないというのが日本という国だ。

こういうときに持ち出すのはこれまた悲しいのだが、中国も「文化革命」犠牲者への名誉回復はやっているし、ロシアもソ連時代の粛清犠牲者に対して名誉回復と謝罪は(当人たちにとっては極めて不十分で莫大に手間がかかる手続きを経るようではあるが)やっているのに、日本はそれら以下です!!!

という感じの流れで今まできた。

そしてロシアで粛清をはじめとする政治弾圧の犠牲者の掘り起こしや顕彰、というより記憶に刻む地道で膨大な作業を進める中心的な役割を果たしてきたのがメモリアル(Мамориал)という人権団体である。

こちらのデータバンク、『囁きと密告 スターリン時代の家族の歴史』を読んだ際に、有名サッカー選手イーゴリ・ネットの兄弟レフ・ネットのことを検索してみたことがある。→ここ

このメモリアルが危機に瀕している。

ここへ来て、ロシア社会の締め付けが進んで、ここまで退潮してしまうのか、というのはまたまた大ショックだ。まさかここまで、と私の想像力を超えてしまう。(こんなところ、日本に似ないでくれ…というか、競い合って一緒にだめになっていっている)




半年くらいかかったか。
やっとやっと、『囁きと密告 スターリン時代の家族の歴史』上下2巻を読み終わった。

レフ・トルストイの大河小説よろしく、500人もの人々が登場する、ソ連を生きた人たちの歴史であって、感想を述べるのはほんとうに難しい。

普通の人たちもたくさん登場するが、作家・俳優・映画監督等知識人たちも大勢出てくる。
最も登場回数が多いのは作家のコンスタンチン・シーモノフ。
端的に言うと、スターリン時代を生き抜くために身近な人(妻・娘も含めて)を見捨てた人であり、仕方なかったのかもしれないが酷いなあ…と舌打ちしたくなる人物だったのだが、晩年は案外誠実に自らの過ちに向き合ったようで、少々救われた思いに至る。

著名なサッカー選手イーゴリ・ネットの兄、レフ・ネットは下巻からの登場で、本文では2箇所、しかし著者あとがきでもスペシャル・サンクスに名前が挙がる。
彼は、「名誉回復」申請を、積極的に拒否したという(下巻405ページ)。
我々に対し犯罪を犯した国家に、名誉回復を請い願うなんてナンセンス!というわけだ。
レベラヴなんだね。カッコいい。
(勿論、名誉回復を申請するのも当然の権利である。)

https://kirakocma.blogspot.com/2012/03/blog-post_7515.html

2021年9月19日日曜日

録画メモ フリーダ/サイレント・ソルジャー/ マイ・インターン

 「フリーダ」

トロツキー、出てくるけれど疲れた老人って感じ。と友人に言ったら、その時期のトロツキーは妻ナターシャに捧げるこんな美しい詩を書いているよ、とメールで送ってくれた思い出。

「サイレント・ソルジャー」

録画しただけでまだ観ていない。

「マイ・インターン」

最初にTVで観たとき、デニーロがこんなにおじいちゃんに?といささかショックを受けたけれど、ハートウォーミングで素敵で、疲れた時に観るといい映画。

レーニンだらけの空間(ゴルバチョフも多め)にてソッツ・アート堪能

 リニューアルした原宿駅を降りて、何十年かぶりに竹下通りを端から端まで歩いて(コロナ禍なので活気はなかったが、ちらほらとノーマスク、鼻出しマスクの人がいて、やはり恐怖を覚える)、原宿通り、旧渋谷川遊歩道路に沿って歩くと、


ペテルブルクのプーシキン博物館付近にも似た雰囲気で、おや、あそこに見えるのは宇宙飛行士の肖像?

そこではゴルバチョフさんとレーニンさんがお出迎え。
地下へ降りてゆくとそこは!


リニューアルオープンしたBUNKER TOKYOさんだった。

5月に有楽町阪急の「ボリシェヴィキの逆襲」を襲撃↓はしたものの、原宿のお店を訪ねるのは初めて。


「ミス・マルクス」よろしくね

アパレルショップからカルチャーショップにペレストロイカ、とのことでしたが、雰囲気は早稲田奉仕園のギャラリーっぽいかしらん。

ソ連圏・中東欧もののお店と言えど、チェドックさん、パルクさんのようなКаваийの世界とは一味も二味も違う。あと、銀座の赤の広場とも違いますね。スタイリッシュでかっこいい。

ネットショップも充実しているけれども、実店舗に足を運んでほんとうによかったのは、ギャラリーの雰囲気がとてもよいこと。



そして、貴重なソッツアートの作品を実際に目にすることができたことですね。

コカ・コーラ(1983年)
アレクサンドル・コソラポフ
旧ソ連ではコーラと言えばコカ・コーラではなくてペプシだったような気がする。現在はどうなんでしょう?

シルクスクリーン「レーニンとゴルバチョフ」
(Ленин с пятном Горбачева)
レオニード・ソコフ
世界に20枚、日本では唯一ここでしか観られない、という…

ロシアの美術が日本で紹介されるのは、イコンとか、移動展派とレーピン、クラムスコイあたりとか、ロシア・アバンギャルドとか、バレエ・リュス関連とか、じゃなかったらほぼシャガールとカンディンスキーで、70~80年代から現代までの創作者たちを知る機会は極めて稀、それでもカバコフあたりだったら多少言及されることがなきにしもあらずだけど、実作品を目の当たりにする機会が得られてとても嬉しい!
(クラムスコイについては店内に「見知らぬ女」があったりする。)


今まで何度か書いたように、私はソッツ・アートはどちらかというと苦手だった。
BUNKERさんからもほど近い(たぶん歩いて行ける)ワタリウム美術館でВойнаの作品を観てからの感想なのだけど。あの展覧会自体はおもしろかったけれど、Войнаに関しては猥褻系の品のないと感じられる作品が多くてどうも受け付けなかった。
幸いなことに、店内にあった作品はどちらもそういうのではなくて、洗練されて非常にポップな面が強いものだったので、抵抗はなかった。

ウズベクの陶器もカラフルで心惹かれるものがたくさんあった…割には結局買ったのはミーシャグッズだったという自分の勇気の無さが恨めしいわ。イズヴィニーチェ!

ソッツ・アート、ソビエト+ポップアートなのだろうが。
といっても日本においては大衆的というよりかなり高尚な印象を受けてしまう。
文学(ブロツキー、ドヴラートフ等々)や音楽(キノーなどなど)においては、我が道を行くタイプの創作者たちが当初は必ずしも反体制やましてアンチ社会主義の考えを確固として持っていたというのではなく、ただ当局推認路線でない、そこに染まらないでいたら弾圧されるしかなかった、そして亡命や移住を余儀なくされたりとか、要するにそこまで明確に「反体制」の活動家ではなかったようなのに対して、美術部門はそのあたりが先鋭化しているのでしょうか…?
ソッツ・アートやおそらくその流れを汲むラディカルなコンセプチュアル・アートだと、反体制のイメージが必須なのかしらん。(”芸術左翼”については桑野塾でのレポートも懐かしい。
とはいえ、コソラポフもソコフも、アングラというよりとっても洒落たアートとして確立している感があり、実に眼福でありました。
観られるうちに、是非是非肉眼で観ておくとよいです。

なお、ソコフは2018年に亡くなっていて、この作品は2013年制作なのか?晩年といってよいのでしょうか。アメリカに移住していたのですね。
ウィキ先生によると、コソラポフとソコフは美術大学のクラスメイト。
90年代にお土産定番だったマックレーニンのTシャツも元ネタはコソラポフだったのでしょうか。

アパレルについての言及、なくて申し訳ない。

P.S.
2018年ワールドカップのポスターで、黒蜘蛛レフ・ヤシン様も掲示されていた!


2021年9月18日土曜日

録画メモ

「コードネームU.N.C.L.E」

「マッドマックス 怒りのデスロード」

録画しただけで未見


2021年9月16日木曜日

録画メモ ある画家の数奇な運命/ヒトラー最期の12日間

 「ある画家の数奇な運命」

昨年「異形の鳥」を観ようと思っていたんだけど、まだ体調が整わず、気分が乗らないから、まずは身体慣らしのつもりでシャンテに観に行ったが、まあまあよかった。この作品も長いのだが、巧みなストーリー展開であまり長さを感じない。戦中のエピソードはT4作戦なのだよな。セバスチャン・コッホがとにかく好きなのだが、こういう役柄でも応援したくなってしまうのが困りものだ。


「ヒトラー 最期の12日間」

あの有名な作品です。

2021年9月4日土曜日

世界一やさしいスパイ

 


最近ラテンアメリカ映画づいていまして、ペルーの「名もなき歌」、アルゼンチンの「明日に向かって笑え」に続いて、今度はチリの「83歳のやさしいスパイ」@シネスイッチ銀座

「ハニーランド~永遠の谷」がドキュメンタリーというのと同じくらい驚愕。

主役セルヒオさんが「マイ・インターン」のデニーロみたいに素敵な爺様。

ストーリーには全く絡まないが、特養ホームには猫様が棲息、数匹がのんびり出演されていた。

特養ホームの男女比が10:1くらい?で圧倒的に女性が多いのって、女性の方が長寿というのもあるだろうけれど、高齢男性は配偶者とか周囲の人に面倒を看てもらえる割合が高いけれど女性は家族で看てもらえなくて施設へというケースが多かったりもするのかと思ってしまった。

このドキュメンタリーに出てくる女性たちは皆可愛らしくて(というと失礼なのかもしれないが)切ないなあ。

一方、少ない男性の入所者さんたちはセルヒオさんとどうつきあっていたのだろうか。そこは全く見えなかった。この新入りさんに嫉妬するかしらん?

ホームはカトリック系で皆さん篤い信仰をお持ちのようで職員さんも親切。ただセルヒオさんがやすやすとスパイ活動できちゃう緩さは至る所にある。セルヒオさんは悪意ないにせよ異性の個室にノーガードで侵入できちゃうのは施設としてどうなのか???とは思った。

セルヒオさんの報告がそうなるだろうことは割と予想できたよね…。


2021年9月1日水曜日

録画メモ:ラストディール/かもめ

①ラスト・ディール 美術商と名前を失くした肖像

②かもめ(2018)アメリカ映画。湖の景色はきれい。ニーナがほんとうに大根女優っぽい。

③ニノチカ


2021年8月31日火曜日

スペードの女王

 シネマヴェーラで貯まったポイントで「恐ろしい映画」特集の「スペードの女王」観てきた。1949年イギリス映画。1960年ソ連のオペラ映画と違ってプーシキンの原作による。モノクロながら当時のペテルブルクの貴族生活の一端を丁寧に描いているのではないか。心理描写は乏しく大して怖くはないが佳作。

ソ連のオペラ映画(ロマン・チホミーロフ監督)「スペードの女王」は今は亡きBOX東中野で観てその後アテネ・フランセとかでも観たかも。伯爵夫人も発狂するゲルマンも気合が入りすぎてるくらいだったが、今回のはリーザを巡る若者たちの関係が可愛らしい感じ。それと貴族社会の出世街道は大変そう。

英語の「スペードの女王」でも構わないのだがプリンス・プリンセスを王子・王女とする字幕はちょっとな。リーザが伯爵夫人を「アナ」と呼んでいることにもなってるし(元の台詞ではアンナ・イヴァノヴナ(だったか)と父称付きで呼んでいる)

伯爵夫人、プーシキンの短編ではそんなに身分が高く社交界で力を持っているようにも思えなかったのだけれど、『戦争と平和』のアンナ・シェーレルみたいに引き立ててもらいたい男性たちがご挨拶ににじり寄って来る。大体辛辣にあしらうのだが親戚筋なのかパーヴェルと彼が紹介した近衛兵のアンドレイくん(いい人)だけはお気に入り。

アンドレイくんはリーザにもゲルマンにも優しくて、その点伯爵夫人には人を見る目があったんだな、と思う。しかし若い頃と人が違ったように横暴な老女になってしまう。なぜ夫人が賭けで大金を得たのか(その必要があったのか)なんとも合理的なわかりやすい描写がされていた。(ほぼプーシキンの原作の筋書き通りの1949年版だが、この点は違う。後述の文庫で確認したが、原作では賭けですった大金を賭けで取り戻すのだが、ここでは違う要素が入って来る。)

※このイギリス映画の方の「スペードの女王」はDVD化されていた。

※プーシキンを読み直そうという気になったのだが、文庫では2005年の岩波が最新?と思ったら光文社古典新訳文庫は『スペードのクイーン』というタイトルになっていた。

※伯爵夫人の名前はプーシキンだとアンナ・フェドートヴナのようだが、この映画ではアナ・イヴァノヴナ(だったと思う)・ラフネスカヤだった。





2021年8月23日月曜日

サーリネンとフィンランドの美しい建築展

 4時半の予約だったがたっぷり観て気がつくと閉館の音楽が。1時間半食い入るように観てしまった。

新橋はパナソニック美術館のあるビルに着いたのが実は3時半で、同じビル内のパナソニックのショールームを自由見学させていただいた。キッチン・洗面所・バスルームとか、どんどん進んでいるんだな、と。食器洗浄機欲しいな。

ただ、ショールームは地下2階受付で地下1階との2フロアのみになっていた(1階が閉鎖)。



フィンランド関係の展覧会はテキスタイルとか時々観に行っていたけれど、建築は初めて。
フィンランドにはウクライナ旅行の経由地としてヘルシンキの空港近くのホテルに泊まったきりで街中を観ることは叶わなかったので、何とも残念。
どんな建築物が?と事前にオンラインギャラリートークで予習はしていた。

展示は結構丹念に観ていったつもりだけど、スライド展示が多かったのでとても全ては通して観ることはできなかった。
メーリニコフ展の時みたいに多数の模型で圧倒!ということはない(模型はパリ万博のフィンランド館だけ(1-15))が部屋の再現がいくつかあってわくわくする。今度はスライドしっかり観るために再訪したい。(9/20まで)

7月25日にオンラインスライドトークを視聴した時のメモにロヤがサーリネンの2番目の妻とあって、カタログの年表で確認したら最初の妻マティルダとは1899年に結婚してパリ万博には彼女との新婚旅行で行っている。1904年離婚。マティルダは後にゲゼリウスと再婚しているのだがゲゼリウスはサーリネンと長く共同で建築設計事務所やっていた人で、サーリネンの2番目の妻ロヤはゲゼリウスの妹。しかもヴィトレスクに作った事務所兼共同住宅に両夫妻とも入居している。別れた元妻が義理の姉っていう。複雑ですな。

展覧会の中では特に説明はなかったが、サーリネンは2歳でイングリア(イジョラ)に引っ越しペテルブルグをよく訪れとりわけエルミタージュで一人過ごすことが多かったと、カタログ冒頭の記事にある。当然ロシア語は話せた。家庭言語はフィンランド語とスウェーデン語か。
前述のゲゼリウスはドイツ系。もう一人の建築設計事務所パートナーのリンドグレンはスウェーデン系なのだろうか?(著名な児童文学者とは親戚関係はないようだ。)

キャリアのスタート時には時代の雰囲気もあって、フィンランドの伝説に基づくキャラクターの彫像が置かれる建築物などが多く、それもあってこの展覧会のプロローグは「民族叙事詩カレワラ~作品創造の源泉として」でアクセリ・ガレン=カレラによるカレワラの挿絵本・エッチング・ドローイングの展示。サーリネンはカレラとずっと交友を深めている(シベリウス等の著名人とも)。けれど、フィンランド最後の仕事カレワラ会館については批判を受けたとキャプションにあった。カレラとしてはカレワラについてこだわりがあったのだろうな。

フィンランドの独立運動期の1900年パリ万博フィンランド館、ポホヨラ保険ビル、フィンランド国立博物館といった作品群、そして芸術家コミュニティ、ヴィトレスクでの生活。ウィリアム・モリスらの提唱したアーツ・アンド・クラフト運動の影響が明らか。実に広々としてきれいでそれでも生活感はそこはかとなく滲み出る写真。家の空間感覚が違うな。
実はゲゼリウスやリンドグレンは割とすぐにこの地での共同生活を解消して去っているのだけれど、サーリネン一家はアメリカ移住するまでこの地に留まり、また移住後も夏の別荘として頻繁に戻って来る生活だったという。

その後のゲゼリウス・リンドグレン・サーリネン建築設計事務所作品ヴィープリ(現レニングラード州ヴィボルグ)のスール=メリヨキ荘(1904年)が現存しないのが残念。戦災で消失したのだろうか?※
オーナーのペテルブルグの実業家マクシミリアン・オトマール・ノイシェレルМаксимилиан Отмар Нойшеллерはどんな人なんだろう?
これによるとノイシェレルはスイス人だったようだ。(ネヴァ川のカメニ島に別の邸宅もあったが、こちらも現存していない。)
こちらによると戦争で被災(いわゆる大祖国戦争ではなくて第一次大戦なのか?)はしたが、建物の解体は戦後だったとのこと。中にあった彫像は無事でフィンランドのヤルヴェンパーにある。

3-52カイルクネル邸のドアカーテン(1918年)には”AK 1918”との文字が書かれている。1918は製作年だろうがAKは何だろう?

こちらは息子のエーロ・サーリネンがデザインしたカンファレンス・チェア
(サーリネン展で唯一撮影可、座ってもいい)
ああ、これはいかにも北欧家具的で心地よさそう。

こちらはルオー・ギャラリーでルオー生誕150周年記念のフォトスポット。
「マドレーヌ」1956年油彩
マグダラのマリア或いは聖書由来の名をつけられたサーカス芸人がモデルか。
素敵な笑顔。主の恵み深さが感じられる。

次回の展覧会も楽しみ。

2021年8月13日金曜日

録画メモ

 1.「ジェヴォーダンの獣」

若き日のジェレミー・レニエ

2.「母との約束、250通の手紙」

録画メモ

 1.「マルモイ ことばあつめ」

新宿でやっていたときに観逃がして、Twitterでフォロワーさんからの推しで上映館を探し、ちょっと気が咎めたが渋谷のアップリンクで未来チケットを使って観た。

エンターテインメント要素盛り込みつつのさすがの韓国映画。

2.「案数殺人」

録画メモ

1.「時の翼に乗って/ファラウェイ・ソー・クロース!

「ベルリン 天使の詩」続編でしたね。ゴルバチョフさんが自身の役で出演している。

2.「17歳のウィーン フロイト教授人生のレッスン」

EUフィルムデーズでは「キオスク」名で上映された後、一般公開された作品

2021年8月12日木曜日

社会を変えた50人の女性アーティスト(がっかり)

 タマラ・ド・レンピッカもフリーダ・カーロも同じに見える。

だいぶ期待外れ。『女性科学者たち』『女性アスリートたち』だったらよかったかもしれないが、著者イグノトフスキーのイラストが可愛くまとまってるだけに取り上げている個々のアーティストの個性が(少なくともイラストからは)全く伝わらない。イラスト集・図録ではなく百科事典のような編集のもので読み直したい。

50人の人選は恐らくかなり偏っており、著者がアメリカ出身なので南北アメリカの人が多い。当然知らないアーティストが多く、それはおもしろいのだが…。
”社会を変えた”という基準のあてはならなかったのか?マリー・ローランサンやカミーユ・クローデル、ココ・シャネルなどがいないし、綺羅星の如く時代を駆け抜けたアヴァンギャルドの女性達(ゴンチャロワ、ステパノワ、パノワ、ロザノワ、エクステル等々)を一人も入れていないのは解せない。日本人アーティストでも丸木俊やいわさきちひろは確実に社会を変えたと思うがそれより草間や妹島なのだから反米っぽい人はあからさまに避けているのかも。

2021年7月18日日曜日

サラーム、ベイルート

 

「西レバノン」とか「シリアにて」などの市街戦下の市民生活を描いた映画の数々を思い出す。

2021年6月27日日曜日

難民になったねこ クンクーシュ

 

泣けた。

ここではハッピーエンディングだけど、猫のクンクーシュと家族のようにトルコ~ギリシャ経由でヨーロッパへと逃れる難民は今も続いていることを思うとまた泣ける。
どんなに大切に思っていても猫を連れて行けなかった人達が大多数であろうし、連れ出せても無事で済まなかったことも多いだろう。

『レストラン「ドイツ亭」』

 


フランクフルト・アウシュヴィッツ裁判に関わった通訳を主人公にした小説なので、覚悟はしていたものの、これでもかというような人間関係の崩壊が悲しい。

人はなぜ犯した罪を認めようとしないのか?
平然と否認するのか?

を、若い世代が向き合う話とも言える。なかなか厳しく重苦しく息苦しい。

ちょうど判決後に家政婦さんが夕食の片づけをしながら鼻歌で”You'll never walk alone”を歌っている光景が綴られている。判決は1965年8月。

2021年6月20日日曜日

2021年6月10日木曜日

せなけいこ絵本『まほうつかいとねこ』

 


黒田龍之助先生は猫よりもうさぎがお好きで、せなけいこ先生のご本も猫よりうさぎの方が主だったけれど、この猫の本は素敵。
世界中の黒猫飼い、白猫飼いの人々に捧げたい。
そうよ、うちにいる猫様が黒であろうと白であろうと可愛い。魔女たちの寛容と多様性を認める世界にウラー!
なので母もこれを読んで言ったのは
「三毛猫がこんなに可愛いなんてこの子が来るまで知らなかったよ」
「岡谷の武井武雄さんの美術館(イルフ童画館)にまた行きたい」
「せなさん、これは貼り絵ではないのかな?」
だったが、まほうつかいとしろねこが窓から雪を眺めている絵と、「つぎの まんげつの ばんが たのしみです。」の絵は、やっぱり貼り絵なんじゃないかな?
最後のページのしろねこちゃんの笑顔が本当に幸せそう。

2021年6月8日火曜日

半年がかり(それ以上)の『少年と犬』

 


東日本震災で飼い主を亡くした一頭の犬の短編連作ロードストーリー。感動はするけれど関わった人がどんどん死んじゃう不吉の犬って感じもする。それでも寄り添っていた瞬間はまさに慰めと癒しだったはず。

何十人も予約していてやっと借りれたと思ったのに家族が先にさっさと読んで私が読まないうちに図書館に返してしまった!という悲劇が起こり何で勝手に返してしまうのよ!と口論になった半年前。もう一度リクエストし直してやっとまた私の番が巡って来て今度こそ読めた。

映像化が楽しみ:アンナ・ツィマ『シブヤで目覚めて』

 

自分の日本近代文学の知識の蓄積の無さをこれほど情けなく思ったことはないが、それでも楽しく読めた。
ヤナを巡る人々がそれぞれ一癖も二癖もあっておもしろいのと、川下なる作家の大正昭和期の私小説の部分も含め、訳出の苦労がしのばれる。
渋谷は主に映画を観に行く街で、ユーロスペース近くのホテル街は足早に通り過ぎるが、そこに「思い」が漂流しているものなのか?
川越は仕事で法務局や役所に行ったことがあるだけだから、訪ねてみたくなった。

早くも舞台化・映画化を夢見る。チェコにはこういうのが得意な異能の映像作家がいると信じる。

2021年6月2日水曜日

録画メモ:イーダ/赤い闇~スターリンの冷たい大地で

ポーランド映画祭の超!人気作品「イーダ」

去年公開されたアグニェシュカ・ホランドの「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」
ポーランド語タイトル:Obywatel Jones、ウクライナ語タイトル:Ціна правди、ロシア語タイトル:Цена правды(真実の代償)


「イップマン」それに「剣の舞 我が心の旋律」に比べてもディスプレイは新聞雑誌記事紹介のみでしょぼかったが仕方ないだろうな。


主人公ジャーナリストに感情移入し難い。狂気じみていて呆れてしまう。ポーランド人俳優殆どいない(って書いたけど「ゆれる人魚」「マチルダ禁断の恋」のミハリナ・オルシャンスカがチョイ役で出てる)。

監視を振り切ってのウクライナ取材、いやに土地勘あるじゃないかと思ったら、プログラム記載の年譜や沼野充義先生の解説を読んだら外交顧問時代に訪れたことあったし母親は同郷ウェールズの実業家の孫たちの家庭教師をスターリノ(現ドネツィク/ドネツク)でしていた縁もあったと知る

ウクライナ寒村の風景は中央アジア映画祭その他で観た「タシケントはパンの町」で衝撃を受けたぐちゃぐちゃぶりが引き継がれていて割と本物だと感じる。でもどちらかというとホロドモールそのものの告発より当時事実を知りながら伝えなかった人達がいて伝わらなかったことの検証なのではないだろうか



というわけでいかにもな人肉喰らう場面は勿論挿入されているけれど、ホロドモールがこんなに凄かったんですよという映画ではなくて、飢餓の事実を伝えようとして斃れた人、気付きながら他の”大義”のために見て見ぬふりをした人、強要されて揺れ動いた人…ジャーナリストや政治家の有り様を提示している。

2021年5月29日土曜日

上司のお勧め書籍

文庫化前の単行本(2013年刊)を上司に薦められて読んでいた。
冤罪・誤判を裁判所はなかなか認めようとしないが、このように誠実に刑事裁判に向き合う裁判官が絶滅してはいなかったことは一縷の希望。(ただこの方も定年を待たずに退官され、公証人⇒ロースクール教授⇒弁護士登録なのである。)

『ホームズ、ロシアを駆ける』読了

楽しく読み終わった。

颯爽と登場するロシア側の最重要人物が先日AXNミステリーで放映していた「シャーロック・ホームズ ロシア外伝」でワトソンさん代わりに相棒になるドクターと同じ苗字のカルツェフさんなのであった。
連続ドラマ「シャーロック・ホームズ ロシア外伝」はP.ニキーチンによるホームズのパロディーを踏まえているということなのか。
TVシリーズ観た後から読むと、脈々とニキーチン、オルロヴェツの流れは絶えずしてって感じだな。あんまり推理しない。
それにしてもホームズのロシアでのライバル君はキャラが登場編とそれ以降で激変しているわ。

シャーロック・ホームズ ロシア外伝」もおもしろかったな。再放送希望

2021年5月15日土曜日

オデッサ・スタジオ: You'll never walk alone

オデッサ・スタジオ: You'll never walk alone:  Позавчера я купила немецкий документальный фильм «Ты никогда не будешь одинок» в онлайн-театре Йокогамского кинофестиваля футбольных фильм...
オデッサ・スタジオに書いた、ヨコハマ・フットボール映画祭オンラインシアターで視聴した”You'll never walk alone”の感想です

ここではこの歌のことが要領よく書かれていたので参考にしました。
歌詞の露訳

Когда ты идешь сквозь шторм
Держи голову высоко поднятой
И не бойся темноты.
В конце, за штормом – золотое небо
И прекрасная серебряная песня жаворонка.

Иди сквозь ветер,
Иди сквозь дождь,
Даже если твои мечты разбиты и развеяны.

Иди вперед, иди вперед
C надеждой в своем сердце
И ты никогда не будешь идти один,
Ты никогда не будешь идти один.

Иди вперед, иди вперед
C надеждой в своем сердце
И ты никогда не будешь идти один,
Ты никогда не будешь идти один.

2021年5月9日日曜日

軍事パレードを初めて見た

 初めて5月9日の軍事パレード中継を(ライブではないが)通して観た。

やっぱりこういう儀式に出てくるのはスラヴの美形の軍人さんばかりである。




カーネーションが無名戦士の墓に捧げられているが、ロシアでは退役軍人や戦死者に捧げるものだということを知った。
今年は5月9日が偶々アメリカ発祥の母の日(5月の第2日曜)と重なった。(ロシアの母の日はこの日ではなく、11月の最終日曜である。)
「母の日にはカーネーション」と思って女性にカーネーションを贈ると、上記の理由でかなり機嫌を悪くされるとの情報を得た。気を付けましょう。たぶん、11月の母の日には、カーネーションではなくてバラでも贈ると良いと思う。

ご丁寧に、軍事車両リスト航空機リストも「用意しました」とある。