「フリーダ」
トロツキー、出てくるけれど疲れた老人って感じ。と友人に言ったら、その時期のトロツキーは妻ナターシャに捧げるこんな美しい詩を書いているよ、とメールで送ってくれた思い出。
「サイレント・ソルジャー」
録画しただけでまだ観ていない。
「マイ・インターン」
最初にTVで観たとき、デニーロがこんなにおじいちゃんに?といささかショックを受けたけれど、ハートウォーミングで素敵で、疲れた時に観るといい映画。
「フリーダ」
トロツキー、出てくるけれど疲れた老人って感じ。と友人に言ったら、その時期のトロツキーは妻ナターシャに捧げるこんな美しい詩を書いているよ、とメールで送ってくれた思い出。
「サイレント・ソルジャー」
録画しただけでまだ観ていない。
「マイ・インターン」
最初にTVで観たとき、デニーロがこんなにおじいちゃんに?といささかショックを受けたけれど、ハートウォーミングで素敵で、疲れた時に観るといい映画。
リニューアルした原宿駅を降りて、何十年かぶりに竹下通りを端から端まで歩いて(コロナ禍なので活気はなかったが、ちらほらとノーマスク、鼻出しマスクの人がいて、やはり恐怖を覚える)、原宿通り、旧渋谷川遊歩道路に沿って歩くと、
ペテルブルクのプーシキン博物館付近にも似た雰囲気で、おや、あそこに見えるのは宇宙飛行士の肖像?
そこではゴルバチョフさんとレーニンさんがお出迎え。「ある画家の数奇な運命」
昨年「異形の鳥」を観ようと思っていたんだけど、まだ体調が整わず、気分が乗らないから、まずは身体慣らしのつもりでシャンテに観に行ったが、まあまあよかった。この作品も長いのだが、巧みなストーリー展開であまり長さを感じない。戦中のエピソードはT4作戦なのだよな。セバスチャン・コッホがとにかく好きなのだが、こういう役柄でも応援したくなってしまうのが困りものだ。
「ヒトラー 最期の12日間」
あの有名な作品です。
最近ラテンアメリカ映画づいていまして、ペルーの「名もなき歌」、アルゼンチンの「明日に向かって笑え」に続いて、今度はチリの「83歳のやさしいスパイ」@シネスイッチ銀座
「ハニーランド~永遠の谷」がドキュメンタリーというのと同じくらい驚愕。
主役セルヒオさんが「マイ・インターン」のデニーロみたいに素敵な爺様。
ストーリーには全く絡まないが、特養ホームには猫様が棲息、数匹がのんびり出演されていた。
特養ホームの男女比が10:1くらい?で圧倒的に女性が多いのって、女性の方が長寿というのもあるだろうけれど、高齢男性は配偶者とか周囲の人に面倒を看てもらえる割合が高いけれど女性は家族で看てもらえなくて施設へというケースが多かったりもするのかと思ってしまった。
このドキュメンタリーに出てくる女性たちは皆可愛らしくて(というと失礼なのかもしれないが)切ないなあ。
一方、少ない男性の入所者さんたちはセルヒオさんとどうつきあっていたのだろうか。そこは全く見えなかった。この新入りさんに嫉妬するかしらん?
ホームはカトリック系で皆さん篤い信仰をお持ちのようで職員さんも親切。ただセルヒオさんがやすやすとスパイ活動できちゃう緩さは至る所にある。セルヒオさんは悪意ないにせよ異性の個室にノーガードで侵入できちゃうのは施設としてどうなのか???とは思った。
セルヒオさんの報告がそうなるだろうことは割と予想できたよね…。
シネマヴェーラで貯まったポイントで「恐ろしい映画」特集の「スペードの女王」観てきた。1949年イギリス映画。1960年ソ連のオペラ映画と違ってプーシキンの原作による。モノクロながら当時のペテルブルクの貴族生活の一端を丁寧に描いているのではないか。心理描写は乏しく大して怖くはないが佳作。
ソ連のオペラ映画(ロマン・チホミーロフ監督)「スペードの女王」は今は亡きBOX東中野で観てその後アテネ・フランセとかでも観たかも。伯爵夫人も発狂するゲルマンも気合が入りすぎてるくらいだったが、今回のはリーザを巡る若者たちの関係が可愛らしい感じ。それと貴族社会の出世街道は大変そう。
英語の「スペードの女王」でも構わないのだがプリンス・プリンセスを王子・王女とする字幕はちょっとな。リーザが伯爵夫人を「アナ」と呼んでいることにもなってるし(元の台詞ではアンナ・イヴァノヴナ(だったか)と父称付きで呼んでいる)
伯爵夫人、プーシキンの短編ではそんなに身分が高く社交界で力を持っているようにも思えなかったのだけれど、『戦争と平和』のアンナ・シェーレルみたいに引き立ててもらいたい男性たちがご挨拶ににじり寄って来る。大体辛辣にあしらうのだが親戚筋なのかパーヴェルと彼が紹介した近衛兵のアンドレイくん(いい人)だけはお気に入り。
アンドレイくんはリーザにもゲルマンにも優しくて、その点伯爵夫人には人を見る目があったんだな、と思う。しかし若い頃と人が違ったように横暴な老女になってしまう。なぜ夫人が賭けで大金を得たのか(その必要があったのか)なんとも合理的なわかりやすい描写がされていた。(ほぼプーシキンの原作の筋書き通りの1949年版だが、この点は違う。後述の文庫で確認したが、原作では賭けですった大金を賭けで取り戻すのだが、ここでは違う要素が入って来る。)
※このイギリス映画の方の「スペードの女王」はDVD化されていた。
※プーシキンを読み直そうという気になったのだが、文庫では2005年の岩波が最新?と思ったら光文社古典新訳文庫は『スペードのクイーン』というタイトルになっていた。
※伯爵夫人の名前はプーシキンだとアンナ・フェドートヴナのようだが、この映画ではアナ・イヴァノヴナ(だったと思う)・ラフネスカヤだった。