2021年11月21日日曜日

悪は存在せずとも

タイトルどおり悪は存在せず(悪人は登場せず)可愛い猫、犬、狐は登場する。

ユーロスペースでイスラーム映画祭2021→そしてキアロスタミはつづく→フィンランド映画祭、ときてユーロライブでのドイツ映画祭。


フィンランド映画祭の「初雪」、ドイツ映画祭の「未来は私たちのもの」「マリアム エヴィーン刑務所に生まれて」と、EU内の国の映画祭ながらイラン出身の移民難民が登場する映画を観ることができ、特に昨年の東京国際映画祭で観られなかった(チケットが売り切れだった)「悪は存在せず」がここで観られるのは幸いだった。ベルリン国際映画祭金熊賞受賞ということで、一般公開も是非して欲しいものだ。

イラン映画祭でもやって欲しいが内容から言って現在の政治体制である限りあまりにも無理筋だろうな。それなら、イスラーム映画祭でも取り上げて欲しいし、死刑映画特集でもやって欲しい。

イランにおける死刑制度にまつわる4つのエピソードとあるが、死刑制度存置国なら事情はさほど変わらないのではと思っていた。焦点は死刑執行する担当者に当てられる。命令ならやれるのか?

イランは世界的に見ても死刑執行数が多い「死刑大国」の一つ。職業として、つまり刑務所勤務の一環で死刑執行に携わる人もいる一方で、徴兵された若者が偶々配属されて命令される場合もあるようだ。進んでやりたがる人はまずいない。

徴兵された兵士が出てくるイラン映画というと、離島の警備を携わっているところに都会から派遣されてきた選挙管理委員会の女性をガードする役目を仰せつかった兵士が「このまま眠れそうにないから」と引き続き夜明けの警備を担当する(だいぶ前に観たのでうろ覚え)「一票のラブレター」、アザディスタジアムでのワールドカップ予選バーレーンとの試合の警備をしている兵士が「試合を観ようとしてつかまった女の子たちのお守りをするのではなくほんとうは実家で牛の世話をしていたいんだ」と嘆いていた「オフサイド・ガールズ」が思い出される。彼らの任務も本意ではなかったようだが、死刑執行よりは何万倍もましなはず。

気が進まない、嫌だからって、命令を拒否したらどうなるのか?

「耳に残るは君の歌声」だったろうか。徴兵制のあるロシアで実際に危険な戦闘地域にやられるのは金もコネもない、逃れる術を探る情報から遮断された地方の青年で、という様子が描かれていたが、ここでもコネがなくて転属願いも出せず任期が終わるのを待つしかないとの同僚たちの言葉に一層の理不尽さを感じる。

徴兵された若者が実際に戦闘地域の前線にやられ敵を殺せと命じられるのも、死刑制度がある国で死刑執行のボタンを押すのも、国家による殺人であり結局は誰かが誰かの命を奪っているわけで、「誰か」が手を下していることになる。その人がダメージを受けないわけがない。

代替任務への振替とか、まして徴兵拒否なんてとんでもないだろうな、イランでは。ロシアは徴兵制はあって死刑執行は停止されていて、私の国では死刑制度は存置しているが徴兵制はない。イランはどちらもある。

「悪は存在せず」の各エピソードはどれも自分がそうなり得る、選択し得る道であり、制度がある限りどちらに行っても苦難は避けられない。その時抵抗を選べるのか。納得できなくても従って生き残るのか。

パナヒやマフマルバフの往年の名作を偲ばせる序盤から舞台のような台詞を畳みかけるファルハーディーっぽい場面に、近年の話題作「ジャスト6.5 闘いの証」「ウォーデン 消えた死刑囚」にあった追いつ追われつの息詰まる展開も垣間見えるし、終盤はキアロスタミの描いてきたイランの乾いた風景が現れて、イラン映画の万華鏡を見るようでもあり(いっときのイラン映画の代名詞とも言えた美少年は出てこないが)、でもこれはドイツ映画祭なのだった。




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