2017年5月13日土曜日

可愛いチェコが好きな私が好きな本

スロヴァキア在住する日本人親子によるチェコとスロヴァキアのグラフィックデザインについて、丁寧に取材・関係者へのインタビューをし、飾らない平明な言葉で(あまり文学的に凝っていないのが読みやすくて良い)紹介してくださっている貴重な本。切手や映画ポスター以外は無名性(アノニム)が殆どだった分野で、人脈を生かして多くのアーティストたちにコンタクトしていて感激する。
体制が変わって、ビアホールもプラハの街並みも当地の「応用美術」の世界も激変、閉鎖や解体の憂き目も綴られながら、若い世代の逞しい志向も示される。
それにしても、第二次大戦中のこの国の画家たちの運命はソ連以上に苛烈であったかもしれないと、認識を新たにする。

これ、ミュシャ展のお供にもいいと思うよ。

2017年5月6日土曜日

録画メモ

博士の異常な愛情
日本バレエの母を求めて

録画メモ

ゴーストライター
ペトロフカの娘
https://www.thecinema.jp/detail/index.php?cinema_id=03646

一緒のDVDにしてしまったので、分類に困るが、やはりポランスキに敬意を表してポーランド部門か。


作家とサッカー21 タデウシュ・ボロフスキ『去った人びと』

一つのコーナーキックと次のキックのあいだにぼくの背後では三千人のガス死が執行された。

『去った人びと』は『ぼくらはアウシュビッツにいた』の中の短編。
映画「戦いのあとの風景」プログラム(欧日協会「ユーロスペース」発行1983年刊)44~45ページより

2017年5月5日金曜日

オデッサ・コスモス: 猫グッズいっぱいの大エルミタージュ美術館展

オデッサ・コスモス: 猫グッズいっぱいの大エルミタージュ美術館展: 六本木の大エルミタージュ展、なんかオールドマスターとやらの絵を鑑賞したっていうより、ミュージアムショップで猫グッズ買いまくり!という印象の、しかし充実の一日だった。 絵の方はペテルブルグに行った時に一応観ているんじゃないか? レンブラントは別として、ルーベンスあたりにな...

2017年5月3日水曜日

三國志・桃園のつどい

(書きかけ)
放送聴いたときは、「何これ。つまんないな」と思ったのですが(失礼)、

昨日の  出演の渡辺先生が講師というので、100分de名著 陳寿『三国志』を観たのだけど、第1回に関してはちょっと期待外れ。古代の歴史書から「この混迷の時代に通じるリーダー論」みたいな持って行き方だったので、よくビジネスマン向けの雑誌に載っている記事みたいで。

テキストは面白い!
やはり100分(一回あたり25分)では語りつくせないのが名著なのでありましょう。
なんか池上彰みたいに妙に簡略化した解説で、無理無理現代にあてはめているようで、そこらのビジネス誌の見出しみたい→「真の英雄とは何か」「乱世のリーダーの条件」
桃園のつどいでお話されていた渡邉先生はこんなじゃなかったのに・・・
という気がして放送を観ていたけれど、昨日テキスト買って、帰りの電車の中で拾い読みしてみたら、割とおもしろかった。
放送も楽しみになってきた。



4/30の 桃園のつどいについては、おいおい書いていく。

5月2日オデッサ、チェルノモーレツ

3年前の惨劇を、どうして忘れようか。

 
 
日本ではもはや全く報じられることもないようですが、あの日夜11時から、チェルノモーレツ対メタリストの試合を観ようと思って、ネット上をふらふらしていたらオデッサの見覚えのある通りが映っていて、試合前のニュース映像なのだと思って観ていたのですが…(当時、ウクライナは、特に東部・南部は、分離・連邦化を進める勢力とウクライナ統一派が激しく対立するようになっていて、遂にドネツク・ルガンスクに続いてハリコフやオデッサでも「独立」を宣言する勢力が現れ、騒然としていました)オデッサの市役所庁舎、交響楽団会館、西洋東洋美術館といった街の中心部で人々がどうも暴動を起こしている様子です。

そして、気が付きました。私が観ているのはニュース映像ではなくて、暴動を起こしている人たちによるライブ配信なのだと。
最初の頃は青*黒ストライプのチェルノモーレツのユニを着た若者が数人中心にいて、苦々しい思いになりました。
チェルノモーレツのファンと言えば普通に優しい若者という思い出があって、彼らについての記憶ゆえに私はチェルノモーレツのファンになったのに。
ああした場にチェルノモーレツファンがいて実際に犯罪行為を行っているのを目にしているのだと思うと、腹だたしく、ファンである自分が揺らぐ思いがしました。
割と若い人が多く、カップルで来ている人もいるようです。
女性たちは楽しげに、ピクニックにでもきているかのような表情で火炎瓶を作っていたのです。
暴動はデモとは違って、不満や抗議を他者に伝えようとするプラカードとか横断幕とかのぼりとかはなかったし、スピーチもシュプレヒコールもなく、無言でただ破壊することが目的化しているかのような群れでした。
だから彼らの行動を観ていても意図・目的がわかりかね、事態の収拾もどうしたらつくのやら皆目わかりませんでした。
彼らが消防車を乗りまわしていたのは、あのとき既に労働会館を放火していて、消防車がそこへ向かうのを阻止して消火活動を妨害していたのだ、というのは後からわかりました。
すぐ近くに消防車がありながら、建物は燃え続け、多数の人が焼き殺されたのでした。
 
オデッサの虐殺、オデッサのジェノサイド、オデッサ-ハティニなどのロシア語が溢れたのですが、日本では私が観たのとは全然違う報道がなされました。
労働組合会館に籠った分離派の人達が自ら火をつけたとか。
火炎瓶を投げ込んでいたのはマイダン派の若者たちであるを私は実際に観ましたが、そういう風には報道されない、ということにいささか驚きました。
 
後から知ったのですが、そもそもこの暴動は、チェルノモーレツとメタリストの両クラブのサポーターがともにウクライナとウクライナリーグの統一維持を願って、鉄道駅からスタジアムまでをデモ行進したのがきっかけだったらしいのです。
(が、私はこのデモ自体は観ていません。後日メタリストの公式サイトが述べたところによれば、彼らは余計なことはせずに、まっすぐスタジアムに向かったので、暴動とは関係ない、とのこと。)
私が意識せずに暴動のライブ配信を見始めた頃には、チェルノモーレツカラーの青と黒のシャツを身につけている人が数人いたのは確かですが、試合が始まった頃にはもういませんでしたし、メタリストファンらしき人はいませんでした。
なので、サポーターが暴動を始めたというような報道も事実とは違うと思います。
彼らは真っすぐスタジアムに行き、デモの暴徒化であるかのような報じられ方は間違っていると。