2012年7月16日月曜日

夢の跡地

東京大学出版会発行のシリーズ『ユーラシア世界』刊行記念シンポジウムに行ってきた。

第Ⅰ部はおもしろかった。
まず前田弘毅先生の「ツァーリとシャーに仕えたアルメニア人―<言葉の箱>と呼ばれた一足の活動から」

グルジア貴族、あるいはサファヴィー朝イランで活躍したエニコロピアン一族の話だ。
グルジア風にはエナコロパシュヴィリ、ロシア風にはエニコロポフ。
イランに渡った人たちは改宗していたりもするが、グルジア内では「アルメニア正教会信徒・グルジア貴族」というアイデンティティを保っていたという。
ペルシャ語・グルジア語・アルメニア語・ロシア語・トルコ語等に通じ、通訳・外交官として、あるいは軍人・政治家として活躍した一族。
ウィーンで分家の子孫に会って、系図が繋がったという話には一種感動を覚えた。

加藤有子先生のガリツィア文学界とブルーノ・シュルツの話。
ガリツィアといっても、ほぼ話はスタニスワフ・レムの故郷リヴォフ/リヴィウ/ルヴフ/レンベルク/レンベルグのことである。
普段、ウクライナプレミアリーグを念頭に置いていると、カルパティ・リヴォフは西の端っこというイメージしかなかったが、「20世紀初頭ヨーロッパ文化地図」によれば、逆にリヴィウ/ルヴフは東端なのだった。
さて、そしてブルーノ・シュルツの壁画事件だが、ヤド・ヴァシェム(ホロコースト記念館)が生地であり元々あったところであり修復作業に着手していた場所であるドロホビチ(現ウクライナ)から壁画を引き剥がして、彼らの主張によれば「最もあるのば相応しい場所」たるホロコースト記念館に持ち去ったとのこと。ヤド・ヴァシェムは杉原千畝を表彰したところだが、こんな自己正当化には呆れかえる。

最も楽しみにしていた池田嘉郎先生の「ロンム『十月のレーニン』とスターリン時代の革命映画」
はい、理屈はさておき、「生き生きとしたボリシェヴィキの姿」を楽しむことができました。
ただ、権力者による押しつけでなく芸術家たちの主体的な模索の成果としての革命映画と言う点はあまり説明されていなかった(だから本を読みましょうということか)。

基調報告は亀山郁夫先生だったが、フレーブニコフの詩の朗読を「アクセントを間違えるといけないから、会場のロシア人にやっていただきましょう」と、某ロシア人女性に朗読してもらった。
さすがはロシア人というべきか、こんなシンポジウムに出席するロシア人だからというべきか、朗読はたいへん素晴らしく、皆で拍手した。
が、亀山先生はすぐ別の話題に移られた。
彼女に対して亀山先生の「スパシーバ」とか「ありがとうございました」とかお礼の言葉が一言もないことに驚いた。
もしかしたら彼女は亀山先生の教え子か何かで、あそこで朗読することは予め決まっていたのかもしれないが、すてきな朗読の後、感謝の意が全く示されなかったことに、私はとても恥ずかしいことだと感じ、ショックを受けた。

パネルディスカッションはやや散漫な印象で、会場の質問もそれまでの流れとややずれたところに関心のある方たちのものが多かった。
(全然関係ないことを聞く人までいた。)
しかしまあ、無料のシンポジウムなのだから贅沢は言えない。

今は先に読む本がいろいろあり(しかもそれぞれ分厚い難物だ)、なかなか『ユーラシア世界』にとりかかれそうにないが、今日できあがったという2巻のディアスポラものも目次に目を通すだけでわくわくした。
旧ソ連領内のドイツ人の項もあって、ふとアレクサンドル・メルケルやコンスタンチン・ラウシュを念頭に置いて立ち読みしたが、無論彼らのことが例示されているわけではなく、とある犯罪報道がネタになっていた。

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