2010年10月17日日曜日

むずかしい愛 あるサッカー選手の冒険(「孝行息子」改題)

ユーロ2012予選グループBは、現時点では2位にアルメニアがつけています。
まだまだ序盤とはいえ、この展開は予想外でした。
アルメニア代表選手のリストをみると、若い!
90年代生まれの選手が大半です。
ロシア人から「アルメニア人っぽくみえる」と言われたことがある私としては、ちょっと肩入れしたくなってしまいます。

ロシア代表の方でいうと。
90年生まれのザゴエフはほぼ代表に定着したようで、91年生まれのアラン・ガタゴフやゲオルギー・シチェンニコフ、パーヴェル・ヤコヴレフ、アレクサンドル・ココリン、ヴィターリー・チリュシュキンらが有望株だと言えるでしょうか。
(あいかわらずDFが人材難のようである…)

92年生まれではロマン・エメリヤノフ
2009年、トリヤッティのサッカースクールで同名の富豪アブラモヴィチの目にとまり、チェルシーへ修行に。
2010年1月にシャフチョール・ドネツクと契約、現在はザリャ・ルガンスク所属。

あと、名まえをすっかり忘れたけど、ロシア系エストニア人(エストニア国籍を持っている民族的にはロシア人と言う意味)でエストニア代表にも呼ばれているけれど、ロシア代表になりたい、と言っていた若者がいました。
(92年よりも若かった可能性あり。)

それから、1992年2月22日カザフスタン生まれのドイツ系、その名もアレクサンドル・メルケルが、なぜかドイツ代表ではなくロシア代表を希望しているとのこと。
ユースではドイツ代表としてプレイしたのに、今更なぜドイツではなくロシアなのか?
私はこの選手のプレイを観たことはありません。
この選手の来し方についても、1年前のスポルト・エクスプレス紙に載っていたインタビュー以上のことは知りません。

ドイツ代表で出られるなら、その方がいいような気がするのですが…。
「心からのロシアファンです、ドイツのではなくて」
本人はどうしてこのような心境になったのでしょうか?
代表入りするだけの実力があるのかどうかという問題はとりあえず置いておきます。
彼のロシア代表入りにとっての最大の障壁は、現時点でロシア国籍を持っていないということです。

ヴォルガ・ドイツ人或いは東方ドイツ人と呼ばれるマイノリティー。
彼らがドイツからヴォルガ沿岸地域にやってきたのはドイツ出身の「大帝」エカテリーナ二世の奨励政策に応えての植民活動ででしたが、そこからカザフへの移動はスターリンによる強制移住によるものでした。
ドイツ人だけではなく、チェチェン人・イングーシ人・朝鮮人など、スターリンによって「敵性民族」とされた民族はカザフのステップに強制移住させられ、カザフは旧ソ連構成共和国のうちで唯一基幹民族が人口の過半数にいかないところとなります。

ソ連から独立後、カザフでも当然民族運動が興隆し、これまで国の中枢にいたロシア人やかつて強制移住させられたマイノリティーたちの多くは移住前の土地に帰還しますが、諸々の事情によりヴォルガ・ドイツ人には帰るべき土地がなく、ロシアやドイツへ移住することになりました。

メルケル一家も、彼が6歳のときにドイツに移住。
移住当時のメルケル一家がそうだったのかどうかはさだかではありませんが、こういう旧ソ連圏から移住してくる、かつての「東方植民」の末裔たちは、ドイツに来てもロシア語しか話さず、周囲との軋轢を生み、苦境に陥るようなことも少なくないのです。

ドイツの国籍を獲得。
ドイツのユース代表としてプレイ。
彼の場合、才能あるサッカー選手として、差別や偏見にさらされることは一般の移民一家よりは格段に少なかったと思われるのですが、それでもドイツには溶け込めない何かがあったのでしょうか。
「自分のことは、ドイツ人と言うよりもロシア人だと感じている」

しかしサーシャも、おそらくドイツ国籍を捨ててロシア国籍を得ようと考えているのではなく、現在持っているドイツ国籍に加えてロシア国籍を得て、二重国籍を認めてもらおうとしているのでしょう。
ロシア国籍だけになったら、EU枠でなくなってしまい、イタリアでプレイする上での問題が生じると思われます。

これまでの経歴では、メルケルとロシアの接点はあまりしっかりしたものではありません。
「祖母はロシア人」とのことですが、出生時カザフでの民族籍登録は「ドイツ人」であり、「ロシア人」ではなかった(たぶん)。
出生地はロシアではなく、カザフ。
でもロシアにとっては旧ソ連圏という「近い外国」。
(ロシアの国籍法は、基本的には生地主義ではなく、血統主義です。)
ロシアのクラブでプレイをしたことはない(どころか、これも本人の言うところによれば、「6歳でドイツに連れられて来てからは一度もロシアに行っていない」)。
彼は「自分のことは、ドイツ人と言うよりもロシア人だと感じている」と言うのですが、他人は彼のことを「ロシア人と言うよりはドイツ人」と感じるのでは。

が、恐らくロシア国籍を取得見込みはあるのでしょう。
あるからこそ、ドイツ代表を断るという「英断」をしたのでしょう。
彼はあんまりロシアのことを知らないで憧れているみたい。
錯綜し、難解な、彼の愛郷心。
サーシャくん、ロシア代表になって、ドイツ以上にロシアに幻滅することにはならない?
杞憂ならいいのだけど。
代表入りする前に、ロシアのクラブでプレイしてみるといいかもしれませんよ。
ヴォルガ河畔のサマラはいかが?
サマラに行ってくれたら、「特にイケメンではない」と発言したことは撤回します。

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