2011年7月7日木曜日

中央アジアと中央アジア

ソ連時代、カザフは中央アジアではなかった。
というのは、何かの本で読んで知っていた。
なぜカザフだけ違うのかは知らないけど。

ソ連時代の中央アジアはСредняя Азия
ウズベク、トルクメン、タジク、キルギスの4カ国。

現在の中央アジアは5カ国。
カザフスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン、タジキスタン、キルギス。
Центральная Азияという。

ソ連時代には、カザフはカザフであって中央アジアの枠組みには入らない、とされていたのか?
15あったソ連邦構成共和国の中で、唯一基幹民族の割合が過半数に達しなかったのがカザフである(ロシア人の割合がカザフ人と拮抗していた)。
そのせいもあってかアジアよりもヨーロッパ志向なのでしょうかね。
今ではAFCじゃなくて、UEFAだし。

5カ国の中で、タジキスタンを除く4カ国の基幹民族の言語はチュルク系。
タジク語のみペルシャ系。
ただし、宗教はシーア派ではない。
イランとは違う。
イランでは宗教的に、あるいは政治的に撮影許可が出ないような作品を、タジキスタンで撮るというのは、マフマルバフなんかがやっていた。

5カ国の中で、正式国名に「スタン」がつかないのはキルギス(КиргизияあるいはКыргы́зская Респу́блика)。
なぜ「スタン」をつけなかったのかは知らない。

今季のラジオ講座応用編で初めて「そうだったの?!」と、知ってちょっと役に立つ、かどうかはわからないけれど、ちょっと得したような気になることに出会った。
どちらも訳すと「中央のアジア」だけど、スレードニャヤ・アージヤとツェントラーリナヤ・アージヤと、別の言葉だったってこと。

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