アテネ・フランセ文化センターで特集上映があった際のレクチャーのメモなのではないか?
或いはエイゼンシュテインシネクラブで山田和夫先生か井上徹さんのお話だったかな。
*1934年トビリシ生まれ→音楽院→モスクワで教育 工学→映画大学
*現在はフランス在住
*2004年「イオセリアーニに乾杯」
*「四月」 実験的 卒業制作のつもりだった ”印象主義的象徴主義”
→身を隠し、労働者で働く 何か月か→卒業制作「鋳鉄」→卒業 監督となる
しかし
*「落葉」カンヌ受賞 ロシア語版を監督が禁止
*グルジア表記は嫌い→”ゲオルギア”「唯一ゲオルギア」「ゲオルギアの古い歌」
「歌うつぐみがおりました」
「田園詩」
*1979年移住 「グルジア語を母語とする」条項を削除する憲法案
*1984年 グルジアの人民芸術家を受賞
「月の寵児たち」ソ連で一般公開
(ここまでメモ書き)
イオセリアーニ、昔からソ連が嫌い、ロシアが嫌い、だけど映画教育受けたのはモスクワの映画大学なので、講義するとき例に挙げるのはエイゼンシュテインとかソ連の映画だったりするんだよね、と山田和夫先生がおっしゃっていた。
グルジア呼びが嫌いな人がいるのか、というのを知ったのはイオセリアーニがきっかけだったと思う。あの当時既にそれを主張してタイトルに「ゲオルギア」を入れていたから。ゲオルギアで良いと思う。アメリカの州名で呼ぶよりずっといい。あと、「じょるじあ」でしたっけ?昔の日本の書物に出てくる国名、それでもいいと思う。
ミハルコフとは思想信条まるで違いながらもテクニシャンで映画作りが実に上手く天才、とにかく面白い作品を作りはする。ただ、やっぱりフランスに行ってからの作品よりソ連時代に作ったものの方が100倍いいと思う。そういう意味でイオセリアーニはソ連あっての映画監督なのだと思うのだ。本人にとっては嫌だろうけど。
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