2012年10月2日火曜日

ルヴォフ、カルパティ、地下水道

「僕を愛した二つの国~ヨーロッパ、ヨーロッパ」を撮った、あのアグニェシュカ・ホランドの新作というだけあってさすがのひとことだった。

「ソハの地下水道」

今度の作品の主人公は、「ヨーロッパ、ヨーロッパ」のマルコのような“美少年ではないが守ってあげたくなる可愛い魅力を持った少年”とは対極にある、ブルーカラーの(しかも生業の他に法に外れた副業もしている)いささか無教養で実に庶民的なおじさんである。

舞台となっているのは、当時ポーランド領であったルヴフ。
現在はウクライナ領。プレミアにはカルパティというサッカーチームが所属しているリヴィウである。
私はリヴォフと表記することが多いが、この映画ではポーランド人のソハが地下水道に多くのユダヤ人を匿っていたという実話を元にしているので、ポーランド風にルヴォフとする。
言うまでもなく、多民族・多言語空間である。
(イディッシュ・ポーランド語・ドイツ語・バラク語・ウクライナ語・ロシア語)

ソハは決して崇高な人類愛に燃えていたわけではなかったけれど、結果的には神様の御目に適うことをした。
同名の小説(集英社文庫)にはなく映画のオリジナルキャラクターであるウクライナ人将校ボルトニックだって、ソハや妻のヴァンダとそんなに違っていはしなかったはずだけど。

このウクライナ人もまた、当時の標準的な庶民の姿であっただろう。決して根っからの悪者ではない(いや、結構いい奴って感じだ)。
確かに反ユダヤの風潮があったこの土地で、ウクライナ人民族主義者のナチス・ドイツ協力が存在したのは事実だが、ポーランド人にしても同様にユダヤ人追放や対独協力を行った者は少なくなかったのだ(けれど、それはこの映画では見えてこない。特にソ連によるポーランド解放後、ポーランド人によるユダヤ人弾圧がかなりあったことを考えると、最後の「もう大丈夫だ!」というソハの台詞が皮肉に聞こえてしまったのだが)。
アンジェイ・ワイダ監督はあの「カティンの森」で敢えて良いロシア人将校を登場させていて、あれはおそらくロシアでも、ロシアでこそ上映して欲しいがためのサービスだと思われるが、ホランド監督はそういった気遣いはしていない。
ドイツとの共同制作の割にはドイツ兵は古典的なまでにただただサディスティックなキャラクターとして描かれているし、ボルトニックはユダヤ人狩りにこだわってソハを追い詰めていく役柄であるわけけれど、これがなぜポーランド人ではなくウクライナ人という設定としたのだろうか?と気になってくる。

ウクライナ人の対独協力あるいはユダヤ人弾圧は、ソ連時代はタブーであったようだが、このところ目立って映画や小説に現われているように感じられる。そしてそのたびに「ウクライナ人は反発している」というニュースも目にする。
『エブリシング・イズ・イルミネイテッド』及びその映画化作品「僕の大事なコレクション」で、あるいはディナモ・キエフの死の試合を描いた映画«Матч»で。
そして今度はポーランドからもウクライナはそんな風に描かれてしまっているのか、という気がして残念だった。しかもホランドのような巨匠によって。
これに対してウクライナ側は有効な反論をできているのだろうか?
芸術には芸術で。
ホランドに対抗し得るような大物監督による、きちんとしたウクライナの歴史ものが観たいものである。
それって、キーラ・ムラートヴァかユーリー・カラくらいだろうか。



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