2012年4月30日月曜日

おめでとう

遅ればせながら、ゼニット優勝おめでとう。

このところのゼニットの横綱っぷりは目覚ましくで、ずっとゼニットが優勝しているような印象を持っていたが、ほんの?2連覇だったか。

しかし、開幕当初はセマクが、続いてブィストロフ、これからってときにケルジャコフ、まさかのマラフェーエフ、最後の方はダニー、と怪我による離脱者も多くて、大変そうだったのに、終わってみれば(シーズンはまだ終わっていないが)圧勝だったのだ。
ロシアサッカーは、今や、ゼニットの天下であるといえよう。

私は特にゼニットのファンではないのだが、ゼニットはペテルブルグの町にしっかり入り込み、“ブランド”化しているようにみえる。
空港にもメインストリートにもちょっとしたショッピングセンターにも、ゼニットショップがあり、空港にも通りにも選手の写真があるし、男性ファンだけのものではなくなっているのではないか。
なんたってオシャレなイメージだ。
モスクワでたまーに見かけるスパルタークやディナモのもっさりした感じと好対照だ。

しかし、ペテルブルクに、なぜゼニットなのだろう?

ご存知のとおり、モスクワにはいくつも「~モスクワ」というサッカークラブがある。
だが、ペテルブルグでサッカークラブと言ったら、ほぼゼニット一択だ。
無類のサッカーファンであったショスタコーヴィチが贔屓にしていたディナモ・レニングラードは、現在アマチュアリーグ。
(2010年シーズンは一部リーグまで上がってきていて、一瞬期待したのだが、1シーズン限りで降格してしまった。)
『驚くべきショスタコーヴィチ』で、ショスタコーヴィチが当時のサッカーリーグを観戦してサッカー観戦仲間にあてて書いた手紙に残っている、今では耳慣れないクラブ«赤い曙光»(と亀山郁夫先生は訳されている)は、1946年以降の動向は不明だ※。

※1922年に設立され、1946年には«Электросила» Ленинград(エレクトロシーラ(電力)・レニングラード)に名称変更(38,39年には「エレクトリク」という名称になっている)。
ディナモ・モスクワのサイトの中に、このクラスナヤ・ザリャの1940年の試合結果が記録されている。
これは、1897年に創立された電話の工場«Красная заря»を母体としているのだろうか?(サンクト・ペテルブルグ百科による


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