治安維持法制定100年の年に続々上梓される荻野富士夫先生!11月にまたまた新著登場。なのだが、いつもなら治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟でどしどし販促モードになるのに、まだ今のところ推薦のレビューもない模様。なぜ?
この本の序論とⅠは『週刊金曜日』『地平』『治安維持法と現代』といった雑誌に寄稿した文章の改稿であり、Ⅱの「共産党は「君主制」「天皇制」をどうみていたのか」が新稿とのこと。よって、「国家防衛・治安維持のため(改正前の)治安維持法はやむを得なかったのではないか」との擁護論への反論の部分は全く新しいものではないのだけれど、参政党が言い立てる「共産主義者を取締るためには必要・必然の法だった」との論調にはこれまで以上に反証を行っていく必要が出てきていると改めて考える。
昨年、高校生相手に治安維持法についてのお話をした際にも、「エスペラントの講習会をやっていて、教え子の方たちもろとも検挙された」という話になると、「語学の勉強会をやっていたことで治安維持法の対象に?!」と驚きと恐れを与えることになったようなのだが、それなら「国体の変革」を目指した共産主義者とか無政府主義者とかに対してなら取締って(その挙句、坊門して死なせるようなことになって)も構わない、それは必要なことだったのか?となりがちなのだが、そういう方向になってはだめなんだよなと、常々思っている。
「そもそも、治安維持法は思想信条の自由を侵す、そもそも悪法である。」という認識をもっと言っていかなければならないのだと。

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