マリーゴールド・ホテルで会いましょう
さすが名優の集まりだった。「グランド・ブダペスト・ホテル」とか最近観た「ニューヨーク 親切なロシア料理店」と同じようなテイストだとは思う。
マリーゴールド・ホテルで会いましょう
さすが名優の集まりだった。「グランド・ブダペスト・ホテル」とか最近観た「ニューヨーク 親切なロシア料理店」と同じようなテイストだとは思う。
半年ほどの展示期間があったのだが、最終日の前日に駆け込み鑑賞となった。
高麗博物館の「ハンセン病と朝鮮人ー差別を生きぬいて」
新型コロナウイルス感染拡大防止のために予約制、HPから当日数時間前に予約して、なんとか滑りこんだ。
職安通りを歩いていると、向こうから知った顔が。あちらも気が付いて「あら、こんなところで」と声をかけあう。確かめなかったけれど、彼女も観てきたところなのだろうか?
展示良かった。いや、ほんと差別酷いんだけど!!
#肉球新党 の #憲法セミナー の講師もされた原武史先生の指摘がなかなか鋭い。曰く「貞明皇后の残した『負の遺産』であるハンセン病患者隔離政策への『贖罪の祈り』」 展示は、天皇家の救らい事業もハンセン病者の差別支配の政治利用の一環と指摘、「天皇制の責任は依然問われ続けている」
天皇家の責任にしっかり触れているのはさすがだ。
日本のハンセン病者絶対隔離を推進した光田なる人物は患者の無断解剖、断種手術や堕胎(法的根拠はない、という)を行い、隔離に反対の立場の医師を学会から葬り去り、しかししっかり文化勲章を受章。朝鮮人に対する差別感も酷い。まるで犯罪者扱い。まあ、こういう人物だから出世したのかなあ。吐き気がしてくる…
結婚の条件として断種させられるのだが、展示によると結婚によって男性患者の逃亡防止をねらうと。家庭を作ってしばりつけるという発想か。この人、優生思想で男女差別民族差別でがんじがらめ。ただきっとこういう人は特別じゃなかった。
1.ホワイト・クロウ 伝説のダンサー
ロシア語で「白いカラス」というと「変わり者」という意味なのだけど、その実ロシアのカラスは黒くなかったりする。
最初に出かけた国外旅行はソ連だったのだけれど、泊まったホテルの周辺で黒くないカラスみたいな鳥を見た時に「カラスだけど黒くないなあ、いったい何なのだろう?」と思ったが、結局カラスだったようだ。
1.ラスト・ワルツ
2.エンツォ レーサーになりたかった犬とある家族の物語
3.シンクロ・ダンディーズ!
4.12人の優しい日本人
上智大学ヨーロッパ研究所主催講演会「ジェンダーの観点から読む世界文学 男たちが描いてきた女性像」終了。沼野先生がプーシキン・レフ=トルストイ・チェーホフ、そして最後にちょっとだけクンデラと村上春樹を爆走解説。
プーシキン『エヴゲニー・オネーギン』レフ=トルストイ『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』チェーホフ『子犬を連れた貴婦人』『可愛い女』クンデラ『存在の耐えられない軽さ』村上春樹『海辺のカフカ』(村上春樹は一冊も読んでない)
『オネーギン』『子犬を連れた貴婦人』『存在の耐えられない軽さ』ではチャラ男と健気ヒロインが出会ってチャラ男が真剣愛にはまる(チャラ男も作者もそこで変化成長する)。ただ『戦争と平和』ではナターシャの方がむしろチャラいのではないかな
『アンナ・カレーニナ』に関しては、カレーニンはチャラいわけではなく、世間体云々というよりアンナに歩み寄ろうという部分もあったように思えるので、そんなに酷い男だとは思えないのだが。むしろヴロンスキーが、ヴロンスキーがねえ。愛するに値する男だったのか
『アンナ・カレーニナ』は主なものだけでも10本以上映画化されていて、どれも監督名よりもヒロインを演じた女優名で記憶されている、そうである。確かに監督名記憶しているのはアレクサンドル・ザルヒだけ。バレエ映画でいえばマルガリータ・ピリヒナ。これも実質プリセツカヤの映画だが。
沼野先生が何度かおっしゃっていたけれど「古典文学の登場人物は真面目に人生のことを思考している」イメージ持っている人ってそんなに多いの?割と嫌な奴・好きになれない女が出てくる(その方がドラマティックになるから?)と思っていたけど。まず『戦争と平和』のナターシャがあまり好きになれぬ
人生に悩んでいる真面目な人物のイメージは、今回取り上げなかったドストエフスキーの作品にあるんじゃないかしら。(ラスコーリニコフとかいろいろ苦しむ割には自省すべきところをスルーしている感じもあるけれど)ロシア文学に限らないだろうけど女性の存在都合よすぎなのは男性から観た視点だからね
1.暁の七人(1975年)
「死刑執行人もまた死す」「ハインリヒを撃て」と同様エンスラポイド作戦の映画の一つ。
2.世界遺産 時代の記憶 プラハ
3.世界遺産 時代の記憶 チェスキー・クルムロフ
ごたまぜのDVDだった
1.NHK高校講座 世界史 ロシア帝国 2015.4.21
2.料理の基本 ザ・ワールド ロシア料理 2015.5.13
3.未来世紀ブラジル
4.目で聴くテレビ(映画「ザ・トライブ」解説)2015.6.21
5.地球タクシー5ミニッツ サンクトペテルブルク
1本目
「聖なる犯罪者」、ポーランド映画祭のポーリッシュ·シネマ·ナウらしい佳作。来年の一般公開が楽しみ。→公式サイト
救いがあるのかないのか微妙なラスト秀逸(私は好みだ)。「異端の鳥」にも通じる普通の人々の中にある排除と欺瞞と暴力に震撼する。
主人公青年、どんな罪を犯して少年院入りしたのかは明かされないが作中説教では「私は人殺し」と語っているのが比喩ではなくほんとうなのだろうか。心根の腐った悪者ではないが善人でもなく(この作品にほのぼのした善人は一人も出てこない。皆闇を抱えている)、そしてこのまま無事社会復帰できるような人物かというといやいやぶっとんでるよなあ、やっぱり、というのを、バルトシュ・ビィエレニアが狂気がかった熱演していた。
毛色は全く違うが、観客を途方に暮れさせるラストで、カネフスキーみたいな。
監督のヤン・コマサは「リベリオン ワルシャワ大攻防戦」の人か。あれ、お金出して観て損した唯一のポーランド映画であった。ポーランド映画にも駄作は存在するものだと認識させてくれた貴重な歴史的逸品。でも「聖なる犯罪者」は普通によい映画なので安心しご覧ください。
2本目(というか2枠め)、「マルツェル・ウォジンスキの世界」
「マイクテスト」「なにがあっても大丈夫」「配達されなかった手紙」
割とノーマルで、感じはいいが、それほど新鮮味はない(のは初期キエシロフスキを想起するからなのだろう)。
3本目、ポーランド映画祭「ヨハネ・パウロ2世 あなたを探し続けて」予想されたことだけど褒め称えることに終始して批判的な視点はまるでない(当然)。伝記映画でもレムとかマダム・キュリーとかアイヌ民俗学者のピウスツキ・ブロニスワフほどには思い入れないこともあって”ああそうですか”で終わった。
私はポーランド人でもカトリック教徒でもない(メソジストです)のでついついこういう冷めた評価をしてしまうけれどヨハネ・パウロ2世に心酔している方ならばっちり入れ込める作品と思う。現教皇の幅広い活動も彼が築いてきた下地あってのものであろうし。
1.Pina 踊り続けるいのち
録画して自宅のTV画面で観ると普通になっているのだろうな。
放映は2014年8月23日。
2.大人の街歩き ルクセンブルク/ニッテル(ドイツ) 2014.12.25
1. 陽のあたる教室
2.いつも心に太陽を
3.地球ドラマチック マンモス復活大作戦
何でこういうことを試みるのか、実は理解できていない
4.名曲アルバム フィンランディア シベリウス
1.戦争と平和(ヘプバーン)
2.ひまわり
3.シリーズ世界遺産100 バイカル湖
4.名曲アルバム シェエラザード リムスキー=コルサコフ
5.名曲アルバム チェロ・ソナタ ラフマニノフ
1.グレートネイチャー カザフスタン
2.地球バス紀行 キルギス
3.時を刻む ブハラ
4.カザフスタン
5.空白のシルクロード ウズベキスタンの世界遺産
6.空白のシルクロード カザフスタン
これ、昔々同僚からBSで録画したのを借りてみたのが最初だったと思う。
後々自分で録画出来た。
じっくり味わい深い。
「バベットの晩餐会」
「ボルク/マッケンロー 氷の男と炎の男」
残り17分
今まで(かなり昔)に撮っていたもの
*黒澤明「白痴」”Идиот"
*林修の世界の名著『罪と罰』"Преступление и наказание "
最近再放送していたけれど、元々は2015年の放映だったのか。
アメリカ人のゲストを呼んで、キリスト教の背景についてはあなたには敵わない、と林先生は相手を持ち上げていたけれど、何せアメリカ人なので、特にロシア的な背景に言及があるわけではなく、キリスト教に関しても正教に造詣が深いわけでもなさそうだった。ラスコーリニコフ、名前からして”分離派”(旧教徒)を連想させるようになっているんだけれど。
NHK世界遺産100:ノヴォデヴィチ修道院
名曲アルバム:「四季」から”6月”チャイコフスキー
名曲アルバム:「ペーチャとおおかみ」プロコフィエフ
名曲アルバム:交響曲第3番”神聖な詩”スクリャービン
地球タクシー:サンクト=ペテルブルグ
これ、インターナショナル版とかでカットしていない?主人公はドイツ軍に志願して2度勲章を授与されているけど終始「選択できなかった」=仕方なかったで連合国側の再教育失敗例か?こんなに戦争責任に甘いドイツ映画を観るのは初めて。こういう時代になっちゃったのかな。
※原作の『ペインテッド・バード』は未読。
「異端の鳥」場所は特定しないようにってことだけどドイツ軍ソ連軍(赤軍?)コサック入り乱れて民衆がそれにまして自主的に残酷で、ポーランド映画祭で観た「ルージャ」や「ヴォウィン」みたいでウクライナ~ポーランドをイメージしてしまった。
ああいう異質分子排除はヴォルィニに限らないのだろうが。軍やコサックみたいな武装した人が暴力的なのは当然だとして(それも十分恐ろしいしコサックの残忍ぶりは意味不明だったが)普通の村人が何かの拍子で手が付けられない暴虐を露わにするのが怖いことで全く他人事じゃない。遠くスラヴの地のこと大戦中のことでは終わらない。
人工言語スラヴィック・エスペラント(沼野充義先生が書かれた解説ではインタースラヴィク)使用というのでどんな感じかと聞き耳たてていたがたぶんエスペラント語とは違う、スラヴ系の共通語らしく作られたというので教会スラヴ語みたいなのかと想像したり。スラヴ系でない俳優の台詞がぎこちなかったのはいたしかたあるまい。
ドイツ軍はドイツ語、赤軍の人はロシア語しゃべっていた。つまりロシア~ソ連はドイツと共にスラヴィック・エスペラントが話されるこの地域の向こう側、外の世界という明確な視点が示されていた。スラヴィック・エスペラントは字幕見ながら聴いてところどころ聴き取れる程度。
あと「炎628」のフリョーラくん=アレクセイ・クラフチェンコが出ているね。「異端の鳥」で主人公演じた少年にトラウマにならないようなケアはあったと思うけど、クリモフ監督も彼に気を配ったらしく、その甲斐あってか全然トラウマになっていないみたいだな、クラフチェンコは。戦闘映画大好き俳優になっちゃったものね。「炎628」のようなファシズム告発ものではなくて、”愛国”的で好戦的で民族差別的にもなりかねないような作品にも厭うことなく(たぶん)出演しているんだから。
あんまりこれまで観たあれこれの映画に似ている似ていないと論じるのもなんだが、暴力的ではあっても映像はむしろ美しくグロいのは限定的なのでアレクセイ・ゲルマンやバラバノフじゃないからそれほど拒否感はなかった。動物虐殺場面はきつかったが。
ソ連映画で言えばエレム・クリモフの「炎628」が連想されるだろうけど(フリョーラ少年演じたクラフチェンコを冷静なソ連軍人役に起用しているのは監督が狙ったとしか思えないあざとさを感じる)映像の美学に関してはむしろクリモフの伴侶だったラリーサ・シェピチコ「処刑の丘」か。
民衆の暴力、民族浄化に至る累々とした虐殺はウクライナの歴史映画大作「ヴォウィン」が思い出される。
ハンガリーの子ども虐待扱った「誰のものでもないチェレ」や、ロシアのカネフスキー「動くな、死ね、甦れ」も連想された。
通常版とダイナミック完全版と最強ディレクターズカット版と3回観て(あざといな)どれもそれなりに楽しめたけど、このあいだ放映されていて録画したのはたぶん通常版。
好みなのはやはり「鬼戦車T-34」の方ですね。
「フジコ・ヘミングの時間」
「フジコ・ヘミング 教会ソロ演奏 2020 ~くすしき調べ、とこしえなる響き~」
「ニコライ・カプースチン」
「チャイコフスキーピアノ協奏曲」
冒頭のパイプオルガンの響きが懐かしいなあと思ったら何のことはない、母教会阿佐ヶ谷教会での収録でナビゲーターの陣内大蔵牧師が奏でていたのだった。いつも聞いている教会のオルガニストと弾き手は違ってもパイプオルガンの音は聞き覚えがあったという訳。
フジコ・ヘミングの演奏は勿論、実は陣内牧師の演奏が家人(ノンクリスチャン)にはうけがよかった。
録画していない「フジコ・ヘミング ソロコンサート ~いと小さきいのちのために~」もWOWOWで26日まで配信しているから視聴しておかねば。
追記:
その後になるが、別のディスクに
「フジコ・ヘミング 教会ソロ演奏 2020 ~くすしき調べ、とこしえなる響き~」
「フジコ・ヘミングソロコンサート ~いと小さきいのちのために~」
「クラシック倶楽部MAGNUMTRIO」
を録画。 「フジコ・ヘミングの時間」を一緒にできず。
「フジコ・ヘミングの時間」は2021年2月28日までWOWOWでオンデマンド配信中
やっと読み終えた。
今読むと辛い戯曲である。
主人公医師ガレーンはアレクセイ・トルストイ(とヴィクトル・ツォイ)の『技師ガーリンの双曲線』を連想してしまうが、ガレーンさんはあくまで平和主義者のいい人だった。
2本目のムヒカさん映画
「ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ」後半の東京外語大での講演で男子学生が「愛のために争うこともある、好きな女性を巡って他の多くの男性と争って彼女を得たいと思うのでは?」みたいな質問をしててああツイッターによくあるような女性を獲得対象にしている人かと感じてたら率直に言って前大統領を前にそういう質問の仕方をしちゃうのもう少し何とかならんのかなと思ったのだがムヒカさんはさすがにあからさまにばかにはしなかったけれど「それは多分に男尊女卑の考えですね」とびしっと述べていたのは当然とはいえやはりマラジェッツ!
ムヒカさんの言葉を正確に再現はできないが「彼女の方があなたを選ぶかどうかの問題、無意識かもしれないけど彼女は自分のためというより人類にとってよりよい選択をする」とまとめていた。君、彼女に選ばれるように自分を高め給えよと祈ってさしあげたよ。
ロシア語の原題は"Былое в памяти моей"(私の記憶の中の過去)。
日本語の改題はドラマチックになりすぎている感じがしないでもない。ナギさんの人生はドラマチックではあるけれど、訳者解題にあるとおり「ナギさんは数奇な人生を送ったとも言えるし、平均的なソ連人だったとも言える。」革命記念日に生まれたこととそんなに関係はなかったな。
ギンズバーグというと、今でも小説家のナタリヤ・ギンズブルグの方を想起してしまうが、今日は”RBG”でお馴染み、アメリカ最高裁判事ルース・ベイダー・ギンズバーグの訃報に接した。
85歳。
彼女については昨年「RBG 最強の85歳」というドキュメンタリー映画と「ビリーブ 未来への大逆転」というドラマ映画が相次いで日本で公開されたのだが、「RBG」の方を4月4日にヒューマントラスト有楽町で「僕たちは希望という名の列車に乗った」と一緒に観たが(混雑具合は「RBG」>「僕たち」だった)、「ビリーブ」の方は見逃していた。
「RBG」よりは「僕たちは希望という名の列車に乗った」の方が印象深かったので、特に感想のメモを残していない。RBGという人物は、とても努力家の秀才で、パートナーに恵まれたアメリカのエリート法曹の女性で、とても手の届く世界の人に思えなかった。
その後、見逃していた「ビリーブ」については、今年の夏休み中にWOWOWのオンライン配信で「RBG」とセットでやっているのを知り、ようやく観ることができた。(両方観た。)
ドキュメンタリーの「RBG 最強の85才」では努力に努力を重ねる無敵で最強の女性法曹、しかも最高の夫と共に生きて、恵まれた人生送っている特別な天才って感じでとても親しみが沸く人には思えなかったが、「ビリーブ 未来への大逆転」では挫折と失敗を繰り返して進んでいくのがよかった。
インタビューでは過去の挫折についてはそんなに語りたくはなかったのかもしれなくて、とにかくばりばり時代を切り開いてきました、という感じになっていたのに対して、「ビリーブ」だと時代柄法曹も女性差別がふんだんにあってロースクールで学ぶのにも教職から嘲笑され嫌味を言われる(同様の言説は日本の司法界でも当然あって、それはそれはそっくりなのに苦笑せざるをえなかった)。法律事務所への就職は尽く断られる。というわけで、当初は法廷に立って弁論する道が開かれず、大学に残るしかなかった。
そうか、この人も決して人生上手くいっていたわけじゃないんだ、ということは、ドラマ映画の方で知った。
彼女の主張で賛成しかねるものも幾つかはある。女性の残業規制は女性差別だから撤廃を、というのは方向が逆(過労死する自由か?男女とも規制すべきでしょ)。その辺り、やはり彼女もアメリカの社会・法体制下での時代の子なのだと思う。AOCことアレクサンドリア・オカシオ・コルテスに感じるのとは全く違う。
しかし、マイヤ・プリセツカヤのときも思ったけれど、ずっとずっとお元気で活躍されるという気がしていた。
『コリーニ事件』、原作を読んで”お気に入り”として某所で感想文も書いていた。(といってもワールドカップアジア予選イラン対韓国の試合観ながらの不真面目なものだったが。)
なので、映画も必ず観たいと思っていたのに、せっかく新宿武蔵野館で上映していたというのに、新型コロナですっかりスケジュール調整が狂ってしまい(短縮業務のうちは仕事の後映画に行くというのも心理的に憚られた)気が付くと夜の回はやっていなかったので、二番館目当てということになった。渋谷アップリンクファクトリーでやっていて、しかもそこはミニシアターエイドで指定した映画館だった(アップリンクに纏わる某事件が明るみになったのは指定した後だったのでちょっぴり後悔しないでもなかった)が、「ハニーランド」も続けて観るつもりで、はるばる都外の、新百合ヶ丘までも出かけてしまった。
8月22日、夏休みの初日、岩波ホールへ。
「シリアにて」初回、冒頭3分で思い出した。観たことあった。なのでそれぞれの夫のことも記憶に残っていたが終わったら手に汗握ってた。
イスラーム映画祭でしたか?ユーロスペースだった気がする。フライヤーとかの紹介だとあの映画だって全然気がつかなかった。女は辛いよ。まして戦争下だもの。
初回だったから上映前にご挨拶があったけど、岩波で上映する62番目の国となったのがレバノンだそうで。(勿論合作映画である。) しかし今までレバノン映画やってなかったとは意外!
レバノンは文化程度高くて映画産業盛んだった、特にアラブの娯楽映画に関してはエジプトと並んで音に聞くものだったという。レバノンの人は美しいし。戦争で疲弊した時代があったとはいえ今まで岩波ホールで上映していなかったとは信じがたい。私が好きなレバノン映画は何といっても「西ベイルート」素敵な青春映画だ。
れと短編サッカー映画「ナイス・シュート」原題:ملعوبةも好き。というか嫌いなレバノン映画は今までのところない。
まあこの「シリアにて」はレバノンを題材にしたものではないがレバノン人女優のディアマンド・アブ・アブードが熱演していてレバノン健在を示していて嬉しい。
高校の最寄り駅だった国立駅は駅前放置自転車ワースト1で名を馳せたこともあったが、桜並木の大学通り、旭通り、富士見通りの文教地区の割とオシャレな街並みとともに、赤い三角屋根の駅舎が忘れ難い。
高校時代、そして卒業後、被爆者援護法制定要求の駅頭署名などで駅や駅前を利用していても特にレトロとか感慨もなく普通に通り抜けたり待ち合わせしたりしていた。当然写真を撮ることもなかった。
が、その駅舎は一度は人々の前から去ったが、なんだかんだ言って「帰って来た」のだと。
2018年12月2日ヘイトスピーチのカウンターで日曜の朝から出かけた時は建築中で、横断幕を持って工事中の南口に立ったな。寒かった。
復活の駅舎の公開は4月3日だ、と今も国分寺に住んでいる同窓生が年賀状で教えてくれたけれど、ウィルス感染拡大防止のために延期になり、6月から開館、7月からイベントも行われるようになったらしい。
この休み中に行って来るかな。国立にはもう東西書店も野ばら手芸店もなくなってしまったが。
昨日は #0823NHK前抗議 #ひろしまタイムラインは差別扇動を認めてコメントを出せ で代々木公園はNHK前まで行って来たのだが、渋谷からじゃなくて原宿から行った。
開始時間の18時をまわりそうだったけど、原宿駅で写真を撮らずにいられなかった。
原宿駅の駅舎も、8/24から取り壊しが始まってしまうという。
NHK前のスタンディングは18時から19時ちょうど、黄昏の薄闇からとっぷりと夜空になって三日月が参加者に微笑みかけているような、昼間の暑気もだいぶ和らいで、ただ立っているのもそんなに苦にはならない(気候としても時間的にもちょうどよい)スタンディングだった。呼び掛けた方の締めの挨拶を聞くと、期間限定の川本喜八郎先生のアニメーションンの配信を何としても観たいという気持ちがあるものだから、そそくさと原宿駅に向かった。しかしそこで再び足を留めて駅舎に名残を惜しんだ。
国立駅の駅舎とは違って、原宿駅の駅舎にはさほど思い入れはない。
高校時代には偶に竹下通りに遊びに来ていたけれど、中国雑貨のお店「大中」はもうないんだよね。
勤めるようになってから、特にメーデーを代々木公園でするようになってからは5月1日に人混みの駅を抜けて公園へと急ぐ年中行事になっていたと思い出す。この通路を歩いて行った…
Ну, прощайте, моя родная станция "Харадзюку"!
为了您和我们的自由!
За вашу и нашу свободу!
あなた達と私達の自由のために!
Za vaši i naši svobodu!
Za naszą i waszą wolność!
For our freedom and yours!
「東京イラン映画祭」の名前で赤坂コミュニティぷらざで行われるのは今年で3回目、映画祭としては5回目とのことで、肉球新党で広島に行った2017年、広島のミニシアター横川シネマで「広島イラン 愛と平和の映画祭」があり、その作品を東京でも上映されるというので、大井町まで観に行った。そのときが通算2回目の映画祭ということになるのだろう。それ以来出かけている。
今回初めて気が付いたが、会場の赤坂コミュニティぷらざ、外壁に朝顔とほおずきを這わせているのだった。
無料で予約不要のイラン映画祭、今まで完全にノーチェックだったが、感染拡大防止のために整理券交付になった(名前と連絡先を記入)。非接触型体温計で検温もする。
1本めの「母性」はある姉妹の恋愛結婚の破局で、悲しくて誰も幸せにならないお話だった。やるせなさ満開。
2本め「18%」イラン·イラク戦争の化学兵器被害者のドキュメント短編。時系列がややわかりにくくスリリングでもあるが、ある意味イランのプロパガンダかと思うほどえげつないまでに負傷した傷を見せつけられて辛い。一般公開のみならず日本のTVでも放映すべきではないか。(ただ被爆者の写真と同様に水ぶくれと火傷のシーンが放映を難しくするのかもしれない。)
イラン·イラク戦争の被災者の話、しかも国際法違反の化学兵器被害者の話だが、相手国イラクへの批難めいた論調は一切なかった。ただ被害の酷さと治療した日本人医療関係者への感謝が際立った。
3本め「別荘の人々」だがタイトルは内容と一致していない。イラン·イラク戦争時の軍司令官達の妻や子ども達が何故か空襲も頻繁にある田園の施設に住んでいて、配達人が来る度に誰かが殉教?とぴりぴりしていて、という銃後の悲話を描いている。ただただ悲しかった。
イラン映画祭4本め「アーザル」バイク乗りの勝ち気な奥さんが商売頑張る話かと思いきや火曜サスペンス劇場的ハプニングで家庭崩壊、周囲の人達概ねいい人だけど運命の歯は狂いだすと止まらない。そこでラストか、だった。明るい作品が一つは観たかった。