2012年4月14日土曜日

苦手な「理屈抜きで」

やっとグルジア映画特集について書いた(オデッサ・コスモスにアップした)。
今回のラインナップは、一通り全部観たことがある作品なのだけれど、あまりに雑多で、簡潔に紹介するのが難しかった。

思い入れが相当ない(印象の弱い)ものもちらほらと。
しかし、“打ちのめされるような”作品も少なくない。
そのギャップが何とも言えない。

さて、今日は久しぶりのロシア語の授業で、先生はさらにさらに久しぶりだった。
おひとりでどんどん説明をしていく学者肌の先生で、もしかして、私は一言も発しないで授業が終わってしまうのか?と心配し始めた(後から考えると、最初のご挨拶と出席の返事で声は出していたが)ところで、ようやく練習問題に入って単語を一言ずつ答えていったのだった。
ロシア人が書いたという、その文法の教科書は、先生の説明によると5部に分かれていて、
1.説明不能の用法(とにかく覚えろ、っていうものです)
2.本来的な意味による用法
3.モダリティ(何らかの判断・評価を伴う??用法??←よく呑み込めなかったが、そのうち詳しく説明してくださると期待します)
4.コンテキスト(文脈)
5.結果(こちらは漠然とわかるような気がした)
これを1.から順に細かく学んでいき、先生がおっしゃるには予習よりも復習をとのこと。

でも、不思議だったのは、なぜ「本来的な意味」から入らないで、「説明不能の用法」が最初なのかということだ。
「本来的な意味」から教わった方が、私には納得しやすいように思われ、最後になって「でも、ただ覚えるしかないような用法もあるんだよ」と言われた方がよさそうに考えられるのだけど。
(昔から丸暗記が苦手で、何かかやと説明をつけないと頭に入らないのだ、私は。)

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