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2024年9月23日月曜日

録画メモ:100人の子供が/映画はアリスから

 WOWOWでやっていたドキュメンタリー映画特集から

*映画はアリスから始まった

*100人の子供たちが列車を待っている

これは懐かしい。今は亡きBOX東中野で山形国際ドキュメンタリー映画祭の東京上映で観た、ずっと前のことだ。ラトヴィアの「踏切のある通り、ミシェル・カレフィやアモス・ギタイのパレスチナを巡る作品群・・・懐かしい。


10月からまた山形国際ドキュメンタリー映画祭の諸作品の特集上映があり、なんと「100人の子供たちが列車を待っている」のイグナシオ・アグエロ監督の新作「ある映画のための覚書」も上映されるのだ。今度も鉄道絡みの話のようだ。

カレフィ、いまはクレフィと表記するのか、「石の讃美歌」「ガリレアの婚礼」「ルート181」懐かしい作品もラインナップにある。パレスチナ特集があるからなのだが、厚有状況だから素直に喜べないな。早く、過去のことになって欲しい。

今日もフリーパレスチナのスタンディングに行く。

2022年2月5日土曜日

録画メモ:「83歳のやさしいスパイ」「ジュゼップ 戦場の画家」「エセルとアーネスト」

 録画していた「83歳のやさしいスパイ」家族と一緒に楽しんで観た。

私は去年シネスイッチ銀座で観て以来二回目。

セルヒオさんの優しさにじーんとする...が女性の部屋でもどんどん入っちゃうんだよね。

詩の朗読がまた心を打つ。


「ジュゼップ 戦場の画家」

これは公開時見逃してしまった作品。冒頭はなんとワルシャビャンカが流れる。

「エセルとアーネスト ふたりの物語」

岩波ホールでみたアニメーション。

2022年1月12日水曜日

岩波ホールの思い出

 岩波ホール閉館の知らせを受け、勿論とても残念なのだけど、最近の空席具合を見ると…、ミニシアターの中でも観客の年齢層は特別に高いから新型コロナ感染を恐れて常連さんたちが見に来るのを控えちゃったんだろうなあ、そして新しい観客層を開拓しようにも、今どき珍しい自由席制でオンラインチケットなしだし、何もかも老朽化しているから、何だか納得してしまっている。

最初に岩波ホールにやって来たのは1979年だったようだ。

「木靴の樹」

親友(というか、同性の友人でとても憧れていたので彼女と言ってもいいようなきがする)が、どうも私のことを”岩波ホール作品が好きそう”と思ったらしくて一緒に観に行こうと誘ってくれた。デートよろしく二人で観に行った。眠ったりはしなかったが、堪能するには二人共幼過ぎたと思う。結末が理不尽でやるせなくて二人で呆然とした…。

次に訪れたのが1989年の「三人姉妹」で10年も空白期間が生じている。この時以降ほぼ一人で観に行っているが、この作品もええ~!チェーホフがなぜこうなる???だった。

以下、私が岩波で観た作品(初上映岩波だが別の場所で観た作品、一般公開の場が岩波だがそれ以前に映画祭等で観て岩波では観なかった作品は含まない。)

1979

木靴の樹


1989

三人姉妹


1990

サラーム・ボンベイ ! 


1991

コルチャック先生


1994

苺とチョコレート


1995

ムアンとリット

青空がぼくの家

私は20歳

田園詩

青い山

若き作曲家の旅


1997

ヴィルコの娘たち


2000

パン・タデウシュ物語


2001

今日から始まる 


2002

この素晴らしき世界 

落穂拾い


2004

わが故郷の歌 


2005

亀も空を飛ぶ 

ベアテの贈りもの


2006

家の鍵 

死者の書


2007

サラエボの花 


2008

懺悔 

 待ちに待って四半世紀。遂に観られた!そしたらメラブ・ニニーゼのデビュー作だったのね。初々しいメラブ。

シロタ家の20世紀


2009

カティンの森 

ポー川のひかり

嗚呼 満蒙開拓団

シリアの花嫁 


2010 ほんの数年前観たような気がするが…

セラフィーヌの庭 

パリ20区,僕たちのクラス 

コロンブス 永遠の海

ノン、あるいは支配の空しい栄光

抵抗 死刑囚の手記より

海の沈黙 デジタルリマスター版


2011

やがて来たる者へ

遙かなるふるさと 旅順・大連

木洩れ日の家で 

サラエボ,希望の街角


2012

最初の人間

菖蒲

イラン式料理本

ジョルダーニ家の人々  

キリマンジャロの雪 

オレンジと太陽

世界の夜明けから夕暮れまで[全5篇]

汽車はふたたび故郷へ 

 このあたりももう10年経つとは。


2013

少女は自転車にのって

ハンナ・アーレント


2014

幸せのありか

ローマの教室で〜我らの佳き日々〜

大いなる沈黙へ—グランド・シャルトルーズ修道院

他人の手紙

ワレサ 連帯の男

家族の灯り


2015

放浪の画家ピロスマニ

光のノスタルジア

真珠のボタン 

パプーシャの黒い瞳 


2016

皆さま、ごきげんよう

みかんの丘

とうもろこしの島

緑はよみがえる


2017

女の一生

残像

娘よ






2018

葡萄畑に帰ろう

少年スサ

ダンサー

微笑んで

他人の家

デデの愛

私のお祖母さん

スヴァネティの塩

ケトとコテ

大いなる緑の谷

少女デドゥナ

メイダン 世界のへそ

ヒブラ村

告白

陽の当たる町

ブラインド・デート

あぶない母さん

放浪の画家 ピロスマニ

映像

西暦2015年

モアナ 南海の歓喜

懺悔

希望の樹

祈り

ゲッベルスと私

マルクス・エンゲルス




馬を放つ

花咲くころ




2019

リンドグレーン

田園の守り人たち

ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス

12か月の未来図

こどもしょくどう

ナポリの隣人

エセルとアーネスト-ふたりの物語

少女は夜明けに夢をみる




2020

シリアにて




2021

ブータン 山の教室

ペトルーニャに祝福を

大地と白い雲

 


夢のアンデス


2022

ユダヤ人の私

 最近行った(今年の映画初め)


これからグルジア映画特集!
フリーパス購入済み


リニューアルオープン、無理なんだろうか?
再上映して欲しい作品が山盛りなのだが。

2021年9月4日土曜日

世界一やさしいスパイ

 


最近ラテンアメリカ映画づいていまして、ペルーの「名もなき歌」、アルゼンチンの「明日に向かって笑え」に続いて、今度はチリの「83歳のやさしいスパイ」@シネスイッチ銀座

「ハニーランド~永遠の谷」がドキュメンタリーというのと同じくらい驚愕。

主役セルヒオさんが「マイ・インターン」のデニーロみたいに素敵な爺様。

ストーリーには全く絡まないが、特養ホームには猫様が棲息、数匹がのんびり出演されていた。

特養ホームの男女比が10:1くらい?で圧倒的に女性が多いのって、女性の方が長寿というのもあるだろうけれど、高齢男性は配偶者とか周囲の人に面倒を看てもらえる割合が高いけれど女性は家族で看てもらえなくて施設へというケースが多かったりもするのかと思ってしまった。

このドキュメンタリーに出てくる女性たちは皆可愛らしくて(というと失礼なのかもしれないが)切ないなあ。

一方、少ない男性の入所者さんたちはセルヒオさんとどうつきあっていたのだろうか。そこは全く見えなかった。この新入りさんに嫉妬するかしらん?

ホームはカトリック系で皆さん篤い信仰をお持ちのようで職員さんも親切。ただセルヒオさんがやすやすとスパイ活動できちゃう緩さは至る所にある。セルヒオさんは悪意ないにせよ異性の個室にノーガードで侵入できちゃうのは施設としてどうなのか???とは思った。

セルヒオさんの報告がそうなるだろうことは割と予想できたよね…。


2020年11月23日月曜日

録画メモ:リアリティーのダンス/最強のふたり

1.リアリティーのダンス

2.最強のふたり

どういう組み合わせなんだ、と我ながら思う。

(本当はチリせめてラテンアメリカでまとめたかった。)

2017年8月30日水曜日

録画メモ

「コロニア」
「アルバート氏の人生」

「コロニア」はピノチェト政権下に実在した狂気のナチス残党の巣窟の話。怖いよ~。でも、普通の人達に紛れ込んで生き延びたナチス残党ももっと怖いかも。

チリの闘いからノスタルジーまでの狭間で

 去年「チリの闘い」を観て振り返るのによい頃だったのみならず、起こったことをなかったことにする、忘却させようとする何やらが蠢くのを感じる今日この頃誠にタイムリーな企画になってしまったこと。「ピノチェト・ケース」「チリ、頑固な記憶」「サルバドール・アジェンデ」のDVDも是非作って!

圧倒的な情熱を込めた「チリの闘い」から癒しと慰めにフォーカスされていくような「光のノスタルジー」「真珠のボタン」に至る途上にあるこれらの作品、再見して改めて感動する。DVD化望みます。

「チリ、頑固な記憶」ようやくピノチェトが失脚して、作家オルテガが送った楽譜で若い楽隊がベンセレモスを演奏して街を歩く。涙ぐむ人、Vサインする人、物珍しそうに見守る若い人。23年ぶりだったと。
「チリの闘い」上映前後の若者達の発言も興味深い。ネタばれすると、ショックで泣き出す。
ドキュメンタリー観る前は「共産主義者を駆逐するためには犠牲もやむなし」みたいなこと言う人もいるのだ。ピノチェト政権下で生まれ育った若者の中には。(「ピノチェト・ケース」ではピノチェトの友人が他の南米の国と比べると犠牲はちょっとだった」と堂々と言っているけど。)観た後の衝撃の涙は尊い。

「ピノチェト・ケース」において、ピノチェト告発に関しては、当初チリ本国で人身保護命令申立をすれどもすれども却下され続け、英国滞在中のスペインでの告訴で事態が動き、英国でも引渡に関して司法界で綱引きが行われ…と、人権の国際化の流れと法曹の国を越えた連帯が感動もの。
このドキュメンタリーには、当然ながら、アルゼンチンの独裁政権に対する言及もちらっと出てきます。
ただ、少なくとも日本では(世界的には不明)ピノチェトに比べてビデラの悪の知名度はかなり低いですね。告発側の文化人に、チリには大物が多いようなのが、その差になっているのでしょうか…。
この私のツイートに関して、ピノチェトがほぼ単独の独裁だったのに対して、アルゼンチン等は陸軍による集団的なものだったからではないかとの興味深い示唆をいただいています。
そう言えば、私がアムネスティに入った頃(1990年代)は、中南米独裁政権への抗議と彼の地の良心の囚人支援が盛んに行われていたのだけれど、責任者を明らかにして処罰してくださいという手紙を何度も書いていた…。
あと、スペインのフランコ独裁とポルトガルのサラザール独裁の違いについては、市之瀬先生が書かれていたなあ。

8月27日日曜日夕刻、渋谷ハチ公前でヘザー・ヘイヤーさん追悼集会に参加しました。
「チリ、頑固な記憶」でのピノチェト政権下友人を殺された人が言う「過ちは多くのことを忘れようとしたこと。彼の死をもっと泣けばよかった。」という言葉が思い出されてならないのです。

2016年10月10日月曜日

チリについての映画

グスマンのドキュメンタリー映画続けて観ていて、ついでに、と「コロニア」もやっているんで観てきた。

が、プログラムが品切れ!
(その後、渋谷で入手)
キャスト欄を観ていたら脇役2人の女優がルクセンブルク出身なのに驚く。
野外シーンの多くがルクセンブルク郊外での撮影であったりもする(チリへは勿論取材には行っているが当地での撮影は「人道的な観点から」←って何?許可されなかったという)
※監督はドイツ人、ブリュールとヒロインなどはドイツ人設定(但しなぜか英語しゃべる)であるが、ドイツ・ルクセンブルク・フランス制作作品

ピノチェト政権完全悪役。これ、大前提。
そして、元ナチスとピノチェト政権、当時のドイツ政府の繋がりもかなり露骨に示す。

にしても、ブリュール演じるダニエルがなぜアジェンデ派に入れ込んでいるのかとかあんまり丁寧に描かれてはいなくて、社会派要素は案外薄い。
ちょっとした集会でスピーチするのも英語で、まあちょっとベンセレーモスとか言いはするけど。

脱出劇としてみたらまあまあおもしろい。
「君のためなら千回でも」よりは。

2016年9月13日火曜日

チリのドキュメンタリー

8月24日
アテネフランセでパトリシオ・グスマン「ピノチェト・ケース」。チリの元元首をスペイン司法当局が断罪に踏み切ったのは何故か、実際可能なのか、興味深い。スペインの独裁の歴史とも深く関わる。刑法体系が現在の形になって間もない98年、スペイン法曹の意気を感じる。チリの人々の明るい頑張りも。

8月25日
アテネフランのパトリシオ・グスマン監督特集第2夜「チリ、頑固な記憶」 昨夜観た「ピノチェト・ケース」の4年前の作品。ロンドンでピノチェト糾弾で盛り上がっていたチリの人達だったが、独裁が終わって23年ぶりに演奏される「ベンセレモス」に道端の人達は戸惑いながら拍手とVサイン

そして、昨日9月12日。
『チリの闘い』@ユーロスペース
 
                        
チリの闘い」3部まで一気に観た。クーデター、その後の苛烈な弾圧という史実がわかっているだけに、人々の笑顔が観ていて辛かったが、言いも知れぬ美しいラストシーン。さてもう一度観なければ。 

2010年10月15日金曜日

私たちは勝つ

チリの落盤事故現場からの救出作業を観ていた母が、「久しぶりにこれを聴きたくなった、どうにかして聴けないか」と持ってきたのが、
「アマンダの思い出 佐藤光政」
という、カセットテープ。

佐藤光政さん、さすが芸大!という美しいバリトン歌手。
岸本力さんのバスはやはりロシアがぴったりだけど、佐藤光政さんはラテンがあっていますね。

A面
1.コンドルは飛んでゆく(ペルー)
2.インカの母(アルゼンチン)
3.パラナ川のいかだ乗り(アルゼンチン?)
4.まわれ ひまわり(?)
5.アマンダの思い出(ヴィクトル・ハラ作・チリ)
6.農民の願い(ヴィクトル・ハラ作・チリ)
7.勝利の賛歌(映画「死刑台のメロディー」のテーマ、アメリカ)
8.天使のハンマー(ピート・シガー)

B面
9.ラ・パロマ(キューバ)
10.カプリ島
11ククルクク・パロマ
12ラ・マラゲーニャ
13ラ・クカラーチャ
14シェリト・リンド

でもカセットテープか~。
やっと会議用のカセットテープレコーダーを探しだして聴くには聴きました。
割といい曲ですよね。
(元はLPだったと思う。それには詳しい曲の解説もあったのにな。)
CDにしておきたいものだけど。
レコーダーとPCを繋いでなんかすればできるのか??

チリの歌は意外と少なくて、5と6.
どちらもハラのものです。
私もあの救出の映像を観ていて、ハラの歌を思い出していました。
「平和に生きる権利」とか。

あとは、「ベンセレーモス」ですよ。
私が受洗するときに教友になってくれた人とそのお友達が、少々お酔いになったときに、肩を組んで歌う歌がこれでした。



「ベンセレーモス」は「私たちは勝つ(venceremos)」だそうです。

「12の椅子」に書いているアレクサンドル・メルケルくんのインタビュー(昨年10月)の訳の続きは今日はお休み。
インタビューはロシア代表で好きなのはアルシャーヴィンとジルコフとザゴエフで、という話から、ワールドカップ予選の話になって、対ドイツ戦、プレーオフの対スロヴェニア戦、さらにCLグループリーグのルビンとインテル、バルセロナの話になりますが、このあたりは恐らくカットします。
訳しません!
メルケルくんはロシア代表のことを「наши(我が同胞、身内)」と言い、「100%僕らが勝つ(Россия победит. Сто процентов! Без проблем.)」と言っているのです…。