2015年12月27日日曜日

映画予定メモ

マフマルバフまだ観に行っていないな。「独裁者と小さな孫」

「消えた声が、その名を呼ぶ」(2014 ドイツ・フランス・イタリア・ロシア・カナダ・ポーランド・トルコ)
(「Шрам(傷痕)」)
ファティ・アキン監督

『ウンザ!ウンザ!クストリッツァ!』

「ロパートキナ 孤高の白鳥」




2015年12月26日土曜日

不完全版今年見た映画ベスト11

1.ジャファル・パナヒの「タクシー」
2.「ヴァ・バンク」「約束の土地」ポーランド映画祭
3.ミハイル・カウフマン(ジガ・ヴェルトフ弟)「春」
4.「クーキー」
5.「ブラックシー」及び「チャイルド44」
6.クリス・マルケル「笑う猫事件」
7.「タンジェリン」エストニア+グルジア
8.「マックスへの手紙」
9.「パレードへようこそ(原題:PRIDE)」
10「サンドラの週末」
11「ジミー、野を駆ける伝説」
番外:《川崎市市民ミュージアム特集上映》『戦争の記録と映画戦争映画の視点』セミョーン・アラノヴィチ「海に出た夏の旅」「トルペド航空隊」
「放浪の画家ピロスマニ」
「ボーダレス ぼくの船の国境線」
「草原の実験」
「イマジン」

2015年12月23日水曜日

明日のためのお料理

明日のお祝いのためボルシチやらゼリー寄せやら作っていた。



5月に近所のJAで買ったビーツで作っていた甘酢漬け、最後の一瓶を使ったので、春までボルシチはお預けかもしれない。

5月25日に作った甘酢漬け
 
 
お肉を煮てブイヨンを作っている間に、
・リンゴとセロリのヨーグルト和え
・ニンジンサラダ(マヨネーズは使わず、ヨーグルトとちょっぴり生クリーム、ニンニクとクルミ和え)
・この間のシチーに入れていた牛肉余りとセロリ、ニンジン、パプリカのゼリー寄せ
・リンゴのヴァレーニエ
を作る。
 
ヨージキは後で作ろう。

鶏ハムは切るだけにしてある。
あと、何かデザートを作る(たぶんゼリー系)。
文旦のピールはいっぱいあるけど…。

以上は明日のお祝いのためのお料理で、今日の夕食は九条ネギと白菜と豚肉の煮込み。

2015年12月22日火曜日

オデッサ・コスモス: ◆КНИГА『シベリアの掟』

オデッサ・コスモス: ◆КНИГА『シベリアの掟』: 遅まきながら今読んでいる『 シベリア の 掟 』、読みやすくておもしろいな。独特 の 掟 を持つ共同体(マフィアみたいな犯罪をものともしない集団だがある種 の モラルという仁義がある世界)は シベリア に存在するのかと思っていたら… シベリアの掟 著...

2015年12月15日火曜日

トルコの風のコンサート

トルコ航空主催のコンサートにマトリョーシカバッグにチェブラーシカタグつけたの持参で行った。伝統音楽になるのかな?歌詞は一言もわからなかった。割とウンザウンザの雰囲気で楽しかった。中でもスーフィーの旋回ダンス生で見られて感激。



トルコの風のコンサート@浜離宮朝日ホールで演じられたスーフィーの旋回ダンス 預言者アリへの愛を表現、とのこと。神秘的体験。

このコンサートでは写真も録画もOKとのことだったが、そうとは知らずデジカメやタブレットを持たず、携帯での撮影。
なので、きっかり15秒きり。
それと向きを変える方法がわからない。







2015年12月13日日曜日

イスラーム映画祭は続く

昨日はモーリタニア(マリ)、ドイツ(マリ)、モロッコ(フランス~トルコ・サウジアラビア等)、今日はイラン(レバノン、イラン)。
元々イラン映画ファンなのでイラン乃至西アジア作品を観たかったがトゥアレグ関連二本佳作を体験。中央アジアやウイグル作品もあったらなあ。

で、今日は待望のイラン映画「法の書」、ハーフェズ詩、コーラン朗読が多く、ペルシャ語とアラビア語が耳に快い映画だった。
最近は緻密で重たいアスガー・ファルハディ作品を観ることが続き、亡命イラン映画系「サイの季節」「タクシー」「独裁者と小さな孫」にしてもシリアスな系譜なので、初期マフマルバフ的と言ってもいいような、いい感じの映画に出会えて嬉しい。
大衆的で説明不要の面白さ。前半快調にコメディーで飛ばし、やや型にはまった人物造形だったりもしながら、ちらりと戦禍のレバノン、パレスチナに触れ。生真面目な信徒といわゆる原理主義者との違いは何だろうと考えたり。

イラン女性に加えレバノン出身のヒロインは美しいが、主人公おじさんは国際交流関係の仕事についているエリート、なのかもしれないが、婚期を逃しそうな(従軍経験が影響か?)、絶世の美男とは言い難い、しかもマザコンで上司にもはっきりものが言えないちょっと情けない男。
わざわざ改宗してレバノンから嫁入りしてくれた妻に対して、心遣いなさすぎ。
姑と小姑たちも絵に描いたように意地悪で漫画的だ。
イラン人もこういう橋田ドラマ的なのがお好きなのか。

(まだ書きかけ)

青いターバン

イスラーム映画祭で久しぶりにユーロスペースに行った。

劇映画「禁じられた歌声」とドキュメンタリー映画「トンブクトゥのウッドストック」はマリの古都ティンブクトゥまたはその近郊の遊牧の民トゥアレグ(自称ではケル・タマシェク)についての作品だった。
ケル・タマシェクやトゥアレグというのは初めて聞いた言葉のように思う。が、以前読んだ『アラーの神にもいわれはない』には言及があったかもしれない。衣装には青を好んで用い~やはり砂漠の民だから水は恵みとして青が愛されているのか、と思いきやむしろ空の色との認識であるようだ。で、他のイスラームの民と違って、顔や肌を曝さないような装いをするのはむしろ男性。ターバンで髪と鼻から下を覆い、ゆったりとした長袖の上衣とやはりゆったりしたズボンで体を露出させないようにしている。こういう特徴があるエスニックグループだとは、ほんと、知らなかった。


「禁じられた歌声」を観ていると、ソ連映画(グルジア)「希望の樹」が思い出された。
聖愚者的な女性の存在とか、愛する二人の運命、駆けて来て去って行く人(片や馬、片やバイクに乗っている)など。
「希望の樹」は古い因習・社会が恋人を引き裂く完全な悲恋ものだが、一方の「禁じられた歌声」は2012年1月のマリ北部独立紛争(「アサワド」独立を宣言、国際的には未承認状態)、その後「イスラーム・マグリブ諸国のアル=カーイダ機構」を名乗るいわゆるイスラーム原理主義者たち※によってティンブクトゥが占拠された当時の、その支配あるいは弾圧と、庶民の苦しみそして抵抗という、非常に今日的で社会的な要素てんこ盛りの、重たい映画であるので、単純な比較はできないが、監督はソ連の映画アカデミー出身(全ソ国立映画大学)とのことなので、同じ師匠筋かも?などど想像してしまった。
(ロシア語のウィキペディアを見たが、大学で誰に師事したかの記載はなかった。)

まずもって、映像の美しさは特筆すべきだろう。
ロングショットの多用はタルコフスキーやソクーロフを思わせる。
ああいう人たちが支配する地域では、なぜかサッカーが禁止され、「違反」した少年が処刑されたなんていうニュースも目にしたが、この映画では鞭打ち刑が言い渡される。
音楽やっていて捕まって同様に鞭打ちされる女性は、刑を執行されながらそれでも歌う。
歌って抗議、というより、その心境をそのまま吐露する。
それは壮絶な姿だ。
対し、違反とされたサッカーをそれでも止められるわけがなくて、少年たちがとった手段は”エアサッカー”とでもいうべき、ボールなきサッカーで、あたかもボールを蹴り、ドリブルし、阻み、シュートし、セーブしようとし、ゴールパフォーマンスをし、といったシーンがえも言われぬ美しさで心を打つ。本気で泣けてくる。
いや、実はばればれだろ、という突っ込みはなしで。
(ゴールも撤去した方が安全だよね、とは思った。)

「トンブクトゥのウッドストック」の方は、2011年1月に、ケル・タマシェクの民が一堂に会し、また外部の人々にも自分らの文化の発信をすべく開催された音楽祭「砂漠のフェスティバル」(音楽だけでなくラクダレースなんかもあるが)の、つまり上記の政変やアルカイーダ系の人々による占拠・支配の直前のドキュメンタリーだ。
あ、こういう自らの国家を持たず幾つかの国にまたがって分布する形で遊牧あるいは放浪する人たちが年に一回とか集まって絆を確かめ合うって、見たことあるじゃん、そう、ロマの人たちのあれと似ているかもって思った。
ケル・タマシェクの人たちの音楽は、きっといろいろあるのだろうけれど、音楽祭でやっていたのは、アフリカの伝統的な楽器というわけではなくて、エレキとかドラムなんかも用いながらのものだったりした。
ギターは「禁じられた歌声」でも出てきて、身近な楽器なのだろう。
イランあたりでも聞かれるような、女性の特色ある発声もあった。

(ゲストトークでも、青木ラフマトゥさんが実際にその声を出してくださった。)

※字幕では「サラフィスト」という言葉が当てられていた。


2015年12月11日金曜日

オデッサ・コスモス: ◆Спектакль森は生きている/12の月

オデッサ・コスモス: ◆Спектакль森は生きている/12の月: 年末年始の定番「森は生きている( 12 の月)」 « Двенадцать месяцев » 特集です。 ①劇団仲間公演「森は生きている(十二月物語)」  サムイル・マルシャーク作湯浅芳子訳髙田潔演出  12/23 (水・祝)~ 27 (日)・ ...

2015年12月6日日曜日

12月6日日曜日

今日はサンタクロースの日なので、普段だったら職場では皆で示し合わせて赤い服を着ていく。
が、去年は土曜日で(当番だった同僚は一人で赤い服を着ていったというが)、今年は日曜日。
仕方ない、職場には行かないが、教会と日比谷の集会、それに間に合えば上智に、赤い服を着ていくか。

昨日、上智の講堂で語劇祭のゲネプロがあり、ロシア語劇「委任状」を観た。
帰りに寄ってみたイグナチオ教会は、

 
まだ制作中。
 
我が家の玄関のサンタクロースならぬジェット・マロース(変な訳ですが…厳寒おじいさん)とスネグーラチカ(雪娘)などです。
 
中央赤いの:ジェット・マロース
その右青いの:スネグーラチカ
その右白いの:雪だるま
その右:犬かな?
その右緑:たぶんヨールカ
 
 
 


2015年12月5日土曜日

エスペラント・ブランキー

前項の「今年のクリスマスに贈る本」に書いた『くろうまブランキー』は、最初に出た時には、実は縦書きだったのだ。

 
 
写真右下が『「母の友」絵本33こどものとも くろうまブランキー』(初版)40円〒8円。
縦書き。
そして冒頭に「おはなしを してあげましょう。」という一文がある。
この文は、以降の『ブランキー』からはなぜか消えている。
 
左上は1967年新版、ビニールカバー付きと帯付き。280円。
「フランスの子どもたちがつくった、ほのぼのと心暖まる作品。絵もやわらかなふんい気をだしてお話にぴったり。親も子もぜひ一読してほしい。」
裏表紙の帯には作者紹介が載っていて、堀内さんはもちろん、伊東三郎も存命で、日本子どもを守る会常任理事というのが当時の”肩書き”。 
 
右上は現在の『くろうまブランキー』(2013年刷)
数年前に色鮮やかにプリントし直したとかいう話。
 
左下はブランキーの原文、つまりエスペラントでタイプ打ちされたもの。
ただ、原稿というわけではなく(絵が堀内誠一さんだとか書いてある。で、再話者については伊東三郎ではなくて、I.U.(イーウ)と書いてある。
この物語を作ったのはフランスのフレネ学校(現存しない)の生徒たちだから、厳密に言うとオリジナルはフランス語なのだろうが、フレネ学校の先生から伊東がこの物語を入手したのはエスペラントを通じてのことだったから、このとき既にエスペラントの「ブランキー」があったのだろう。
(伊東は大阪外語大のフランス語科中退なので、子どもたちの書いたフランス語から訳せないわけではないと思うが、フレネ学校の先生とエスペラントを通じた交流で、「ブランキー」を知ったはずだ。)
 
子どものころから、私は、ブランキーはカタカナで書かれている(一部振り仮名が付されている)のに、「さんたくろーす」とひらがなで書かれているのか不思議だった。
祖父に聞ければよかったが、さすがに疑問を持ったのは没後だったと思う。
なので、聞くことはなかった。
 
今改めて確認したが、『ブランキー』の文中でカタカナ書きされてしかるべき言葉は「ブランキー」と「さんたくろーす」だけであり、つまり外来語を使っていない(流石に「りっぱ」とか「しんぱい」とか漢語は少しあるが)。
他の絵本もそうだったのかもしれないけれど、ほぼ全編日本の言葉で書かれた児童書だったのだ。