2026年1月16日金曜日

治安維持法と「国体」

 

治安維持法制定100年の年に続々上梓される荻野富士夫先生!11月にまたまた新著登場。なのだが、いつもなら治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟でどしどし販促モードになるのに、まだ今のところ推薦のレビューもない模様。なぜ?

この本の序論とⅠは『週刊金曜日』『地平』『治安維持法と現代』といった雑誌に寄稿した文章の改稿であり、Ⅱの「共産党は「君主制」「天皇制」をどうみていたのか」が新稿とのこと。よって、「国家防衛・治安維持のため(改正前の)治安維持法はやむを得なかったのではないか」との擁護論への反論の部分は全く新しいものではないのだけれど、参政党が言い立てる「共産主義者を取締るためには必要・必然の法だった」との論調にはこれまで以上に反証を行っていく必要が出てきていると改めて考える。

 昨年、高校生相手に治安維持法についてのお話をした際にも、「エスペラントの講習会をやっていて、教え子の方たちもろとも検挙された」という話になると、「語学の勉強会をやっていたことで治安維持法の対象に?!」と驚きと恐れを与えることになったようなのだが、それなら「国体の変革」を目指した共産主義者とか無政府主義者とかに対してなら取締って(その挙句、坊門して死なせるようなことになって)も構わない、それは必要なことだったのか?となりがちなのだが、そういう方向になってはだめなんだよなと、常々思っている。

「そもそも、治安維持法は思想信条の自由を侵す、そもそも悪法である。」という認識をもっと言っていかなければならないのだと。

思い出のコンサート①

 終活。

昔々に行った、美術展・お芝居・映画・コンサートなどの紙類の処分しているのだが、「こんなのに行った???」とさっぱり覚えていないものもあれば、強烈な印象を残しているものもあるし、そう言えばねえと思い出すものもある。

(1)

鎌倉芸術館小ホールにロシア語クラスのクラスメイトと行った、オクサナ・ヤブロンスカヤのピアノリサイタル。

1997年4月9日(日)、聴いている最中に私はその日あった選挙の投票に行っていなかったことを思い出し、断腸の思いで途中で会場を後にした。

申し訳なかった・・・。

(2)




1996年10月23日ドミトリー・リス指揮のウラル・フィル。

カンチェリの「悲しみ色の祖国」に撃たれた。まるでミハルコフの映画の一場面が目の前に広がるような・・・

と後々記憶していたのだが、この日のプログラムに「悲しみ色の祖国」はなく、カンチェリの曲では交響曲第7番「エピローグ」となっている。(他にはシューマン交響的練習曲作品13より第9変奏および終曲~チャイコフスキー編曲・日本初演、山田耕筰交響詩「神風」、ラフマニノフ交響曲第3番)。

「悲しみ色の祖国」だと思い出していたのは「エピローグ」だったの?

(その後ラフマニノフを聴いたのは確か。)

「悲しみ色の祖国」は、翌日のプログラムにあり、この日の公演は後にNHK-FMで放送してそれを録音して聴いているので、記憶が入り混じってしまったのだろうか。

リスとは、その後有楽町で再会した。


2026年1月10日土曜日

「わが教え子、ヒトラー」を追加 オデッサ海岸通り: 録画メモ ヒトラーたち

オデッサ海岸通り: 録画メモ ヒトラーたち: 見つけた!映画館で観てプログラム買ったはずなのに行方不明だった。物置状態だったソファーで発見。録画したDVDと一緒に保存しておきましょう。 「顔のないヒトラーたち」 「帰ってきたヒトラー」 2026.1.10補記 ヒトラーものとして追加 *わが教え子、ヒトラー(20...

2025年12月21日日曜日

読書メモ:学校では教えてくれないシェイクスピア

 

『学校では教えてくれない~』とのタイトルは”ネットで真実”系のネトウヨ情報を連想してアレなのだが、さすが北村先生、それに都内トップ男子校の生徒さんたち!打てば響く講義内容で濃密な知的空間に羨ましい限り。最大の気づきは「シェイクスピアは学のない(が文才はあって強靭な運の持ち主である)劇作家」ということ。大学に行っていなくて見識は深くなく地理的な間違いがけっこうある等々。こういう講義を受けたいし、こういう本をどんどん読んでいきたい。チェーホフとかで。

2025年12月10日水曜日

読書メモ 『こぐまのララはうたう』

 

『茶色の朝』、いやむしろ『かさをささないシランさん』系統の絵本で、解説を読まないと台湾の白色テロによる人権弾圧をテーマにしたとはわからないだろう、権力者の理不尽な人権侵害が一般化普遍化した形でメルヘンになっている。そして悲しみを湛えたエンディングに今年の死刑映画週間で観た台湾映画『流麻溝十五号』を思い出した。 絵はまあまあ可愛い。しかし・・・やはり子ども向けではないだろう。台湾の状況を子どもにわかりやすく解説できる日本人がどれだけいるだろうか。
モデルは蔡焜霖さんとのこと。毎日新聞夕刊2025年10月22日の紹介記事で知って図書館にリクエストした。

2025年12月8日月曜日

オデッサ海岸通り: 今年のクリスマスに贈る本(2025年補充)


12/6の子どもを守る文化会議のメイン発言者暉峻淑子先生は、96歳とのことだが、大変お元気で「立ってやります」とおっしゃって、ほんとに90分間立ったまま発言を続けていらした。
戦争体験、家庭での子育ての体験を交え、競争ではなく対話で、平和と民主主義と人権を培っていこうとお話しされる姿はとても説得力があった。
先生のご本はたいてい読んでいるのだが、なぜかこの本はまだだったので、会場で購入して、先生のサインをいただいた。
中頃の、サンタクロースこと聖ニコラウスの出身地を訪ねる弾丸ツァーの件から読んでいる。
地中海沿岸の町ミラ(伝道していた場所)と出生地パタラは現在イスラム圏で派手な観光地化はされておらず、辛うじて跡が残っている状態であるとのこと。
対し、フィンランドのサンタ村については、「すっかりアメリカ化された観光地」と厳しい。
今後、大切に読んでいこう。

今年は、1~4月の立川プレイミュージアムでの堀内誠一展で、『くろうまブランキー』の原画に再会できた。
原画展は何度があったけれど、今回は初めての全点展示・テキスト全文展示だったので、絵本の世界にどっぷり浸れることができた。

11月に祖父母の反戦平和活動のことをお話する機会を得たが、そこにフレネ研究会の方が参加されていて、『ブランキー』がフレネ学校の生徒さんの作ったお話だと初めて知ったとおっしゃっていて、祖父の導きだったのかなと思ったり。

ブランキーのポストカードは、今なら銀座のナルニア国(教文館)で入手できるはず。



オデッサ海岸通り: オデッサ海岸通り: 今年のクリスマスに贈る本(2024年補充): 聖なる夜に 著者 : ピーター・コリントン ビーエル出版 発売日 : 2000-11-01 ブクログでレビューを見る» 「こころの友」に掲載されていたクリスマス本。 トレーラーハウス住まいの老女がアコーディオン演奏で日銭を稼ごうとするもとうとう質に入れてやっとの思いで得た小銭をひ...


堀内誠一さんの絵本デビュー作。パウル・クレー風の絵がとっても素敵。
ストーリーも泣かせます。フランスの小学校の児童達の共同制作なのです。

祖父から贈られた本で、これまでに何度も何度も読みました。
おじいさま、ありがとう!

2025年12月5日金曜日

読書メモ:刻印 満蒙開拓団、黒川村の女性たち

 

遺族会の現会長ご夫妻、先日の高校生平和のつどい証言の分科会の前後にお顔を合わせた。人当たりの良い感じのよい方たちで、つどいの前後にも講演予定があるとのことであまりお話する時間はなかったが、引き継いで語っていかなければならないことを的確に掴んでお話しされる方だった。 前会長、やはり現会長とは同姓ながら親戚関係はないとのことで、ずっと公表には強硬に反対してきて、この本を読んで、一人「悪役」を背負ってしまった形に、もはや可哀そうにさえ思えてしまうが、事実を隠そうとしてきたのは絶対彼ばかりではないのだよなあ。
かつ、前会長の行為は一応は「接待させられた女性達を誹謗中傷から守るにはこうしないといけない」と信じていたからというのがあるわけで、彼女たちの尊厳を踏み躙った最大の加害者たちは、まずは「接待させよう」と発想した人たちだし、後に彼女たちの行為をあろうことか誹謗中傷した人たちではある。でも、ご本人たちが顔を出し本名を名乗って証言しているのに、なお隠蔽しようとしたのは、彼女たちのことを考えてというよりも、やはり自らの罪を認めようとしない、卑怯な態度だろう。日本の縮図だ。
非常に立派な態度の遺族会現会長だが、長年自民党員で、町議会議員で、議長も務める。ここまでは保守派の人に時に見かけるタイプとして違和感はない。著者はさらに2024年の自民党総裁選で彼が石破氏ではなく高市氏に投票したと聞いて「え?高市さん?」となったと記述しているあたりはなかなか興味深い。高市氏が侵略を認めない発言も「直接は聞いたことがない」から、ご自分は日本人の加害行為を認めるのに全く抵抗はないが、歴史歪曲主義者のことをよく知らないままに支持してしまう、ということか、と。