トゥルゲーネフの言葉だったと思う。
で、引用していたのは米原万里さんだった。
この二択だと、男性は大概前者を選択するのではないかと思える。
だいたいこの世の中、自分の知らないことを女性が知っていると、それだけで反発し、逆上する男性はどうしてこんなに多いのだろう?
大人じゃないよね。
(特にサッカーファンに多かったりする。)
トゥルゲーネフは「絶対後者がいい」とのたまったのだそうだ。
(米原万里説だと、ロシアの文豪では長編作家は非モテの醜男、短編作家はモテモテの美男の傾向があり、トゥルゲーネフは後者である。)
さすがトゥルゲーネフ。
なのだが、実際に彼が生涯愛したのは才色兼備の人妻だった。
一方、トゥルゲーネフとともにロシアのモテモテ美男の短編作家の双璧をなすのはチェーホフ。
いろいろなロマンスが飛び交うが、最終的に伴侶となったのはモスクワ芸術座の女優オリガ・クニッペルだった。
やはり才色兼備ではないか。
クニッペルは戯曲作家と結ばれたが、時代がもう少しくだると、監督をパートナーにする女優が増える。
ユリヤ・ソルンツェヴァ(アレクサンドル・ドヴジェンコの妻)、リュボーフィ・オルローヴァ(グリゴリー・アレクサンドロフの妻)らを筆頭に。
女優を妻にする映画監督が多いといった方がしっくりくるだろうか。
(それもとっかえひっかえで。)
ユーロ・スペースで特集上映があった、«モンタージュ理論を生み出した男»レフ・クレショフも女優アレクサンドラ・ホフローヴァを妻にしているのだった。
アレクサンドラ・ホフローヴァはなかなか特異な女優だ。
もちろんレフ・クレショフ以下クレショフ工房の作品に多く出演している。
今回のクレショフ特集では、「掟によって」(イングランド人女性イーディス)と「ボリシェヴィキの国におけるウェスト氏の異常な冒険」(伯爵夫人(自称?)フォン=サクス)を観た。
非常に個性的な容貌で、全く「美人女優」然としていない。
(同時代の女優についてはこちらなど参考にどうぞ。)
ほんとはもう少し美人だったのかもしれないけれど、白目をむいたりして(目はとても大きく、怖っ!という感じだ)しなをつくってみせたり、昨今のお笑い芸人のような思い切りのよすぎる演技で、常にオーバーアクションであり、予想を裏切らないお約束の動きをする。
現代の演劇や映画のような抑えた演技などというのは全然ないので、演技力があるのかどうかはよくわからなくなってしまうが、とにかくインパクトが強い。
存在感がある。
一度見たら忘れない。
さすがアヴァンギャルドのお国でありそういう時代だったということなのかもしれない。
早熟な天才映画監督レフ・クレショフは、トゥルゲーネフ系の「後者」が好みの男性だったようだ。
ホフローヴァはクレショフの最初の教え子の一人だが、二つ年上の姉さん女房となる。
クレショフの周囲には、他にも女優はたくさんいたのだろうが、終生のパートナーとなったのは、才媛ホフローヴァだった。
クレショフ自身がプドフキン、エイゼンシュテインといった巨匠級の映画監督、フォーゲリやコマロフなど数えきれないほどの名優を育て、特に戦後は創作活動からは手を引いて後進の育成と映画理論研究に専念することになるのだが、ホフローヴァも映画監督を務め、映画大学で教鞭をとり、とそちらの方でもクレショフと共同歩調をとっている。
女優であり、映画監督であり、映画大学での教育者であった、とても偉ーい人なのだ。
クリエイターとして、教育者として、実力もあったろうし、偉大なクレショフのパートナーという威光も有している。
それに、この人、生まれも凄かった。
父方は皇帝の侍医を務めた高名な医師のボトキン一族で芸術家のパトロンでもあった。
母方はトレチヤコフ!
あのトレチヤコフ美術館のトレチヤコフだ。
美術館の創設者パーヴェル・トレチヤコフは母方の祖父。
最初の夫コンスタンチン・ホフローフはモスクワ芸術座の俳優(ボトキン家のサロンで知り合ったのだろうか)。
映画の世界に生きて、外見の美しさをこの人は必要としなかった。
ここでいう美しさというのはいかにも主演女優というあの手の美貌のことだが、違う意味でこの人は誰にも負けない美しさを備えていたのだろう。
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