2020年8月31日月曜日

ファンタスチカ・オデッサ: 黄金の輪の猫たち

8年ぶり、新たに投稿

ファンタスチカ・オデッサ: 黄金の輪の猫たち:  ポクロフの人懐こい猫たちは書いたと思うので、それ以降で。 ウラジーミル スーズダリ セルギエフ=ポサード

2020年8月29日土曜日

見逃していたが追っかけた「コリーニ事件」

 『コリーニ事件』、原作を読んで”お気に入り”として某所で感想文も書いていた。(といってもワールドカップアジア予選イラン対韓国の試合観ながらの不真面目なものだったが。)


時間は待ってくれない
フェルディナント・フォン・シーラッハの初の長編『コリーニ事件』の邦訳が刊行された。酒寄進一訳東京創元社。シーラッハは本職は刑事弁護士というドイツの作家だ。これまで訳出されている短編連作集『犯罪』『罪悪』も評判になったが、この新刊本はさらに話題を呼んでいる。
この小説の冒頭はいきなりの殺人シーン。被疑者はドイツに長く滞在し働いてきたイタリア人元機械工コリーニ。殺害後の執拗な死体損壊の様子からして深い怨恨がありそうだ。
そして2章では、新米弁護士が休日に国選事件担当の電話が入るのを待機している。私たちにとってはお馴染みといえる場面だ。では、この作品はこの新米弁護士ライネンの刑事弁護奮闘記なのか?否。
ほどなく、被害者はライネンの友人の祖父だったことが分かる。彼は一度は弁護人を辞任しようとするのだが・・・。
なるべくネタバレしないようにしながらも結論を書くと、この小説のテーマは171ページ以下十数ページの証人尋問手続きでのライネンと学者とのやりとりに尽きる。
刑事弁護は初めてのライネンがその事実にどうやって行き着いたのかは明かされないし、親しくしていた友人の祖父の過去を知ったことをどんな風に受け止めたのかは、特に気になるところだけれど、作者のシーラッハはエモーショナルな表現を極力排しているので、行間を読むしかない。結末も、ある意味予想どおりだが、そうならざるを得ないのも理解できる。ドイツのみならず、日本でも、この事務所で扱った事件(民事だけど)でも、幾度となく立ちはだかってきたあの問題があるのだから・・・。
公訴参加代理人(被害者家族側の弁護士)を務める大物弁護士は言う。「わたしは法を信じている。きみは社会を信じている。最後にどちらに軍配があがるか、見てみようじゃないか(略)この裁判はもううんざりだ」倫理と法律の規定が鋭く対立するかに思えるとき、人は、とりわけ法律家は、どうするべきだろうか?
この小説はドイツ連邦共和国の刑法典の盲点をあぶりだした。この作品の中では動かしがたい法律上の壁であったそれは、この小説が世に出てから数ヵ月後の2012年1月に、法務省内の『再検討委員会』が設置されたことによって見直しの機運が出てきたとのことだ。
 繰り返すが、「これはドイツの話だ」で終わらせるわけにはいかない。日本では裁判上ではその法理論は崩せなかったし、再検討をうながすような法改正の動きも表立っては未だないのではないだろうか。

「私は知っています。多くの方たちにとっては、金銭はまったく補償にならないことを。その方たちは、苦難が苦難として承認され、自らが被った不法を不法と名付けられることを望んでいます。(略)あなた方の苦難を私たちは決して忘れません。」(2000年にドイツ連邦共和国議会においてヨハネス・ラウ大統領(当時)が行った演説より)※小説とは直接関係はありません。


なので、映画も必ず観たいと思っていたのに、せっかく新宿武蔵野館で上映していたというのに、新型コロナですっかりスケジュール調整が狂ってしまい(短縮業務のうちは仕事の後映画に行くというのも心理的に憚られた)気が付くと夜の回はやっていなかったので、二番館目当てということになった。渋谷アップリンクファクトリーでやっていて、しかもそこはミニシアターエイドで指定した映画館だった(アップリンクに纏わる某事件が明るみになったのは指定した後だったのでちょっぴり後悔しないでもなかった)が、「ハニーランド」も続けて観るつもりで、はるばる都外の、新百合ヶ丘までも出かけてしまった。




 弁護人ライネン以下、各キャラクターは原作とは少しずつ設定を変えているが、ライネンはまず登場してきて「あら、コリーニと同郷のイタリア人設定にしたのかしら?」と思ったらなんとトルコ人設定に改変?!(母親がトルコ出身者なのか?)
このトルコ系というのが映画では割と強調されている感じ。
(原作では恐らくライネンはドイツ系であろうしマイヤー家の男子フィリップと同じ寄宿学校で学んだエリート階層であり、事件を追及することによりこのエリートからこぼれ落ちかねない恐れを抱え込みながら弁護して行くわけなのだが。)

戦時中の痛ましい事件の描写も、原作よりは残酷エピソードが割愛されてかなりソフトだ、と言える。(いや、それでもナチスだから人々を虐殺しているんだけどね。)

小説では丁寧にやりとりしていた時効に纏わる法律の趣旨と成立過程も、映画では最後ちかくで駆け足で畳みかけていた。ちょっと物足りない気はするけれど、映画で説明するのは難しいだろうから仕方ないか。ただ、原作小説が話題になることで法制度を変えたという点は指摘して欲しい。あのままか、と思わせるとね。


2020年8月27日木曜日

シリアにて

 8月22日、夏休みの初日、岩波ホールへ。

「シリアにて」初回、冒頭3分で思い出した。観たことあった。なのでそれぞれの夫のことも記憶に残っていたが終わったら手に汗握ってた。

イスラーム映画祭でしたか?ユーロスペースだった気がする。フライヤーとかの紹介だとあの映画だって全然気がつかなかった。女は辛いよ。まして戦争下だもの。

初回だったから上映前にご挨拶があったけど、岩波で上映する62番目の国となったのがレバノンだそうで。(勿論合作映画である。) しかし今までレバノン映画やってなかったとは意外!

レバノンは文化程度高くて映画産業盛んだった、特にアラブの娯楽映画に関してはエジプトと並んで音に聞くものだったという。レバノンの人は美しいし。戦争で疲弊した時代があったとはいえ今まで岩波ホールで上映していなかったとは信じがたい。私が好きなレバノン映画は何といっても「西ベイルート」素敵な青春映画だ。

れと短編サッカー映画「ナイス・シュート」原題:ملعوبةも好き。というか嫌いなレバノン映画は今までのところない。

まあこの「シリアにて」はレバノンを題材にしたものではないがレバノン人女優のディアマンド・アブ・アブードが熱演していてレバノン健在を示していて嬉しい。

2020年8月24日月曜日

レトロ駅舎よさようなら(原宿駅)

 高校の最寄り駅だった国立駅は駅前放置自転車ワースト1で名を馳せたこともあったが、桜並木の大学通り、旭通り、富士見通りの文教地区の割とオシャレな街並みとともに、赤い三角屋根の駅舎が忘れ難い。

高校時代、そして卒業後、被爆者援護法制定要求の駅頭署名などで駅や駅前を利用していても特にレトロとか感慨もなく普通に通り抜けたり待ち合わせしたりしていた。当然写真を撮ることもなかった。

が、その駅舎は一度は人々の前から去ったが、なんだかんだ言って「帰って来た」のだと。

2018年12月2日ヘイトスピーチのカウンターで日曜の朝から出かけた時は建築中で、横断幕を持って工事中の南口に立ったな。寒かった。

復活の駅舎の公開は4月3日だ、と今も国分寺に住んでいる同窓生が年賀状で教えてくれたけれど、ウィルス感染拡大防止のために延期になり、6月から開館、7月からイベントも行われるようになったらしい。

この休み中に行って来るかな。国立にはもう東西書店も野ばら手芸店もなくなってしまったが。

昨日は #0823NHK前抗議 #ひろしまタイムラインは差別扇動を認めてコメントを出せ で代々木公園はNHK前まで行って来たのだが、渋谷からじゃなくて原宿から行った。

開始時間の18時をまわりそうだったけど、原宿駅で写真を撮らずにいられなかった。

原宿駅の駅舎も、8/24から取り壊しが始まってしまうという。


NHK前のスタンディングは18時から19時ちょうど、黄昏の薄闇からとっぷりと夜空になって三日月が参加者に微笑みかけているような、昼間の暑気もだいぶ和らいで、ただ立っているのもそんなに苦にはならない(気候としても時間的にもちょうどよい)スタンディングだった。呼び掛けた方の締めの挨拶を聞くと、期間限定の川本喜八郎先生のアニメーションンの配信を何としても観たいという気持ちがあるものだから、そそくさと原宿駅に向かった。しかしそこで再び足を留めて駅舎に名残を惜しんだ。

国立駅の駅舎とは違って、原宿駅の駅舎にはさほど思い入れはない。

高校時代には偶に竹下通りに遊びに来ていたけれど、中国雑貨のお店「大中」はもうないんだよね。

勤めるようになってから、特にメーデーを代々木公園でするようになってからは5月1日に人混みの駅を抜けて公園へと急ぐ年中行事になっていたと思い出す。この通路を歩いて行った…

Ну, прощайте, моя родная станция "Харадзюку"!






2020年8月13日木曜日

誰がために

 

了您和我的自由!

 

За вашу и нашу свободу!

 

あなた達と私達の自由のために!

 

Za vaši i naši svobodu!


Za naszą i waszą wolność!

 

For our freedom and yours!


オリジナルのポーランド語では「私たちとあなたたちの自由のために」なのが、1968年プラハ事件に抗議するモスクワ市民が手にしたプラカでは「あなたたちと私たちの自由のために」と逆になっているのは、ロシアからの独立を求める人たちに対してのロシア(ソ連)の不服従派が応答した形になっているのかな、と想像する。

だとすると、チェコ語ではさらにそれをひっくり返して「私たちとあなたたちの~」にした方がよかったかもしれない。

中国語ではこのスローガンは使っていないようだが、意味は通じるとネイティブの方に言われたので書いてみた。
中国での戦争と人権侵害に対して謝罪・和解を経ていない日本から「人権守れ」「民主主義守れ」と言われたら、中国政府にとっては”お前が言うな”だろうけれど、モスクワの赤の広場からプラハ事件に抗議した人たちに擬えて、日本語はロシア語の表現に倣った。
中国語はオリジナルのポーランド語の表現をなぞった。

画像はポクロフのドライブインにいた猫様です。

2020年8月11日火曜日

イラン映画祭

 「東京イラン映画祭」の名前で赤坂コミュニティぷらざで行われるのは今年で3回目、映画祭としては5回目とのことで、肉球新党で広島に行った2017年、広島のミニシアター横川シネマで「広島イラン 愛と平和の映画祭」があり、その作品を東京でも上映されるというので、大井町まで観に行った。そのときが通算2回目の映画祭ということになるのだろう。それ以来出かけている。

今回初めて気が付いたが、会場の赤坂コミュニティぷらざ、外壁に朝顔とほおずきを這わせているのだった。




無料で予約不要のイラン映画祭、今まで完全にノーチェックだったが、感染拡大防止のために整理券交付になった(名前と連絡先を記入)。非接触型体温計で検温もする。

1本めの「母性」はある姉妹の恋愛結婚の破局で、悲しくて誰も幸せにならないお話だった。やるせなさ満開。

2本め「18%」イラン·イラク戦争の化学兵器被害者のドキュメント短編。時系列がややわかりにくくスリリングでもあるが、ある意味イランのプロパガンダかと思うほどえげつないまでに負傷した傷を見せつけられて辛い。一般公開のみならず日本のTVでも放映すべきではないか。ただ被爆者の写真と同様に水ぶくれと火傷のシーンが放映を難しくするのかもしれない。)

イラン·イラク戦争の被災者の話、しかも国際法違反の化学兵器被害者の話だが、相手国イラクへの批難めいた論調は一切なかった。ただ被害の酷さと治療した日本人医療関係者への感謝が際立った。

3本め「別荘の人々」だがタイトルは内容と一致していない。イラン·イラク戦争時の軍司令官達の妻や子ども達が何故か空襲も頻繁にある田園の施設に住んでいて、配達人が来る度に誰かが殉教?とぴりぴりしていて、という銃後の悲話を描いている。ただただ悲しかった。

イラン映画祭4本め「アーザル」バイク乗りの勝ち気な奥さんが商売頑張る話かと思いきや火曜サスペンス劇場的ハプニングで家庭崩壊、周囲の人達概ねいい人だけど運命の歯は狂いだすと止まらない。そこでラストか、だった。明るい作品が一つは観たかった。








2020年8月3日月曜日

この夏、映画が駆け抜ける その3 ドヴラートフ レニングラードの作家たち

ドヴラートフとハチャトゥリャンの共通点、アルメニア系のソ連人。



「ドヴラートフ レニングラードノ作家たち」当初4月末公開の筈だったのを待って待って待ち尽くした。
本来4月25日公開のところ、「6月以降に延期」になり、結局実際に公開あいなったのが6/20だった。
2か月待たされた、というよりも、日本で公開されると知った日からか?この映画の存在を知った日からか?
(この映画は2018年制作だが、タリン時代のことを題材にして書かれた『妥協』を基にした「素晴らしき時代の終わり」という映画が2015年にロシアで公開されているのだという。)
いや、もっと前からだ。
ドヴラートフの訳書を改めて手に取ってみると、『わが家の人びと』が1997年、『かばん』が2000年。
えっ?2000年って20年前ではないか!
NHKラジオロシア語講座応用編を聞いていたのが1996年度後半。
そのときからだと24年だ。
ドヴラートフの映画を観て、ドヴラートフのことを皆でお話することのときを、とうとう迎えられた。

勿論初日に行った。初回ではなくて2回目の沼野充義先生と守屋愛先生のトークショーがある回。


❝「ドヴラートフ」初日イベントで上映後の沼野先生、守屋先生のトーク、何より監督インタビュー動画が観られたのが良かった。ドヴラートフという人物について監督自身は会ったことないが小説の主人公のドヴラートフは作り上げたものという解釈、それ故のあの映画、納得がいく❞ 
当日のツイッターでは私はこう書いた。

ドヴラートフは小説のドヴラートフをイメージしていたので「そうか、そんななのか」と思ったがエレーナはほぼイメージ通り。ブロツキーは「一部屋半」イメージ強いので初見では?!でも朗読は似ているそうで。

監督のアレクセイ・ゲルマン息子、普通に才能ある人だと一目でわかるわけだけど、どうしても父親に言及されちゃうのが可哀想(ボンダルチュク以上にされちゃってる)なので、父は父と思って敢えて触れないように私はしたい。次作以降は呪縛も解けていくのだろうか。

とは言いつつ、先だってこんなツイートしていた。
❝いきなり比べるのはあれだがゲルマン息子、父ゲルマンより良い。好み。小説のドヴラートフの軽みを敢えて全く出さず鬱々として始まり凍てついたまま終わる傑作。「一部屋半」とセットで再見したい。❞

アレクセイ·ゲルマン息子監督、「宇宙飛行士の医者」は好きな俳優たち(メラブ・ニニーゼやチュルパン・ハマートヴァ)が出てるのに全然好きになれず、合わない、私には良さがさっぱりわからないと思ったけど、この「ドヴラートフ」は拒絶反応全く起きなかった。何だろう、題材の親しみ易さ?(とにかく永らく待っていた!)結局私は文芸もの好きなのだって、ことなのだろうか。

沼野先生がトークで指摘していたことだが、ドヴラートフもブロツキーも(その他の周辺の芸術家たちもたぶん)反体制活動をせっせとやっていたわけではないのだ。
「俺は拒否しているわけじゃない。同意できないだけなんだ」という映画中のドヴラートフの台詞が語るように、「ソ連の社会主義って凄いですね」と積極的に称えることをしなかった人達なのだ。
ソ連の体制側がそういう人たちがどうにも許せなくて追い出してしまったわけだけど。

とにかく、ブロツキー繋がりでフルジャノフスキーの「一部屋半」を観たいな。

❝「T-34 レジェンド・オブ・ウォー」上映に併せて「鬼戦車T-34」も上映して欲しいし、「ドヴラートフ レニングラードの作家たち」に併せて「一部屋半或いは祖国への感傷旅行」もやって欲しい。勿論「僕の無事を祈ってくれ」も観たい。❞

(と思ったら、「鬼戦車T-34」こと「ひばり」はシネマヴェーラの「ナチスと映画Ⅲ」特集のプログラムに入っており、無事再見することができた。)


「EUフィルムデーズ終わったらまた観に来る。そう言えば本来はユーロの最中なんだよね。」
初日に鑑賞して帰る道すがらそう思った。決意していた。

初日のイベント付きの回はかなり密で盛況だった「ドヴラートフ」だが、その後あっという間に回数が少なくなって夜の回がなくなっていて、平日観に行くことができなくなっていた。
そして、気が付くと…
7/30までしかやらないの???しかも朝しかやらないのか。
酷い~!
しかもしかも7月25日(土)、26日(日)は休映!!!やる気あんのか!
と文句たらたらの私であったが、有休とって27日(月)に2回目を観るべく昼間に出かけてみると、観客は3人きりだった。館内寒々としていた。震えながら凍てつきながら観ていた。

























2020年8月2日日曜日

この夏、映画が駆け抜ける その2「剣の舞 我が心の旋律」

昨日観たので時系列で言えば最新映画なのだが、この夏観た映画についてのメモでまずはハチャトゥリャンの「剣の舞」作曲にまつわるドラマ映画「剣の舞 我が心の旋律」@新宿武蔵野館

 "Танец с саблями"

8月1日映画の日、新宿ピカデリーで「T-34 最強ディレクターズカット版」(長い?この間「鬼戦車T-34」観たのでタイミング的には良い)にするかル・シネマで「17歳のウィーン フロイト教授人生のレッスン」(一昨年のEUフィルムデーズにて「キオスク」というタイトルで観てもう一回観るつもり)にするか迷ったけど、近場で新宿武蔵野館に。

ツイッターでこの映画が話題になったのはまず、公式HPに「モスクワとニューヨークで作曲を学んだ」とあることだったが、 ウィキ先生とかにはない記述で(他でもそれらしき記載見当たらず)???ってなった。




↑プログラム(モスクワとニューヨークで) フライヤー(モスクワで)↓

予告トレーラーのナレーションにある「20世紀の交響曲に新たな局面を開いた」とかいうのも何だか怪しいと思えた。ハチャトゥリャンの交響曲、そこまで言ってよいのか?交響曲か?
まあ、その辺およそ門外漢だし解釈の余地はあるのかもしれないけど。

とか思いながらも、結局はアルメニア好きだし!と武蔵野館に。

期待以上には面白く出来ていたけどそれは主に芸術と政治と人間関係、を巡るあれこれで「剣の舞」は割とあっという間に出来て振り付けもされてるので創造の苦悩に関してはあっさりだった。
「LETO」や「ドヴラートフ」が2時間くらいなのに対して、この作品は90分くらいだからもう少し長くて作曲する際の苦しみ(芸術的な面で)を丁寧に描いて欲しかった気もする(わずか8時間で書き上げた世紀の名曲という触れ込みだが、映画中だとものの3,4分か?)が、主要な周辺人物(宿敵プシュコフ、追っかけ的なファンのバレリーナのサーシャ、サーシャを慕うサックス奏者アルカジー、押しかけ弟子のゲオルギー)はだいたいフィクションながら人間関係の絡みは面白かった。ややベタな造りではあるけれど。
特に地味な扱いながら振付のニーナ・アニシモヴァ(インナ・ステパノヴァ⇒山之内重美さん風)がカッコよかった。
ハチャトゥリャンの押しかけ弟子のゲオルギーはゴーゴリ「検察官」のオーシプみたいで好き。

字幕で「包み焼き」になってたのはピロシキのままでいいのではないか。

ハチャトゥリャンがミャフコフスキー門下の同窓生にあたる官僚といざこざ起こした時にミコヤンに収めてもらったとサーシャに告白する場面も、字幕では政府高官だか幹部だかになっていて固有名詞出さなかった。
(ネタバレ的だが、ハチャさんはこのミコヤンの尽力あって事なきを得、それがなければそうはいかないこの世の悲しさよ。アニシモヴァも政治的理由で逮捕歴があり、いろいろ思うところあっての行動をとらざるを得ないのだね。)

で、この嫌な官僚プシュコフ演じるアレクサンドル・クズネツォフという俳優はアメリカでテレビ出演とかしている人であるとのことで、”Лето”(LETO)の懐疑論者役の同名の若い俳優とは勿論別人。
前者は父称がコンスタノヴィチ59歳、後者はアレクサンドロヴィチ27歳クリミア出身。
(懐疑論者のクズネツォフさんには注目されたし。)

なお、アララト・アルメニア人虐殺に関して交響曲第2番と絡めて思わせぶりに描かれているが、この辺の扱いが難しいのかなあ…。
監督はウズベク人のユスプ・ラジコフ。
ウズベキスタン映画祭2002で「演説者」「女の楽園」というちょっと面白いフェミ系映画を観たことがある。やはりアルメニア人或いはアルメニア系の監督が作る作品と比較してしまうと踏み込みが浅い気がしてしまう。

ショスタコーヴィチとオイストラフとのスリーショットは冒頭にやってきてあっという間に終わってしまう!楽しみはもう少し後にとっておきたかったにゃあ。
オイストラフのキャラがいかにもいかにも。