白金台のイラン文化センターのペルシャ絨毯を再び踏むことがあるだろうか。
そう願っているが。
イラン文化センターは駅からすぐのとあるビルの2階にあって、靴を脱いで入るとペルシャ絨毯なのですよ。
そこでイラン美男子がかいがいしくお飲物を配ってくださって、舞い上がってしまいたくなります。
(たぶん、柘榴ジュースではなくて、普通のオレンジジュースかなんかだった。)
講師は鈴木均先生で、
第一回 革命前
第二回 革命とイラン・イラク戦争時
第三回 90年代のイラン映画の興隆と国際的受容
第四回 現在(イラン国内から国外へ)とドキュメンタリー、鈴木先生の自作
というバランスもとてもよかった。
最初の二回は未知の映像・情報も多く、特にイラン・イラク戦争を描いたイラン映画を実はあまり知らなかったことに気づかされ、良い作品に触れることができたと思う。
三回目と四回目は割とお馴染みの作品が多く、わくわくしながら観た時のことを振り返りつつ楽しめた。
そして、特に有名な「友だちのうちはどこ?」については細かくその象徴性を指摘してくださって新たな感動を呼び起こすことができた。
しかし、この講座全般、イラン映画を観倒しているような結構コアなファンが対象だったかもしれない。
質疑応答の時間は結局殆どなくて、普段旧ソ連圏の映画についての疑問点をオーソリティーに気軽に尋ねているような、«痒い所に手が届く»ような解説と言うわけではなく、前々からの最大の疑問「圧倒させる作品を次々と世に放つイラン映画人たちは一体どこから沸いて出てきたのか?」(つまり映画人育成のシステムが、映画大学なり専門学校のようなものなり教育機関があるとか、監督の元で修行して独立していくような仕組みなのか、国外で学んできたものなのか等々)についてはよくわからないままで終わった。
最後、鈴木先生のコレクション「イランにおけるおしんグッズ」の写真を撮らせていただいたので、ここに載せておきます。
水筒・チリトリ・マッチ・筆箱など
靴下とか靴とかカチューシャ?とか
OSHINとローマ字書きのが多い中で、ペルシャ文字のものも。
アフマディネジャド政権末期の締め付け、文化人たちの亡命、移住も重なって、最近はちょっと翳ってきたかと思いきや、ファルハーディーという大物が出現してきましたからね、まだまだイラン映画人たちは健在です。
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