2019年9月14日土曜日

録画メモ 中国映画

*赤いコーリャン
(家人には男女関係場面が気持ち悪いと不評気味。私は割と好きですが、まあ確かにキモ!な感じはある)
*草原の愛~モンゴリアン・テール 1995年
*天の馬(途中)

*暗戀桃花源 1995年台湾
*戀戀風塵 1987年台湾

*阿片戦争 1997年
*夜半歌聲 逢いたくて、逢えなくて  1995年

*乳泉村の子 1991年
*風の輝く朝に 1984年

*つきせぬ想い 1994年
*天使の涙 1995年

*息子の告発 1994年
*正義の行方 1996年

2019年8月25日日曜日

礼拝当番の後で観たロシアアニメーション

ロシアアニメーション 傑作選2
Aロマン・カチャーノフ特集
1,恋に落ちた雲Влюблённое облако
クラシカルで素敵な作品。しかし悪役の領主はなぜそんな悪いことばかり考えているのだろうか。
2,迷子のブヌーチカ  Потерялась внучка
邦題が酷い。ブヌーチカが固有名詞のような印象を与えるではないか。孫娘という普通名詞であるのに。
チェスに夢中(下手の横好きらしい)のおじいちゃんからちょこっと叱られた孫の女の子が街に出ると、偶々居合わせた○○とそれを追う警察官の方々なのだが、そこから大騒動に。
3,ライバル  Соперники
冒頭と最後の実写部分にパペットを動かしていくカチャーノフ監督自身が!
写真で観てきたよりもずっとハンサムくんなのだ。
虫取り網を手にした男の子が走っている、夏休みのわんぱく物語と思いきや、その子は案外怠け者。もう一人の若者の方に元ボクサーだったという来歴が生きているように思えた。
4,ピオネールになりたい  Чебурашка



ロシアアニメーション 傑作選2
B
1,いたずら仔猫Непослушный котёнок
部屋の中のあらゆるものを落っことしめちゃめちゃにしてくれる、うちの子そっくりで、可愛くてしょうがないね。(人間の方が可愛くない。残念。)
その後森に行って、仔ウサギ、仔リス、仔ハリネズミを悪さに誘って夜まで遊びまくる実に行動的な猫ちゃん。目の上のひげが強調されていてなかなかの面構えだ。ウサギとリスはもふもふでチョコレートの包み紙のよう。

2,トプティシカТоптыжка Федор Хитрук
日本初上映とあるが、バウスシアターで観たことがある。そのときはトプトゥシカ表記だったかも。
ウサギちゃん橇やシーソーで行動的。ハッピーエンド♡

3,大人になる方法Как стать большим
猫が片づけをするわけにゃいじゃないですか!

4,くいしんぼのクージャ Жадный Кузя Уфимцев, Иван Васильевич
実写の猫クージャを演じるのは縞々猫のワーシカさん。これもリスがかわいいいいいいいい。

5,小舟のチージック Катерок
これも日本初上映ではなく、2006年にシネマヴェーラ(ユーロだと思っていたが記憶違いだった)で上映された。「こぶねのチージック」表記だった。
同じプログラムに入っていた「ペンギン・スーのたからもの」のタイトルが酷いとロシぴろで話題になっていた記憶あり。

6,わにのゲーナ Крокодил Гена

2019年8月20日火曜日

録画メモ 父と暮せば/木の上の軍隊

衛星劇場の無料放送
こまつ座特集
「父と暮せば」
※この舞台を観た時のことはこちら。
「木の上の軍隊」

「ひろしま」


録画メモ ひろしま

長田新先生、恥ずかしながら私はお名前を意識しないまま『原爆の子』を読んでいた。
日本教育学会の初代会長だったというのは児島宏子さんから教えていただいた。
ご遺族であるMさんから、長田先生と祖父とは日本子どもを守る会で面識があっただろうと指摘されて、改めてご縁を感じた。
Mさんから映画「ひろしま」の存在と、ようやく上映されるようになったいきさつなども伺い、オーディトリウム渋谷(現ユーロライブ)での公開に際して観に行ったのは、調べてみたら2011年の夏だった。
あの頃は弟も前猫も叔父も存命だった。

この夏、ETVで放映されると知って、あの時にMさんが「新藤兼人の「原爆の子」は乙羽信子のための作品になってしまったけれど、「ひろしま」はオールスター出演だけれどそんな風にはならなかった、惜しむらくはあまり広島弁じゃないことだけど」と紹介し、強く薦めていただいたのを思い出す。

8年ぶりに再見し(無事録画できた)、こんなに強いメッセージを持っていたのだなと改めて思う。
何度でも繰り返し観るべき作品だ。

2019年7月28日日曜日

きらきらしている

4/27~7/31の展示期間のところ、やっと観に行けた
「キャンバスに集う~菊池恵楓園・金陽会絵画展」

全生園には昨年春(桜満開だった)の肉球新党の見学学習会以来。

展覧会とかってなるべく会期の早いところで行った方がいいのはわかっているんだけど、やっぱりぎりぎりになってしまう。
こちらは前期後期で展示の入れ替えはなかったものの(イランの子どもの本展はそれで前期の展示を見逃したのが痛恨)、最初の方で観に行った友人がいただいたというポストカードはやはり好評につき品切れだったようだ。
図録はあります!無料です!是非受付でいただいてください!


台風で大雨が近づいているという不吉な予報の中。
都会とは天候違うかも。照っていて暑い。
(帰りのバスに乗り込んだ途端に激しく降り出した。)

明るくポップな画風が多かった。

「絶望あるところに希望を」
「闇あるところに光を」
「生きるため、描き続けた。」

そんな中にも「集団脱走」「鎖」といった胸つかれる絵がある。
・「集団脱走」
木下今朝義(1914-2014) 100歳という長寿を全うされたのか。
1998年の作品。
1932年に起こった職員留任陳情のために熊本県庁に行こうとして脱出を図った患者500人が途中消防団(一説では警官隊)に阻止された事件を描く。
「遠足」「家族」ともに谷内六郎のようなノスタルジックな画風・色彩。
・「鎖」
中原繁敏(1926-2014)
2000年の作品。
無断外出なのの規則違反をした患者が収容された監禁室を描いた。
1916年に法律で療養所長に患者を処罰できる権限が認められ(癩予防ニ関スル法律改正 4条の2)、1931年には国立癩療養所患者懲戒検束規定制定
扉の下から階段にかけて血が流れ出ている一方、右側の草原の斜面を猫が歩いている。夕焼けだろうか曙光だろうか、空と山の端がオレンジ色の光に染まっている。
あ、これ、全生園にもあった風景なのだよな。
近日中に草津の栗生楽泉園重監房資料館に見学に行かねば。
との思いを強くする。
・「根子岳」
森繁美(1930-2005)
色合いはセザンヌのサント・ヴィクトワール山を描いた数々の絵を、筆致はマティスあたりを思わせる。「納骨堂」「園内風景」は不自由な手で絵の具のチューブをキャンバスにそのまま押し付けて塗ったようだという。

出品作家のうち何名かご存命の方はいらっしゃるが、現役で描いていらっしゃるのは吉山安彦(1929-)現理事長のお一人とのこと。

絵画展を観た後、私はすぐに療養所の周辺で肉球新党のリーフレットをポスティングするつもりだったが、母が企画展の会場の隣にある図書室にとことこ歩いて行った。
「借りられるものなら借りたい本がある」と言って。

母はカウンターにいた司書さん(学芸員さん?)に尋ねた。
「『貧しき人々の群れ』みたいな題名の本なんだけど、あります?」
今どき宮本百合子の本を読むっていうのか?
しかもわざわざハンセン病資料館の図書室に来てどうして?
と、私は傍らで思ったのだが、さすがは司書さん、母のいい加減な言葉からもちゃんと望みの書籍を探してきてくれた。
『悲惨のどん底』という題名だった。
(全然違うじゃないか!まあ、雰囲気は似ているかもしれないが…。)
この本は昭和5年刊行の本で、最後の方のページが破れてしまったりしていて保存状態もよくない。
そのせいか禁帯出となっていて、借りたいという母の願いは叶わなかった。

が、帰宅してから調べたら、なんと国会図書館のデジタルアーカイブで読むことができる(プリントもできる?)のだった。

ロシア帝国に支配されたポーランド生まれのСерошевский, Вацлав Леопольдовичという作家・シベリア民俗学者・ポーランド独立の志士は、シベリア流刑でイルクーツクに来てポーランド語やロシア語でものを書いていて、第二次大戦が終わる直前にポーランドで亡くなっている。

『悲惨のどん底』の原題は«Dno nędzy» (Предел скорби)(悲しみの限界)
シベリアの奥地(ヤクート)に放置され、ひと月に一回食糧を遠くから投げ渡されるだけで放置される(熊に襲われたりする)、日本の隔離政策とは似ていないようで実は酷似しているんじゃないかという、悲惨の極みのハンセン病患者のことを書いた小説のようだが(母の記憶による)、これを訳したのは全生園のエスペラント部にいた黒川眸である。

ということは、エスペラント語から日本語に訳したわけで、セロシェフスキはエスペランティストだったのか?ロシア語またはポーランド語からエスペラントに訳したものがあったということなんだろうけれど、それはどういう経緯で日本に入っていたのだろうか。

母と別れた後、道を渡って向こう側の住宅街で肉球新党のリーフレットセット100部ポスティングしてからバスに乗って駅に戻った。

2019年7月21日日曜日