2010年11月29日月曜日

夢の対決

これがワールドカップ本大会での対戦だと、どちらを応援するかむちゃくちゃ悩ましい問題になるのですが、幸いなことに親善試合です。

Иран покупает сборную России
Сборная России сыграет товарищеский матч с командой Ирана
ロシア代表がイラン代表と親善試合

2010年11月28日日曜日

最終節

ロシアプレミアリーグの最終節。
クルィリヤは勝てば残留。
引き分けだと他の試合次第。
しかし優勝を決めたゼニットが相手。
怖くて見ていられないので、最初はサトゥールン対アラニヤを観ていた(前半)。

しかし、なぜかフルスクリーンにならず、みにくいので、今はロコモチフ対ルビンを観ている。

フペリョート、クルィリヤ!
カリャカ、古巣のために決めてくれ!

※カーリャは決めませんでしたが、クルィリヤは残留決定。
一安心。よかった。
これで2010年のシーズンは終わりました。
カップ戦は関係ないので。

行ったらやっていた

そういうわけで、ユーラシア・サロン『シベリア鉄道』で出されるピロシキ目当てで?三軒茶屋の昭和女子大学に行ったのですが、サロンに向かう前に、あら?こんなものが。



トルストイ没後100年記念 ナターリヤ・トルスタヤ絵画展

ナターリヤさん及びその作品には2008年の春、ロシア大使館でのレセプション、銀座のギャラリーでの作品展でお目にかかっていましたが、こちらの会場では今年の新作も数点あり、またウラジーミル・トルストイさん編集・藤沼貴先生監修のトルストイ博物館(@ヤースナヤ・ポリャーナ)の本などもあって、小規模ながらも充実したものでした。
↑
本が欲しい。
『ヤースナヤ・ポリャーナに佇むL.N.トルストイの屋敷博物館』
ヤースナヤ・ポリャーナ出版社
2010年6月1日刊

日本語であれだけ充実した本は貴重だ。
ヤースナヤ・ポリャーナでは販売されているのだろう。
行きたいなあ。

行ったらいただいた

鉄ではないのだが、実はどちらかというと、寝台車の旅は苦手なのだが(一泊が限度だ)、行ってきたユーラシア・サロン『シベリア鉄道』。

実はこれが目当てだった。


ピロシキです!
挽肉入り。

著者及び経験者のお話によれば、実際にシベリア鉄道に乗って、駅売りなどで入手するピロシキはキャベツ入りが多いとのこと。

今回は机の配置が4人ずつ向かい合わせになっていて、休憩時に話はしやすかった。
でも、机によっては写真が見辛かったかもしれません。

参加者にはその道の大家らしい「先生」が数人。
物流関係の専門的なことにも話が及んでいました。

ピロシキは普通においしかった。
三宿の「サモワール」からのお取り寄せとのこと。
加えて小さなチョコレート菓子を何度も薦められ、そのたびに「はい」と言って受け取り、結局全部いただき、おいしかったが、カロリーが…。

来週は佐藤千登勢先生の『チェブラーシカ』です!

2010年11月26日金曜日

アンドレイ王子

Webアルバム、モスクワ編は、最初の10枚の後、続いていないですね。
今週はたぶんこれまで。

音楽之友社から出た『プロコフィエフ 自伝/随筆集』を読みました。
1964年12月刊行の『プロコフィエフ 自伝 評論』(園部四郎・西牟田久夫訳)の新訳版とのこと。

旧版を読んでみたい衝動に駆られた。
新訳(田代薫)はよくなっているのかどうかわからない。
ベルギー在住の演奏家で、プロコフィエフの本の訳者としてふさわしいとは思えないが、どうしてこの人になったのだろう…。

巻末の作品目録中、オペラ『戦争と平和』の初演データの配役に
「L.ペトロフ(アンドレイ王子)」
とあるんですよ。
アンドレイ王子?!
『戦争と平和』に王子が出てくるか??
訳をした人、小説を読んでいないし、オペラを観てもいないようだ。
たぶん英訳本でプリンスとか書いてあったんだろうけど、アンドレイを王子だと思ってあのオペラを観ていたら、結構な勘違いだと思う。

ロシアの夕刊紙"Вечерная Москва"の訳と思われる箇所が、「ヴェシェルナヤ・モスクワ」だったり、「夕刊モスクワ」だったり、と、訳語の不統一が散見されるところから、もしかしたら下訳をした人が複数いたりするのかもしれません。
しかし、教育人民委員のルナチャルスキーが「ルナシャルスキー」になっていたり、と、どうもчの字を「シャ」行で表記する傾向があって、気になりました。
上記の"Вечерная Москва"も、普通は「ヴェチェルナヤ・モスクワ」になろうかと。

あと、歴史用語にも相当疎いです、この人。
特にロシア革命~内戦期の記述(80ページ)で、
「シベリアを列車で横切ることがどれだけ危険だったかがわかったのは、それから長いこと経ってからだった。あるときわたしたちはチェコスロヴァキア軍隊の貨物車に長いこと移動を阻止された。やっとチェコスロヴァキアを通過することが許されるとすぐに、わたしたちの背後で国境門が閉まった。」
これを読んで、自分でわけわからなくなっていないかと思いました。
シベリアを通っているのに、なぜチェコスロヴァキアか?と疑問に思わないのだろうか。
(どうでもいいのだろうか)
白衛軍、もしくは白軍のことも、「白ロシア軍隊」とか誤解を招きかねないような訳語になっていました。

…こういうところにこそ、註をつければいいのに。

加えて、「原注」が誰の手によるものなのかが明らかにされていないけれど、なんか結構価値観の加わった記述です。
プロコフィエフ財団によるもの?

かなり重箱の隅をつつくような指摘になってしまいましたが、プロコフィエフの作品はちゃんとチェックしてよ、という思いが強いです。
「アンドレイ王子」にショック!

『プロコフィエフ 自伝/随筆集』
『プロコフィエフ 自伝 評論』

プロコフィエフの伝記なら、これが一押しです。
子ども向け。
『プロコフィエフ―音楽はだれのために? (作曲家の物語シリーズ)』

2010年11月24日水曜日

期待の若手選手トップ30

ТОП-30 самых перспективных российских игроков до 1990 г.р.
「将来が最も嘱望される1990年以降生まれのロシアの選手トップ30」
という記事がありまして。

パート1(2010年8月12日付)が30位-16位。
パート2(2010年9月2日付)が15位-1位。

これを「12の椅子」での文法解説・和訳のテキストに使おうかと、一瞬思ったのですが、読んでみると、あんまりふさわしくないのでした。

というのは、記事を読んだだけではわけがわからない、という記述が多いのです。
選手名・所属・生年月日・ポジションはデータとして最低欲しいところで、加えて今シーズンの成績とかこれまでの来歴とか出身地とかその他の情報も、と行きたいところですが、生年月日はリスト上の誰のも載っていないし、あんまり親切な記事じゃない。

リストとしては有用だと思うので、あとは自分で調べます。
気になった選手の部分を「12の椅子」に載せる、という方式にしようかと考えています。

というと、「掘り出し物」の選手じゃなくて、ある程度名の知れた選手に偏る可能性大ですけど。

30. Александр Столяренко(ЦСКА).
  アレクサンドル・ストリャレンコ(ツェスカ・モスクワ)
  1991年1月18日生まれ、ノヴォシビルスク州ズドヴィンスク出身。MF(背番号46)。父称アレクサンドロヴィチ。

29. Виктор Свежов(Динамо М./Томь).
  ヴィクトル・スヴェジョフ(ディナモ・モスクワ/トミ・トムスク)
  1991年5月17日生まれ、モスクワ州クラスノゴルスク出身、MF(背番号75)。父称ウラジミロヴィチ。

28. Тарас Бурлак(Локомотив).
   タラス・ブルラク(ロコモチフ・モスクワ)※
※2009年よりヴォルガ・ニージニー=ノヴゴロドにローン移籍中
  1990年2月22日生まれ、沿海州ウラジオストク出身、DF(背番号99)。父称アレクサンドロヴィチ。

27. Сергей Емельянов(Шахтёр Украина).
  セルゲイ・エメリヤノフ(シャフチョール・ドネツク(ウクライナ)と、書いてあるのだが、
  セルゲイではなく、Роман Емельяновロマン・エメリヤノフではないだろうか?!
チェルシーのサッカーアカデミーに通ったという経歴も一致するし。
だとすると、現在シャフチョールからザリャ・ルガンスク(ウクライナ)にローン移籍中です。
  1992年5月8日生まれ、ニジェゴロツカヤ州パヴロヴォ出身、MF(背番号15)、父称パーヴロヴィチ。
  拙ブログ並びに引っ越し前のブログでも時々取り上げた、某富豪のお気に入りと噂されている若者。

26. Алексей Померко(Амкар).
  アレクセイ・ポメルコ(アムカル・ペルミ)
  1990年5月3日生まれ、ゴロドヴィコフスク出身、MF(背番号11)、父称セルゲエヴィチ。トルペド・モスクワ→アムカル・ペルミ

25. Руслан Камболов(Локомотив).
  ルスラン・カムボロフ(ロコモチフ・モスクワ)
      1990年1月1日生まれ、北オセチア・アラニア共和国ウラジカフカス出身、DF(背番号44)、父称アレクサンドロヴィチ。

24. Максим Шумайлов(Амкар/Тюмень).
  マクシム・シュマイロフ(アムカル・ペルミ/FKチュメニ)
  1990年5月2日生まれ、GK(背番号31)、父称アレクセエヴィチ。
  黒髪で、…タイプかも…。

23. Эмин Махмудов(Сатурн).
  エミン・マフムドフ(サトゥールン・ラメンスコエ)
  1992年4月27日生まれ、アゼルバイジャン共和国サアトリンスキー地区クラスノセリスコエ出身、MF(背番号67)、父称ジャブライル=オグルィ(Джабраил огры)。

22. Басель Абдулфаттах(Зенит).
      バセリ・アブドゥルファッタフ(ゼニット・サンクト=ペテルブルグ)
  1990年3月6日生まれ、シリア系ロシア人。DF(背番号47)、父称マンスール(Мансур)。

21. Ибрагим Цаллагов(Крылья Советов).
  イブラギム・ツァルラゴフ(クルィリヤ=ソヴェートフ・サマラ)
  1990年12月12日生まれ、オセチア人、MF(背番号47番)、父称ユーリエヴィチ。

20. Виталий Чилюшкин(Сатурн).
  ヴィターリー・チリュシュキン(サトゥールン・ラメンスコエ)
  1990年1月21日生まれ、モスクワ州オレホヴォ=ズエフスキー地区カバノヴォ村(Кабаново,Орехово-Зуевский район Московская область)出身、GK(背番号33)、父称セルゲエヴィチ。
  正GKのキンスキーの怪我、代役レブロフが一発レッドの退場で、急遽プレミアデビューとなったゼニット戦では緊張のあまりぴりぴりしている様子がいかにも健気でしたが、その次のロコモチフ戦で何とチームの今季初勝利に大貢献の無失点!
179㎝の身長は決して恵まれたものではありませんが、ベテランの多かったサトゥールンの、それこそ期待の星です!!
参照:今週のデビュタント

19. Юрий Кириллов(Динамо М./Алания).
  ユーリー・キリルロフ(ディナモ・モスクワ/アムカル・ペルミ)
  1990年1月19日生まれ、ウファ出身、MF(背番号42)、父称ヴャチェスラヴォヴィチ。
  ヒムキ→ディナモ→ローン移籍でアムカル。

18. Ника Пилиев(ЦСКА/Амкар).
  ニカ・ピリエフ(ツェスカ・モスクワ/アムカル・ペルミ)
  1991年3月21日生まれ、トビリシ(グルジア)出身のオセチア人、7歳の時に家族とソチに移住。
  MF(背番号70)、父称コンスタンチノヴィチ。
  ロコモチフ・モスクワ→ツェスカ・モスクワ→ローン移籍でアムカル・ペルミ。

17. Артур Нигматуллин(ЦСКА).
  アルトゥール・ニグマトゥリン(ツェスカ・モスクワ)
  1991年5月17日生まれ、GK(背番号77)、父称エドゥアルドヴィチ。
  時折疑問が投げかけられるが、同姓の元ロシア代表GKとは親戚ではないようだ。タタール人にはよくある苗字みたい。
  なぜかドーピングに引っかかって、半年間くらい出場停止になっていたように思う。

16. Дмитрий Каюмов(Спартак М.).
  ドミトリー・カユモフ(スパルターク・モスクワ)
  1992年5月11日生まれ、MF(背番号37)、父称イゴレヴィチ。

15. Евгений Башкиров(Зенит).
  エヴゲニー・バシュキロフ(ゼニット・サンクト=ペテルブルグ)
  1991年7月6日生まれ、MF(背番号69)、父称オレゴヴィチ

14. Магомед Оздоев (Локомотив).
   マゴメト・オズダエフ(ロコモチフ・モスクワ)
  1992年11月5日生まれ、グローズヌィ出身、MF(背番号27)、父称ムスタフィエヴィチ、チェチェン人(イングーシ人という情報もあり)。
  アングシュト・ナズラニ→テレクD→ディナモ・キエフD(ウクライナ)→ロコモチフ・モスクワ
  ディナモ・キエフからロコモチフにはショーミンさん絡みだったらしい。

13. Олег Шатов (Урал).
  オレグ・シャトフ(ウラル・エカテリンブルグ)
  1991年7月29日、ニージニー・タギル出身、MF(背番号27)、父称アレクサンドロヴィチ。
  
12. Александр Зотов (Спартак М.).
  アレクサンドル・ゾトフ(スパルターク・モスクワ)
  1990年8月27日生まれ、ハカシヤ共和国アクシス(シベリア)出身、MF(背番号20)、父称ウラジミロヴィチ。

11. Антон Соснин (Зенит).
     アントン・ソスニン(ゼニット・サンクト=ペテルブルグ※)
  1990年1月27日生まれ、MF(背番号53)、父称ヴァシリエヴィチ。
  ※現クルィリヤ=ソヴェートフ・サマラ所属
     ※2010年12月10日付でクルィリヤに正式に移籍

10. Павел Яковлев(Спартак М.).
  パーヴェル・ヤコヴレフ(スパルターク・モスクワ)※
  1991年4月7日生まれ、モスクワ州リュベルツィ出身、MF/FW(背番号91)、父称ウラジーミロヴィチ。
  ※現クルィリヤ=ソヴェートフ・サマラ(2010年8月20日よりローン移籍)
  クルィリヤに移籍してから4ゴール。この子のおかげでクルィリヤは降格しないで済んだ、とも言える。孝行息子だが、「養子」なので、スパルタークに帰りたいそうだ。あ、そう。
  ※2010年12月1日記:ФНКの今シーズン最優秀若手選手に選ばれました。おめでとう!

9. Фёдор Смолов(Динамо М./Фейенорд Голландия).
  フョードル・スモロフ(ディナモ・モスクワ/フェイエノールト(オランダ))
  1990年2月9日生まれ、サラトフ出身、FW(背番号24)、父称ミハイロヴィチ。
  ディナモ・モスクワ→フェイエノールト(オランダ)へローン移籍。
  2008年グラナトキン・メモリアルトーナメントに出場し、大会得点王となる。
  2009年夏にはレアル・マドリードが関心を示す。
  現在オランダのフェイエノールトにローン移籍中。
  ※2010年12月、期間満了でディナモに帰還。

8.   Александр Кокорин(Динамо М.).
  アレクサンドル・ココリン(ディナモ・モスクワ)
  ニックネームは「ココラ」、結構アイドルです。
  1991年3月19日生まれ、ヴォロネジ出身、FW(背番号99)、父称アレクサンドロヴィチ。
  ユースではロコモチフ所属だったが、2008年ディナモ・キエフに移籍。17歳でプレミアデビュー(サトゥールン戦であった)。

7.   Максим Канунников(Зенит).
  マクシム・カヌンニコフ(ゼニット・サンクト=ペテルブルグ)
  1991年7月14日生まれ、ニージニー・タギール出身、FW(背番号99)、父称セルゲエヴィチ。

6.   Георгий Щенников(ЦСКА).
  ゲオルギー・シチェンニコフ(ツェスカ・モスクワ)
  1991年4月27日生まれ、モスクワ出身、DF(背番号42)、父称ミハイロヴィチ。
  父親のミハイルさんは競歩のスポーツマスター。1996年オリンピックの銀メダリスト。
  DFの若手は貴重!ロシア代表の未来がその肩にかかっているよ!!
  2009年ロシアプレミアの最優秀若手選手。

5.   Александр Козлов(Спартак М.).
  アレクサンドル・コズロフ(スパルターク・モスクワ)
  このリストの選手でも最も若い、1993年3月19日生まれ、モスクワ出身、FW(背番号49)、父称セルゲエヴィチ。
  2010年4月25日対スパルターク・ナリチク戦でロシアプレミアデビュー。

4.   Александр Меркель(Милан Италия).
  アレクサンドル・メルケル(ミラン(イタリア))
  このリストで唯一ロシア国籍を持っていない選手。
  1992年2月22日生まれ、アルマ・アタ(カザフスタン)出身、MF(背番号52)、父称ヴァシリエヴィチ。
  「ソヴィエト在住ドイツ人」の家庭に生まれ、6歳の時に家族とともにシュトゥットガルトに移住し、ドイツ国籍取得、これまではドイツのユース代表で活躍。
  16歳の時にアレクサンドル・フレブのエージェントの助けを得てミランに加入。
  ロシア代表入りの希望を表明している。
  ミランでは今シーズン未だトップリーグでの出場機会はないものの、CLの選手リストには載っているので、今後カップ戦では登場してくるかもしれない。  

3.   Денис Черышев(Реал Испания).
  デニス・チェルィシェフ(レアル・マドリード(スペイン))
  1990年12月26日生まれ、ニージニー・ノヴゴロド出身、FWまたはMF(中央・左)、父称ドミトリエヴィチ。
  父親はロシアの有名なサッカー選手であるドミトリー・チェルィシェフ。
  6歳の時にスポルティング・ヒホンの下部組織に入り、その後ブルゴス、レアル・マドリードのそれへと移った。

2.   Алан Гатагов(Локомотив).
  アラン・ガタゴフ(ロコモチフ・モスクワ)
  1991年1月23日生まれ、北オセチアのウラジカフカス出身、MF(背番号81)、父称マラトヴィチ。
  弟ソスランもロコモチフの選手。

1.   Алан Дзагоев(ЦСКА).
  アラン・ザゴエフ(ツェスカ・モスクワ)
  1990年6月17日生まれ、北オセチアのベスラン出身。MF(背番号10)、父称エリズバロヴィチ。
  2008年のロシアプレミアの最優秀若手選手。  

このうちザゴエフ、エメリヤノフ、ストリャレンコはユーリー・コノプリョフ名称サッカー・アカデミーというサッカースクールの出身です。
HPによれば、FKトリヤッティとFKアカデミアと、二つのユースクラブを擁するらしい。
キリルロフもウィキペディアにはアカデミア出身と書いてあるので、HPの「我らがスター」欄には、可哀想に挙げられていなかったけれど、コノプリョフ出身ということになりそうです。

2010年11月23日火曜日

アホイ!絵本原画と人形劇

千葉市美術館まで、とにかく遠い!
駅(JR千葉駅)からもちょっとあります。
が、モノレールは高いし、モノレールの駅だって間近と言うわけでもないので、千葉駅から歩きました。
但し、モノレールの駅まで上がって行って、定期券売り場で、展覧会の前売り券を買ってから。

千葉駅前にはこんなものが↑
一緒に行った母が紙吹雪が落ちてないかチェックしていましたが、さすがにきれいに片づけられていました。
さすがマリーンズファン。

千葉駅前の掲示板にありました。
が、そんなに宣伝はされていなくて、ひっそりしていました。
モノレールの駅の売り場にはポスターもチラシも案内も何もなく、ほんとに売っているのかな?という雰囲気でした。

さて、駅前通りをてくてく歩き、思ったよりずっと小さかった公園の傍らを通り、まだまだ歩いて「広小路交差点」まで来て、曲がって中央市役所・千葉市美術館前にやってきました。

開館15周年記念
世界の絵本がやってきた
ブラティスラヴァ世界絵本原画展とチェコの人形劇展


隔年開催で野間コンクールと入れ替わりに開かれている、ブラティスラヴァの世界絵本原画コンクールの入賞作品の原画。
2009年はスペインのタシエスさんがグランプリでした。
暗い色調で力強い輪郭を持つ絵。
はっきり言うと不気味で、一見子ども向けではないかも。
戦争反対を訴えているという。

金のリンゴ賞
ベラルーシのパーヴェル・タタールニコフさん『アーサー王物語』とロシアのボリス・ザビローヒンさん『ロシアの昔話集』はゴージャスで、これまた子ども向けには思えない。
というか、豪華で誰が買うのか?という気もする。
絵は結構好き。
図録に本自体が掲載されていないのが残念。
(展覧会の会場には展示してあります。)
『アーサー王物語』は何故英語本なのだ??

スロヴァキア勢健闘とのことだったが、特に私が気に入ったのはマルチナ・マトロヴィチョヴァーさんの『トレーシーの虎』。
ウィリアム・サロヤン原作。
うーん、こういう子ども向けのものも書いていたのか、サロヤン。

日本作家の作品はなぜか猫多し。
あべ弘士さんの『ねこのおいしゃさん』
ささめやゆきさん『だんまり』
高畠純さん『どうするどうするあなのなか』

人形劇の方は、展示がシンプルすぎて工夫が足りないように思えました。
チェコの人形って、ヤン・シュヴァンクマイエルの作品にもよく登場するけれど、まともに無気味ですよね。
可愛くない。
のが圧倒的。
そういう糸操り人形が単にずらずら吊るされて展示されています。
頭部に棒がついているだけの、本当に単純な作りの操り人形もあります。

家庭用の人形劇場セット。
自分で手作りしましょうタイプのものやら、緞帳や背景を取り換えられたり、上下の照明付きのものやら、なかなか面白い。
これ、あちらではほんとうに一家に一つ(以上)あるものなんです。
キエフの洞窟修道院の敷地内にあった演劇博物館にも、こういうもの(もっと大きい)がありました。

かつて、黒田龍之助先生は「ああいう人形が家の中にあったら、私は嬉しくないです」とおっしゃっていて、確かに瀬名先生が絵本に描くようなキャラとは全然違うわけだけど、うちには普通にこういうのあったなー。
ズデニェック・ポドフルスキーの人形だったら。
スペイブルとフルヴィーネクの糸操りは、ごく小さいものを、母の同僚の方からチェコのおみやげにいただいていたのに、子どものことだから私と弟はさんざん乱暴に扱って、手の部分が伸びきってしまっています。
ごめんね、お二人。
展覧会場にあったのはかなり大きいサイズのものでした。

イジー・トルンカの人形は、伝統的なチェコの人形と比べると、すごく可愛らしい。
一つ一つアニメーション作品が思い浮かんで懐かしい。
そして川本喜八郎先生。
先生はやはりポヤルとともに、トルンカの正統な筋だ、と感じます。

最後の体験コーナーには、やはり操演のプロが常時いてほしかったな。
千葉には立派な人形劇俳優がたくさんいるんだから。

ミュージアムショップはあまり充実していません。
というか、この展覧会自体、商売っ気は全くありません。
展示された原画の絵本もあんまり売っていませんし、絵はがきは全くありません。
図録も上述したように、絵本自体の写真が載っていないので寂しいです。

展示数はまあ普通ですが、じっくり観ていくと、そのうち時間がなくなり(何せ遠くから来ているので)、人形劇映像上映(40-50分)が観られませんでした。
だから大変だけど、また行こうかなあ。
(二回観に行くなら、実は年会費払って会員になった方がお得。)
会期は12/5(日)までだから、苦しい・・・。

巡回する来年のうらわ美術館でも同じ映像を上映するのだろうか???

野間コンクールでは、大挙応募して、必ず入賞するイランからは、今回は入選作はなかったようで、ファルシド・シャフィエイさんの『お砂糖でできた人形』の絵本の展示があっただけでした。
表紙を観ただけですが、よさそうでした。
既視感はありますが。