2026年7月3日金曜日

親和性強い「ポーランド」と『暗黒」と「SF」

 

目黒シネマで「石炭の値打ち」を観た際に、”ポーランド暗黒SF”の映画特集があるのを知って、ただそこでは観ることがかなわず残念に思っていたら、なんと阿佐ヶ谷で上映あるじゃないか!

と、さらに有難いことに、「ソヴィエト映画特集・愛にまつわる6つの物語」と同時期。

最初は(これは本来意に反するものだったが)「ザレチナヤ通りの春」と「祝賀の夜」を観た次の時間帯で、「ゴーレム」を。

なぜ、意に反するなのかというと、多幸感の強い「ザレチナヤ」と「祝賀」でしみじみ幸せにな気分を暗黒SFでぶち壊したくなかったからなのだが、予想通りいや~な気分にしてくれる暗黒SFだった(ゴーレム)

次に「宇宙戦争・次の世紀」

これもまた期待以上に誰もが不幸せになる世界滅亡まっしぐら作品。

いいぞ、この調子だ!と昨日の「オビ・オバ 文明の終わり」と「ガガ 英雄たちに栄光あれ」で無事に4作品完走。

ロプシャンスキーっぽい世界観だね~

「死者からの手紙」では、ブィコフ老人と子どもたちの聖なる存在が際立つラストだったけど、「オビ・オバ」はひたすら醜い・・・真に迫る醜悪さ。

最後の「ガガ」はコメディー要素も強かった。

2026年6月24日水曜日

摩文仁の丘

 画像は母が2013年1月にAALAのツァーで訪れた時のもの。



平和の礎に名前が刻まれたこの星子鋭郎さんは祖母の従兄弟。(確か都道府県別になっているので前後の星子さんも熊本出身なのだろうが、親戚ではないとのこと。)


沖縄戦から帰ってこなかった。

一人息子を失って、お父さんはその後自ら命を絶ったという。


私が沖縄を訪れた1990年11月にはまだ平和の礎はなかった。海岸から摩文仁の丘に登る道を、宣教師のエリザベス・クラーク先生と一緒に登っていたら、主任牧師に「Kocmaさんはクラーク先生と苦楽をともにされましたね」と親父ギャグを言われ、脱力しかけた・・・

そして、その当時は、熊本の親類が沖縄で戦死をしていたということも、祖母や母からまだ聞いていなかった。





2026年6月11日木曜日

録画メモ:二位じゃだめなんです!の運動靴と赤い金魚+クローズ・アップ+ダヴィッド・オスストラフ

二位じゃだめなんです!優勝でもだめなんです!

 相変わらず”綺羅星の如く”巨匠が途切れないイラン映画だが、これはね、当初からのイラン映画の王道、労痛き子どもがひたむきにがんばる(周囲の大人は無理解)お話で、とてもとても懐かしい。素直に感動。

妹の運動靴をなくしてしまい、ひとまずは二人で運動靴を共用することになり、男女別学、二部制なのか午前午後とかで通学時間がずれているのを利用して、一方が学校が終わったら走って待ち合わせ場所へ、そこで靴を交換し、受け取ったらダッシュして学校へ・・・を繰り返す兄妹。

元祖イランのかわいい子映画「友だちのうちはどこ?」がそうだったように、可愛い子が走る、走る、走る、懸命に走る。

マラソン大会の賞品が運動靴なので、それを獲得すべく、アリ君は走り続けるが、全然長距離走の走り方じゃない、常に全力疾走っぽい。観ていて苦しいよ。

妹のザーラが通う女の子たちの小学校、今観ると、2月末にアメリカ・イスラエルによって虐殺された少女たちが脳裏に浮かんでやはり辛い。この子たちを攻撃するなんて全く酷い連中だ。おまけにワールドカップは…。



録画メモ:オデッサ海岸通り: キーラのカレーニナ+ロリータ(ナイトレイではない)

下記の2013年4月に観に行った『アンナ・カレーニナ』が後日放映されていて録画したものと、古い(モノクロ)の「ロリータ」はキューブリックの。
その他同じDVDに録画したのは「世界遺産バイカル湖」『名曲アルバム:シェエラザード」「」
名曲アルバム ラフマニノフのチェロ・ソナタ」

オデッサ海岸通り: キーラのカレーニナ: まあ期待するようなしないようなだった、キーラ・ナイトレイの「アンナ・カレーニナ」。 アンナの夫カレーニンを演じるのがジュード・ロウというのが意外なキャスティング。 そのうち観に行こうと思っているうちに、渋谷では終了してしまったようで、シネマ・カリテやバルトは勤め人に無理な時...

2026年6月9日火曜日

録画メモ:裏切りのサーカス フィラデルフィア

「裏切りのサーカス」は2012年7月1日シャンテで鑑賞。

Tinker, Tailor, soldier, spy

元歌はマザーグースの

Tinker, tailor,
Soldier, sailor,
Rich man, poor man,
Beggarman, thief.

鋳掛け屋 仕立屋
兵隊 船乗り
金持ち 貧乏人
物乞い 泥棒

数え歌。将来の職業、または結婚相手の職業を占う。

カンバーバッチが出ていたのか。

「フィラデルフィア」

2026年6月3日水曜日

やっとお目見えチュルリョーニス

1992年世界に先駆けてチュルリョーニス回顧展を催したセゾン美術館はほんとうに偉大だったな。

34年前、知名度なんて殆どないままの日本初公開(というより旧ソ連圏外初公開だったのでは)にもかかわらず、早々にカタログが売り切れたという。日本人の心の琴線に触れるものがあるのだろう・・・

残念ながら、このときは観ていない。

1994年8月にリトアニアに行った時、ヴィリニュスもカウナスも、縁の土地であるにもかかわらず、少なくとも外国人向けにはチュルリョーニスを紹介しようという雰囲気ではなかった。私もチュルリョーニスの名前だけは知っていたものの、かの地で何か探求しようという気にはなっていなかった。


展覧会のグッズ特設売り場でこういう民芸品も売っていた

ルムシシュケス民俗博物館

展覧会の章ごとにこういう鳥のモビールがあった

(杉原千畝に関して言うと、地元の関心度・知名度は決して高くなかったと思う。)


チュルリョーニスに関心を持ったのは、芸術新潮2010年10月号の特集記事『チュルリョーニスを知っていますか?』までくだるのだが、それでも15年半前になるのか。

それによると、彼はリトアニア民族主義者で、リトアニアの民謡や神話に親しんでいたものの、リトアニア語には不慣れで、ポーランド語が母語だったようだ。(文学者の妻ソフィアに翻訳を頼んでいたという。)


スライドトークで紹介された作品

①森の囁き 油彩 1904年

ごく初期の作品(珍しい)
弟ボヴィラス宛の絵葉書も展示されている。
(パステルとインク 1903年)
この絵の構図が上掲の作品の下書きとなっているのだという。



②山


③閃光(3点連作)


④春のモティーフ(4点連作より)









⑤冬(8点連作)


⑥プレリュードとフーガ(2点連作)




⑦第5ソナタ(海のソナタ)アレグロ・アンダンテ・フィナーレ


⑧三連画ライガルダス


⑨リトアニアの墓地


⑩おとぎ話(王たちのおとぎ話)


「祭壇」

「レックス(王)」



5/16の【オンライン講演会】ヴァイヴァ・ラウカイティエネさんによる「「ミカロユス・コンスタンティナス・チュルリョーニス(1875–1911):紙上に広がる幻想世界」、6/2つまり鑑賞当日の「【スライドトーク】企画展〈チュルリョーニス展 内なる星図〉」で予習して、いざチュルニョーニス展へ!

いよいよ現物に会える!



入口


(続く)



2026年5月26日火曜日

ナチス映画人気の秘密『終章ナチ・ハンター』

 

内容が内容だけになかなか大変かなと思いきや意外とすらすら読み進めることができた。ホロコーストに関わった人たちをどこまで断罪するのか。共同正犯か幇助犯か、時効と恩赦との攻防。司法官僚が仕組んだ時効の壁に別の切り口で挑んだ「工場理論」。しかしそれでも遅すぎた。結局”大者を逃して小者を罰する”になってしまった昨今(年代的に生存しているのは下っ端の者たちなので)。それでも”大者を逃したからと言って小者も逃していい訳ではない”とタイピストまで罪に問う。これまで観てきた「ナチス映画」の数々の復習でもあった。(これら人気の秘密にも迫る。)
ドイツの過去の克服は、いろいろあるにしても、やっぱり日本よりはかなりましである、という結論は変わらないのだが、上記のコメントにも書いたように、高齢でホロコーストに直接関わったとも言い難い元職員まで訴追し有罪にするのかという問題に加えて、首相を平手打ち…まではぎりぎり許されるにしても、誘拐してまで移送しようという某ナチ・ハンターには首を傾げる(おまけに過剰にイスラエル擁護)。ドイツ人の贖罪意識がシオニストにしか適用されていないのが痛い。 この本は刑事訴追に至るための追及の話で補償や謝罪はまた別問題ということで、リヒャルト・ヴァイツゼッカー元大統領の「荒野の40年」演説も出てこなかった。